真の聖女 アヴィナ -3-
「我が国における神殿の威光を回復するには、象徴の存在が不可欠でした。
結果的にセレスティナ様は伸び悩まれましたが、貴族からの注目度を上げるという意味では一定の成果を得ております」
「その後、アヴィナ様の登場により我々は新たな象徴を得る事ができました。神は、この国の、あるいは世界の窮状を憂いてあなた様を遣わせてくださったのかもしれません」
俺の正体はただの魅力チート転生者だが。
辺境伯領の件で被害を減らし、神殿長と神官長の対立を抑えることができたのは確かに功績だろう。
グリフォンの再誕も加味すれば、長期的に魔物の脅威も落ち着いていく。
「セレスティナさまご自身はこの件についてご存じなのでしょうか?」
「神殿の象徴となっていただきたい旨は最初にお伝えしております。
それ以上の事情についてはアーバーグ家がどの程度、知識の継承と情報収集を行っているか次第でしょう」
神官長は「しかし」と続けて。
「辺境伯領での一件、そして『北の聖女』来訪の予定も踏まえ、あらためてセレスティナ様にご説明すべきでしょうな」
「セレスティナさまにもわたしと同じ役割を求めると?」
「そこまでは。ただ、あの方にはアヴィナ様、そして北の聖女様の存在について知る権利があります」
セレスティナは聖女位を持っているものの、あまり神殿には顔を見せない。
奇跡をそれほど得意としていないという事情もあるだろうが、その他に『象徴』という言葉をそのままの意味で解釈したというのもあるかもしれない。
実際、聖女が空席でないこと自体にもそれなりの意味がある。
「今後どうなさるかはセレスティナ様がお決めになれば良い事。
神殿との関りをより深めてくださるのであれば願ってもありませんし、今まで通りでも構いません。
もし、聖女の位を返還したいと望まれるのでしたらそれも良いでしょう」
現在2年生であるセレスティナは俺より早く卒業する。
第1王子ランベールとの結婚もその分早いだろうし、閨を経験してなお聖女を名乗るのは……と考えてもおかしくない。
「わたしもセレスティナさまの決定を尊重します。象徴の役割は当面、わたしが引き受けましょう」
◇ ◇ ◇
神官長たちとの話を終えた後は、しばらく滞っていた街の浄化に出た。
少々広めに浄化しておきたい……ということで考えた手法が。
「清らかな光が馬車の周囲に広がって……!」
「とても神々しい光景です……!」
移動する馬車内から浄化の光を振りまく、という方法だった。
一か所を綺麗にする力は弱めになってしまうものの、まんべんなく浄化を行き渡らせやすい。
きらきらして綺麗なのでシルヴェーヌやラニスはもちろん、道行く人からも歓声が上がっている。
俺は片手を聖印、片手を窓に向けたままふふん、と胸を張って。
「グリフォン討伐のおかげでまた少し腕が上がったみたいなの」
奇跡の行使効率が向上したうえ、体力ではなく魔力で行使できるようになったことで浄化範囲、総浄化量がぐっと大きくなった。
「そのうち都全体を一気に浄化することもできるかしら」
「それは……まさしく神話の再現なのでは?」
目を瞬き、夢想するように視線を宙へと向けるシルヴェーヌ。
俺を信頼してくれる様子に気分が安らぐも、エレナはそんな新人に苦笑を浮かべて。
「シルヴェーヌ。だからこそ、アヴィナ様をしっかりとお守りしなくてはなりません。いついかなる時も主の周囲に気を配ることを忘れないでください」
「はい。アヴィナ様はこの国の宝ですから」
それは大袈裟……とも、言えなくなってしまったんだよな、もう。
それだけ俺や神獣の存在はこの国にとって大きい。
そして、現存する神獣であるフェニックスを守護するフェニリード家の役割も。
◇ ◇ ◇
「わざわざこんな時間にすまない、アヴィナ」
