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第一章:第七節:採集ポイントとピキキ

準備を終え、二人は小屋を出た。小屋自体が既に森の中に位置しているため、彼女たちの行動は、より森の奥深くへと分け入っていく、という方が正確だろう。

「こっち」

クレオは短くそう言うと、育人を先導するように歩き始めた。彼女が先頭に立ち、育人はその後ろを少し距離を置いてついていく。

彼女が辿るのは、獣道とは明らかに異なる、しかし人間が日常的に使う道とも言い難い、細い小径だった。長年、クレオと彼女の祖父が歩き、足で踏み固めることでかろうじて維持されてきたのだろう。それでも、生命力溢れる森の植物たちは容赦なくその領域を侵食しようとしており、クレオは時折、腰に差した鎌で足元に伸びてきた草を刈り払い、あるいは行く手を遮るように垂れ下がった蔓を切り裂きながら進んでいく。

また、道すがら、彼女は薪に適した枯れ枝や、手頃な太さの倒木の幹を見つけると、目ざとくそれを拾い上げ、育人が背負う籠、あるいは自身の籠へと放り込んでいく。その判断は迅速かつ的確で、育人にはどれが良質な薪なのか、一見しただけでは全く区別がつかなかった。

「これが、じいちゃんが作った『採取ポイント』に繋がる道だよ」

しばらく歩いた後、クレオが不意に口を開いた。

「『採取ポイント』っていうのはね、食べられる実がなる木がある場所とか、綺麗な水が湧き出てる泉とか、そういうところ。じいちゃんが、あたしが一人でも困らないようにって、たくさん見つけて、道を作ってくれたんだ」

その言葉通り、小径は森の中に点在するいくつかの特定の場所へと繋がっていた。

最初のポイントは、大きな岩の陰にひっそりと実をつけている、鮮やかな赤い果実のなる低木だった。クレオは慣れた手つきでまだ青い実や傷んだ実を避け、熟れたものだけを選んで手早く摘み取っていく。

「この実は、そのまま食べても酸っぱいだけだけど、干して保存したり、お粥に入れたりすると美味しいんだ」

そう言いながら、彼女は摘んだ実のいくつかを育人の籠にも分けてくれた。

「果樹の周りにはね、実を食べに来る小鳥とか、小さい動物がよく来るから、罠を仕掛けておくと、たまに獲物がかかるんだ」

クレオはそう言って、果樹の少し離れた場所に巧妙に隠された、蔓と小枝で作られた単純な罠を指差した。残念ながら、今日は何もかかっていなかったようだ。

次に訪れたのは、苔むした岩の間から清らかな水がこんこんと湧き出している泉だった。ひんやりとした空気が心地よく、水面は太陽の光を反射してきらきらと輝いている。

「ここの水は綺麗だから、そのまま飲める。それに、水を飲みに来る動物もいるから、あっちの方にも罠があるんだ」

クレオは泉の少し下流、動物たちが水を飲みに近づきそうな場所に仕掛けられた、地面に掘られた落とし穴のような罠を指差した。こちらも、今日は空振りだったようだ。

育人は、クレオが説明する様々な森の知恵や、彼女が生きるために日々行っている努力を目の当たりにし、改めて彼女のたくましさと、そして彼女を育てたという「じいちゃん」の愛情の深さを感じていた。

さらに森の奥へと進むと、三つ目の採取ポイントにたどり着いた。そこは、大きな一枚岩が鎮座し、その岩全体を覆い尽くすように、五株ほどの蔓のような植物が互いに絡み合いながら生い茂っている場所だった。その蔓植物には、ライチによく似た、しかし色はくすんだ憲法色の果実が、びっしりと実をつけていた。

クレオは、その果実を前にして、どこか複雑な表情を浮かべた。そして、いくつか手慣れた様子で摘み取って籠に入れながら、育人の方を振り返った。

「……これ、ミチリの木。育人先生が起きた日に食べてもらった、あのお粥に入ってたやつ」

その言葉を聞いて、育人の脳裏に、あの独特の味が鮮明に蘇った。裕福な日本では、そして美食に溢れた現代日本では、決して二度と口にすることはないだろうと思われた、あの強烈な酸味。

(……これがあの、お世辞にも美味しいとは言えない、ミチリという果物の木か……。こんなにも酸っぱくて、後味に苦味すら感じるような、甘みの全くない果物を食べたのは生まれて初めてだったな。これだけ甘みがないということは、糖質……つまり、即効性のあるエネルギー源としてはあまり期待できないはずだ。ただ、あの時感じた身体への浸透具合からすると、ビタミン類は豊富に含まれていそうだが……)

育人は、地球での栄養学の知識を元に、目の前の果実について考察していた。

ミチリの実をいくつか籠に入れた後、クレオが次の場所へ移動しようとした時だった。

「……クレオちゃん、あそこ。何か動いてないか?」

育人は、ミチリの木の少し奥、下草が茂っている辺りを指差した。彼の視力でははっきりとは見えないが、何かが微かに動いたような気がしたのだ。

クレオは、育人が指差す方向に鋭い視線を向け、ぴくりとフェレット耳を動かした。

「……あ、本当だ。今日の運はいいみたい。ピキキが二羽、罠にかかってる」

そう言うと、彼女は軽やかな足取りで茂みの方へと近づいていった。育人もその後を追う。

クレオが指し示した場所には、巧妙に偽装された細い蔓の輪を使った罠が仕掛けられており、そこには二羽の鳥がもがいていた。クレオは手慣れた様子で、暴れる鳥たちを落ち着かせると、生きている状態のまま、その足と羽根を手早く、しかし丁寧に細い蔓で縛り上げ、自分の背負い籠の中へとそっと入れた。

