真の聖女 アヴィナ -1-
「兆候が表れたか。早かったと言うべきか、ようやくと言うべきか」
養父と共に『黒の塔』を上るのはこれが初めてだ。
俺たちを迎え入れた王弟テオドールは、俺だけの時と違って仮面を着けたままでそんなことを口にした。
それにしても、公爵自らこんなところまで来るとは、
「……わたしの魔力上昇は重大な機密事項なのですか?」
「そうだね。……と言っても、隠し通すのは難しいだろうけれど」
「知る者が少ないに越した事はない。特に『魔力上昇の事実』ではなく『その理由』については」
「……理由」
テオドールお付きの執事に淹れてもらったお茶を飲み、ひと息ついたところで。
「アヴィナ。君は『神獣』がどういうものか知っているか?」
「詳しくは存じません。神からの寵愛を受けた聖なる獣で、同じ生き物は二匹以上存在しない……ということくらいです」
「その認識は間違っていない。問題は、神獣が『神から寵愛を受けた』と言われる理由だ」
またしても理由か。
テオドールはちらりと俺の後ろにいるメアリィを見て、
「この話を絶対に口外しないと誓えるか?」
「はい。舌を噛みきってでも秘密を守ると誓います」
「メアリィ? そんなことを断言されると怖いのだけれど」
「専属メイドとは主を守るためなら命をも投げ出すのが当然でございます」
ある程度の護衛も兼ねているのでそういうものなのはわかっているが……。
彼女たちを危険に晒さないためにも俺がしっかりするしかないか。
「殿下。では、神獣の特別性とはどこにあるのですか?」
「ああ。それは、神獣が『己の魔力を用いて奇跡を行使できる』という事にある」
「っ」
奇跡とは己を媒介にして神の力を引き出すもの。
魔法とは魔力を素に任意の現象を無理やり引き起こすもの。
それが、俺が今まで認識してきた法則だ。
テオドールの今の説明はその法則に矛盾する。
『奇跡』を『魔力』によって引き起こせるなんて。
「神獣──神の獣とは、つまり」
「そうだ。神の如き力を行使する獣──故に、彼らは神獣と呼ばれている」
奇跡はなんでもできる、故に奇跡。聖職者にできるのはそれを間接的に導くことだけ。
しかし、神獣は直接奇跡を起こすことができる。
「わたしがグリフォンを蘇らせたのは、あまりにもとんでもない行為だったのですね」
「そうだ。君は奇跡の担い手と信仰の対象をこの世に新生させた。それもまた大いなる奇跡と言える」
奇跡を行使できる生き物、なんて、信仰を向けられて当然。
「ここまで言えばおおよそ理解できるだろう。神獣にとっての魔力は『人々の信仰』を拠り所としている。そしてそれは神も変わらない」
「信仰が強く、大量であるほど大いなる奇跡を起こせる……と。それは、つまり」
話が核心に迫ってくる。
誰もが息を呑む中、テオドールは淡々とその事実を口にした。
「《《一定以上の信仰を自ら集める人間もまた》》神獣同様、信仰によって魔力を得られる、と言う事だ」
「────っ!?」
ぞくっとした。
それは、やばい。いや、やばいなんてものじゃない。
震える身体をなんとか抑えようとしていると、メアリィがこてんと首を傾げて。
「アヴィナ様が信仰を受けるのは当然ですし、魔力が増えるなら良いことなのでは?」
「メアリィ、考えてもみなさい。
神の代わりではなく、個人で信仰対象となったアヴィナはこれからも魔力量を増やしていく。
魔力が増えれば増えるだけ、活躍の度合いも増していくだろう」
「魔力量の増加に伴いアヴィナはより聖性を帯びていく。神獣の例に倣えば、長い寿命と老化速度の低下等も起こるはずだ。つまり、彼女は人を超えていく」
俺は、人でありながら神獣の領域に足を踏み入れてしまった。
人を超えたモノ。それが人々から受けるのは、畏怖。
敬うだけでなく、ある種の怖れも付きまとうだろう。
「加えて言えば、アヴィナは『人』だからね。生まれからして異質な神獣と違って、人の間で生きていくことになる。人の世で発生した問題を解決することも、これから数多く経験することだろう」
偉業を成せば成すほど注目は集まり、信仰が、そして魔力が増していく。
「テオドールさま。……まさか本来『聖女』の位とは」
「『神』に『成った』者、あるいはそれを期待される者に与えられる位だ。その位が形骸化した今は『大聖女』がその役目を担っていると言っていいだろう」
奇しくも、俺はかつての聖女の役割を復活させていたわけか。
メアリィが「なるほど」と呟く。振り返るのが怖いと思っていると、
「では、今まで以上にアヴィナ様をお守りしなければなりませんね」
「……それだけか?」
「はい。アヴィナ様が素晴らしい方で、人生を捧げるに足る方なのはとっくに知っておりましたので」
ああ。
彼女がいてくれたことは、俺にとって、かけがえのない救いになった。
「……ありがとう、メアリィ。大好きよ」
「っ!? そんな、あの、勿体ないお言葉です。……その、少々席を外してもよろしいでしょうか」
離席の許可は出したが、なにをしに行ったのか若干怖い。
ともあれ。
「メアリィの言う通り、わたしはわたしにできることをやっていくしかないようですね」
「……寿命に関してはいいのか?」
「そこはおそらく、わたしには以前から兆候がありましたので」
100年~120年くらい平気で生きられてもおかしくなかった。
仮にそれが1000年になっても「人と違う」という意味ではあまり変わらない。
「わたしの、人としての生をお養父さまやテオドールさまが繋ぎとめてくださるのならば、それで言うことはありません」
「……アヴィナ」
責任ある立場の公爵がなにやらぐっと涙ぐむ。
まだ一年くらいの付き合いでしかないっていうのに、なにも泣かなくても。
……そんなことをされるとこっちまで泣きそうになる。
仮面のおかげでバレなくて済むのがありがたい。
同じく仮面のテオドールは「ああ、そうだな」と答えて。
「死ぬまでは私が君を守ってやる。……私が天に召される頃には、子や孫が君の周りを取り囲んでいる事だろう」
「それは幸せな未来ですね。ですが、殿下はわたしに何人の子を産ませるおつもりですか?」
「さあな。王位継承には絡まないだろうから、それに関しては自由な立場だ」
……絡まないのか? 俺の功績が膨れ上がるとまた面倒なことになりそうだぞ。
「寿命が延びて権威も生まれるのであれば、わたしの野望にもちょうど良いですね」
「君は自分の趣味を周りにも広げるつもりか?」
「ええ。神の御言葉も同然であれば、興味のある方が従いやすいでしょう?」
「興味の無い者も従わざるをえない気がするが」
「強制はいたしません。それでも、流行が生まれれば従ってしまうのが女心というものですからね」
このところきなくさい話が多くて大変だったので、ここらで趣味の服を着ていきたいものである。
ちょうど婚約記念パーティもあるし、えっちな衣装をより衆目に晒していきたい。
「ところで……『北の聖女』さまの件なのですけれど、この時期にわたしを指名され、なおかつフェニックスさまへの面会を希望というのは、このお話も関係しているのでは?」
「ああ、そうだね。かの聖女は二十年前に就任して以来、未だ全盛期の若々しさを保っているらしい」
「既に『成って』いると見るのが妥当だろうな。なにしろ教国にとっては聖女こそが神も同然だ」
適齢期って、結婚するまでずっと適齢期です(ガチ)──っていう意味だったのか!?




