真の聖女 アヴィナ -2-
「アヴィナ様と神殿へご一緒できるなんて、とても光栄です……!」
神殿行きの馬車内にて、シルヴェーヌが感激の声を上げる。
監督役を兼ねたエレナがぴくりと反応するも、特になにも口にしない。
これくらいならメアリィよりはだいぶマシである。
「でも、シルヴェーヌは本当に神殿が好きなのね?」
服装も屋敷のメイド服ではあるものの、聖印を表に出している。
「正直、わたしは嫌われても仕方ないと思うのだけれど」
「まさか。アヴィナ様が非難されるいわれはございません」
間接的にとはいえ、俺のせいで結婚がふいになったというのに、シルヴェーヌはふるふると首を振る。
「あの企みが成功していれば、アヴィナ様は重傷あるいは亡くなられ──辺境伯領の魔物騒動は長期化、私は、邪魔な相手を手段選ばず抹殺するような人間を義父と義妹に持つことになっておりました」
それは……確かにごめんこうむりたい。
「むしろ、奇跡によって悪を正し、都を良い方向に導こうとするアヴィナ様のお志に感銘を受けました。私も少しでもそのような『聖女』に近づけたらと」
「そうなのね。それなら、わたしも応援するわ。一緒に頑張りましょう」
「はい、アヴィナ様!」
言い方を選ばずに言えば、シルヴェーヌはメアリィとは別方向で「アヴィナ・フェニリード」の信者らしい。
……とはいえ、テオドールによると俺は既に神の域にあるわけで。
神聖な存在として崇められるのはある意味正しいことになってしまう。
可愛いとかエロいって言われるのは好きだけど、信仰の域になるとむずむずするんだよな。
止めてくれる人がいないと歯止めが利かなくなりそうで怖いし。
「……テオドール殿下と婚約できて本当に良かったわ」
彼ならきっと俺のストッパーとして躊躇わずに動いてくれる。
◇ ◇ ◇
まあ、神格化は怖いし暴走は抑えないとだけど、それはそれとしてえっちな衣装は広めるわけで。
「どうかしら? あの衣とはまた違った雰囲気になるでしょう?」
仮面の代わりに布が厚めのヴェール。
白い布で胸と下腹部、最低限の箇所だけを隠し、金の装飾をあしらった衣。
代わりに腕や背中を隠すのは、公爵家の正当な一員の証でもある『不死鳥の外套』。
衣の白に外套の赤が映えるし、正面以外の露出度は意外と抑えめ。
冬に向かいつつあるこの季節には不向きかと思いきや、外套の持つ不思議な力によってむしろぽかぽかするくらい。
「さすがにはしたないのではないかと思いますが……」
「いえ。不死鳥の外套と聖女の衣、両方を兼ね備えられるのはアヴィナ様をおいて他におりません。大聖女のお姿として相応しいかと」
眉をひそめるエレナとは対照的にシルヴェーヌはうっとりした表情。
巫女を束ねるような立場にある、サファイアの瞳の巫女ラニスは頬を染めて、
「アヴィナ様専用ということであれば、私が纏う必要はないのですね?」
「ふふっ。ええ、そうね。この外套は量産できないし……。ラニスはその衣で我慢してちょうだい」
「はい。こちらにもようやく慣れてまいりましたので……」
透け透けの衣で神殿内を普通に歩けるようになったのなら何よりである。
神聖な衣装なら透けててもえっちじゃないと広まってきた証拠だ。
「アヴィナ様。お召し替えがお済みになりましたら神殿長室へお越しください。神殿長様と神官長様がお待ちです」
「ええ。では、参りましょうか」
エレナにシルヴェーヌ、ラニスを連れて廊下を歩く。
すれ違った者たちの中には一瞬ぎょっとする者もいるものの、不死鳥の外套に気づくとだいたいが納得したような表情になる。
ラニスもわりとえっちな格好をしているおかげでターゲットが分散しているし。
こっちの衣は露出が多い代わりに隠すところはしっかり隠れている。