「いいえ。どちらかが家を出てしまえば、お義兄さまとこうしてお話する機会もなくなりますもの。今のうちに家族との語らいを楽しんでおかなくては」
夜に義兄──フラムヴェイルの部屋を訪れた理由は、彼から相談があると話を受けたからだった。
寝る前なので香りのいい紅茶をちびちびと飲みつつ、
「お話というのは、フラウさまやルクレツィアさまからの求婚の件ですか?」
「ああ。あれから自分なりに考えて、自分なりの答えは出した。それをまず君に聞いて欲しかったんだ」
なるほど。迷っているというよりは考えを確認・整理するための相談か。
「それほど急がなくても良かったのでは?」
フラウやルクレツィアには『北の聖女』の動向をそれとなく伝えたうえで「冬まで保留」の旨を了承してもらってある。
彼女が本当に求婚するつもりなのか、そうだとしてその条件は……というのを確かめなければ答えが出せないからだ。
けれど義兄は「いや」と首を振って。
「フラウ嬢やルクレツィア殿下にとっても冬までの期間は大切だ。気を持たせるだけ持たせて待たせ続けるのは申し訳ない」
「お義兄さまは真面目ですね」
「あちこちに奔走しているアヴィナには言われたくないな」
「では、わたしたちは似た者同士なのかもしれませんね」
「公爵家の血かな」
俺は養子なので遺伝したわけではないが……それを口にしたところフランは冗談めかして、
「少しずつだけれど、君が高貴な方の落胤なのではないか、という噂が広がっているよ」
「テオドール殿下との婚姻に箔をつけるための策、でしょうか」
「多分ね。あるいは、殿下を次期国王候補に残すための策、かな」
保守派と軍拡派がそれぞれの思惑でそれぞれに噂を流している可能性もあるわけか。
「それで、お義兄さま。どの方にお決めになられたのですか?」
「……うん。僕としては君とアルエットもずいぶん似ていると思うよ」
女子ってのは恋バナが好きなものなので、みんなだいたいこんなものだと思うが。
「本当に『北の聖女』様が僕との婚姻を望まれるのであれば……僕は、その求めに応じようと思う」
雑談の後できっぱりと口にされたその方針に、俺は少し驚いた。
「……最も困難な道のりを選ばれるのですね」
「公爵家の長男として、最も家に利のある道を選んだつもりだ。隣国との関係強化は今後、絶対に欠かせない要素になる」
北の隣国はこの国に比べて寒冷な地域であるせいか食料はあまり豊富ではない。
間に山が挟まっているのがネックではあるものの、この国からの輸出品は重宝されているらしい。
この国としても『聖女』を重視する隣国とは歩調を同じくしておきたい。
例えば他の隣国が「魔法による軍拡路線」を強行、こっちに攻めてくる可能性だってあるのだから。
「それにしてもやはり、お相手のお顔くらいは拝見してからでも良いのでは」
「美しい方だというのは聞いているし、実際に会ってから対応を決めたのでは……その、欲にかられたようで恥ずかしいだろう?」
「あら、お相手の顔は重要な要素ですよ? わたしももちろんそれは加味しております」
「うん、テオドール殿下と釣り合うのはおそらく君くらいだよ、アヴィナ」
苦笑した兄はカップの中の紅茶を飲み干して。
「もちろん条件次第ではある。
例えば、隣国の都に来てくれと言われてはフェニリードの血族である利点を生かしづらい。
逆に先方がこの都での定住を希望するのであれば、公爵家の後継ぎを誰にするか、どのように家を運営していくかあらためて考えなくてはいけない」
「そのうえで、聖女様からのお話をうかがう前に、お二人に返事をなさるのですか?」
「そうでないと二人に申し訳ないからね」
やっぱりこの義兄はちょっと真面目すぎる。
でも、フラウたちが「あるかも不明な縁談に賭けるので、求婚はお断りします」と言われて素直に頷くだろうか。