(おそらく、今ここで絞めてしまうと血抜きができず、肉の味が落ちてしまうのだろうな。後で小屋に戻ってから処理するつもりか……)

育人は、彼女の行動からそう推測した。

クレオは「同じピキキだよ」と言ったが、育人の目には、その二羽の鳥は見た目がだいぶ異なっているように見えた。両方とも、地球の鳩よりは大きく、鶏よりは一回り小さいくらいの大きさだ。

一羽は、青と紫、そして所々に白い模様が混じった、非常に派手で長い飾り羽を持っている。特に頭の上には、まるで蛾の触角のような形をした、鮮やかな青色の飾り羽が二本、ぴんと伸びていた。

もう一羽は、それとは対照的に、短い茶色と濃い緑色の羽毛に覆われており、森の木々や下草の中にいればすぐに見分けがつかなくなりそうな、保護色とも言える姿をしていた。

(地球の鳥で言えば、派手な方が求愛行動のためのオスで、地味な方が卵を産み育てるメス、というパターンが多いが……この世界の鳥も同じなのだろうか)

育人は、そんなことを考えながら、クレオが捕らえた二羽の鳥を興味深そうに観察していた。

これは絶好の機会教育のチャンスだ、と育人は思った。クレオにこのピキキという鳥の生態について教えることで、彼女の知識を増やすだけでなく、この世界の生物と地球の生物との違いや共通点を知ることもできるかもしれない。

育人は、クレオに「この鳥について、何か知っていることを教えてあげようか?」と声をかける前に、心の中で強く念じた。【伝授者の叡智】を発動させるために。

瞬間、ズキン、という馴染みのある感覚と共に、育人の脳内にピキキに関する膨大な情報が流れ込んできた。

『ピキキ:森林地帯に生息する中型の鳥類。雑食性で、木の実、昆虫、小さな爬虫類などを捕食する。主食の一つにミチリなどの酸味のある果実が含まれる……』

『……性的二形が顕著であり、オスは鮮やかな色彩の羽毛と特徴的な飾り羽を持ち、メスはオスに比べて地味な保護色の羽毛を持つ。これは、オスの求愛行動と、メスの抱卵・育雛時の捕食者からの保護に関連する……』

(やはり、俺の推測は正しかったな。派手な方がオスで、地味な方がメスか)

育人は、流れ込んでくる情報を確認しながら頷いた。

さらに情報は続く。そして、その中に、育人の注意を強く引く一節があった。

『……ピキキ(メス)の産卵生態:産卵頻度が非常に高く、特定の繁殖期を持たず、条件が整えば年間を通じて複数回産卵する。しかし、巣を作るという習性がなく、地面に浅い穴を掘り、そこに数個の卵を産み落とし、軽く土を被せて隠すのみである。そのため、卵は土中の菌類や微小な寄生虫によって汚染されやすく、孵化に至る前に腐敗してしまう確率が極めて高い。人間が偶然発見するピキキの卵も、そのほとんどが食用に適さない状態である……』

(産卵頻度が異常に高いのに、巣を作らずに土に埋めるだけ? それで卵がほとんど腐ってしまう……? なんとも、非効率な……いや、この世界の生物にとっては、それが最適化された生存戦略なのかもしれないが……)

育人は、その特異な生態に強い興味を覚えた。

(ここ二日間、スキル【伝授者の叡智】の発動条件について色々と試してみた結果、分かってきたことが一つある。このスキルが与えてくれるのは、あくまで過去に誰かが知り得た『知識』であり、この世界の誰にとっても完全に『未知』である事柄については、スキルも情報を引き出せないということだ。つまり、今得られたピキキに関する情報も、人間のような知的生物がピキキと接触する中で観察し、記録してきた範囲のものだろう。必ずしもそれが絶対的に正しいとは限らないし、不完全な場合だってあるはずだ。)

(……その情報が不完全だという前提で考えると、このピキキの生存戦略がなんとなく見えてくるような気もするな。産卵場所を分散させ、捕食者に一度に見つかるリスクを減らしているのかもしれない。あるいは、頻繁に産卵することで、わずかでも生き残る確率を上げようとしているのか……。)

育人は思考を巡らせる。

(もしかして、ピキキがたくさん産んだのは無精卵?それをわざと弱く作り、すぐに腐ってしまうようにする戦略なのでは?大量な腐った卵は、森の動物たちにとって「食べられない、まずい卵」という印象を与えます。何度か腐った卵を食べた動物は、「ピキキの卵は美味しくないから探すのはやめよう」と学習するようになっていしまうその一方、本当にひなが生まれる有精卵には、強い免疫力を与え、土の中の菌や微生物から卵が感染するのを防ぎ、ひなが生まれる確率を高める。このように、ピキキは一見すると非効率に見える方法で、捕食者から有精卵を守ることができる。こう考えたら合理的に説明できる...もっと実証的な観察と、この世界の生態系全体の知識が必要になってくるだろうけど……)

(それに、たとえピキキの生存戦略の全貌が分からなくても、この「産卵頻度が高い」という点は利用できるかもしれない。スキル情報によれば、見つかる卵はほとんど腐っているから、人間にとっては食料として認識されていない。だが……もし、腐る前に見つけ出し、適切な処理を施せば、安定したタンパク源になるんじゃないか? これは、試してみる価値がありそうだ)

さらに、と育人は考えを深める。

(それと、情報にあった『主食はミチリなど酸味がある果実』という点も重要だ。あのクソまず……いや、お世辞にも美味しいとは言えないミチリを、もしピキキが食べてくれるのなら、それを卵という形で価値のあるものに転換できるかもしれない。そうなれば、ピキキを飼育する価値は十分にあると言えるだろう)

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