「お待たせいたしました、神殿長さま、神官長さま」
「おお、これはこれは、アヴィナ様。よりいっそう神々しいお姿になられて」
「ふむ。いささか肌は出過ぎですが、公爵家の威光を用いるのは良い手法かもしれませんな」
神殿長は(聖女や大聖女といった非固定枠を除けば)神殿のトップであるおじいちゃん。
神官長は神殿の実務を取り仕切る実質的な神殿のトップであるおっさん。
「お久しぶりです、神殿長さま。お元気そうでなによりです」
「ええ、それはもう。アヴィナ様と神官長のおかげでほぼ仕事がないような状況でして。暇を持て余すあまり外に治療にでようとしても神官長に止められます。これはもう余生をのんびり楽しむしかないかと」
「それがよろしいかと。神殿長さまは十分すぎるほどに働かれたのですから」
俺が来てからは神殿長は半引退状態。
というのも、対立していた神官長との関係が大聖女誕生をきっかけに良くなったおかげだ。
「今度の冬に公爵領へ行かれるそうで。私も死ぬまでにフェニックス様へご挨拶に参りたいものですが、今の体力では難しいかもしれません」
「そんな。公爵領には湯治場もありますから、あちらでゆっくりされるのもよいのでは? 春になれば寒さも和らぎますし」
神殿長もやっぱり神獣については知ってるんだな。
当たり前に「フェニックス様へご挨拶」とか口に出してるけど、周りも神殿関係者なのであまり気に留めていない。
信仰の篤いものは実在を信じているだろうし、そこまででもない者は寺社仏閣へお参りするような感覚だと勝手に理解しているのだろう。
神官長は微妙な顔をしつつスルーしているので彼もいろいろ知ってるっぽい。
「しばらくお二人と話をさせてもらってもいいかしら?」
「かしこまりました。では、私は部屋の前で待機いたします。ラニス様、シルヴェーヌに神殿の案内をしていただけますか?」
「ええ、喜んで。では、アヴィナ様、また後ほど」
「ええ」
他の者が席を外して静かになると、俺は息を吐いて二人に向き直った。
「神殿長さま、神官長さま。お二人は『北の聖女』さまについてご存じですか?」
「ああ。それでしたら神官長のほうが詳しいでしょう」
鷹揚に頷いた神殿長はそう言って相方を見る。
「彼はアヴィナ様が現れるまで、かの聖女様を推しておりました」
「わたしも耳にしたことがございます。神官長さまは主流ではない神話を重視していらっしゃると」
「特に、今でも主張を変えたつもりはないのですが」
淡々と応じた神官長は、窓から太陽を見上げて言った。
「大元となる神の教えは一つでも、その解釈は人それぞれ。そして、信徒達の残した新たな伝承が書に加えられる事もございます」
それはそうだ。グリフォンの再誕とかもう確実に追加されるだろう。
「その中に、こういったものがございます。……神が『月』に例えられる美女ならば、対となる『太陽』の神もいる、と」
「神を一柱とする教えには反する内容ですね。……けれど」
「最上位におわす神は唯一なれど、その眷属たる神は複数存在する。つまり」
「かつての『聖女』の中に、太陽のように美しい女性がいたとしても不思議はない」
そして彼女はフェニックスやグリフォンのように神の域に至っていたかもしれない。
神官長は静かに頷いた。
「『北の聖女』はまさに太陽。煌めく金色の髪に燃えるような赤い瞳をお持ちです」
ああ、なるほど。それを聞いて今更、俺が大聖女になる前の神殿の状況に納得がいった。
「神官長はセレスティナさまを推すことで『第二の北の聖女』を誕生させようとしていた。それができなくとも、似た雰囲気をお持ちのあの方を介して、北の聖女さまと関係を深めようとしていたのですね」




