公爵家の長女アヴィナ -8-
「……念のために聞いておきたいんだけど、アヴィナ。君の差し金じゃないだろうね?」
「そのようなことはございません。確かに、少しばかり背中を押させていただきましたけれど……求婚自体はフラウさまがかねてから検討されていたことです」
就寝前、義兄の部屋に呼ばれてジト目で尋問された。
嘘偽りなく答えるとフランは「そうか」と微笑んでくれる。
「それなら仕方ない。……だけど、フラウ嬢が僕に求婚して来るとは」
「あら、お義兄さまはその可能性を想定していらっしゃらなかったのですか?」
「考えていなかったわけじゃないさ。だけど、そういうのは大抵考えすぎで終わるものだろう?」
わかる。この子、俺に気があるんじゃ? はだいたい気のせいだからな。
「フラウさまとあのあとお話は?」
「少しだけ話をした。……褒め殺されて困ってしまったよ」
照れくさそうに頬を掻く少年の姿はどこか微笑ましい。
ほほう、これはこれは。
「お義兄さま、実はまんざらでもありませんね?」
「それは、まあ。女性から結婚を求められて悪い気はしないさ」
「では、なぜ迷っていらっしゃるんです?」
「義務から逃げることになるような気がするから、かな」
後継ぎというのは基本、本家の長男がなるものだ。
もちろん例外はいろいろあるわけだが、
「お義兄さまは真面目でいらっしゃいますね。……となると、これは家族会議が必要かもしれませんね」
◇ ◇ ◇
両親は家族会議の開催を快く了承してくれた。
というか彼らも必要だと考えていたらしい。
となれば夏休み中の方がいいので、翌日さっそく話を済ませてしまうことにする。
フラウにはその間、時間を潰してもらうようにお願いして「では、グリフォンと庭で遊んでおります」と言ってもらった。
「さて、ちょうど良い機会だ。我が家の後継ぎについてきちんと話し合っておくとしよう」
場所は当主の執務室。
各自、最も信頼のおける専属一人以外は使用人も排しての話し合いだ。
ちなみに俺はエレナを選んだ。
メアリィが信頼できないわけじゃないが、口の堅さならどうしてもこうなる。
「既に簡単に報告したが、君達には新しく弟ができる。……無事に生まれてくれれば、だけどね」
義妹アルエットが笑顔で母を見つめ、微笑んだ養母がお腹に手を当てる。
「フェニックス様からも祝福をいただいたわ。きっと元気な子が産まれるでしょうね」
両親がこのタイミングで帰還したのはアルエットとフェニックスの顔合わせもあるが、「ここで帰らないとしばらく帰れなくなるから」というのがあったらしい。
少なくとも養母は出産、産後の休養、赤子の世話で王都から離れられなくなる。
ここからの数年はフラムヴェイル、俺、アルエットの学園卒業・入学が立て続けにあるし、その先には俺とアルエットの結婚式なんかもあるので……家族揃って領地に帰還する日は遠いどころかもしかすると来ないかもしれない。
「それにしても、子供の男女がはっきりわかるのは便利ですね」
「ああ。魔道具というのは便利なものだと、こういう時はつくづく実感するね」
公爵家ならサポート体制も万全だし、かなりの確率でフェニリード家には次男が生まれる。
「さて。次男誕生を考慮に入れた上で言おう。フラムヴェイル、君は無理にフェニリード家を継ぐ必要はない」
「……父上」
フランが目を見開き、父を見た。養父はその反応に「落胆する必要もないよ」と笑った。
「君に期待していないとか、不適格だとか言っているわけじゃない。むしろフランなら立派に役目を務めあげるだろう。だけど、気が向かないのなら他の道に進んでもいいんだ」
頷いた養母が微笑んで、
「これから生まれてくる弟を後継ぎとして教育しても良いでしょう。……最悪、分家や親戚筋から養子を取ることもできます」
「アルエットやアヴィナが継いでくれると言うのならそれも大歓迎だ」
「わたしも勘定に入っているのですか……!?」
前にそんなことを言っていたフランは「だから言っただろう?」という顔で視線を送ってくるが。
「なんの問題もないよ。子グリフォンの反応を見ても、君と神獣の相性は間違いなく良いだろう」
「父上。アヴィナもアルエットも原則、王族に輿入れとなるはずですが」
「そこは王家との相談次第だ。公爵を継ぐため、という名目であれば陛下も否とは言うまい」
「王家にはフェニリードの血も少なからず入っているもの。両殿下のどちらかに婿に来ていただいて、公爵を継いでいただく形も考えられるわ」
テオドールは面倒くさがりつつもそつなくこなすだろうし、第三王子ウィルフレッドも優しく穏やかな性格なので神獣とは相性が良さそうだ。
「アヴィナ、アルエット。君達としてはどうだい?」
「テオドール殿下次第ですが、お養父さまとお養母さまのご希望とあれば精一杯尽くさせていただきます」
「私も、フェニックス様をお守りするお仕事なら頑張ります!」
「ありがとう。……というわけだ、フラン。君は自由に自らの道を決めていい」
反対の位置にある辺境伯家と縁戚関係になるためなら長男の婿入りも悪くない。
フランは「……僕は」と、悩むように視線を下げて。
そこに養父が「ああ、ただ」と追い打ちをかけた。
「もしかすると選択肢がここから増えるかもしれない。……実は、非公式の要望ではあるが『北の聖女』様から今度の訪問時、君との面会を求められていてね」
「な。それは」
「彼女もお相手のいない適齢の女性だ。君を狙っている可能性は大いにある」
北の聖女について詳しくは知らないが、俺と同様、神獣との相性はいいのだろうし……国境を接していることを考えると政治的意図もあるかもしれない。
俺はそこで「それでしたら」と手を挙げて。
「可能性の話ですが、今後、ルクレツィア殿下がお義兄さまに婚約を打診なさるかもしれません」
「な、な……!?」
口をぱくぱくさせて真っ赤になり、それから真っ青になるフラン。
そりゃあまあ、辺境伯令嬢と北の聖女、それに第四王女から言い寄られ、しかも最低二人を振らないといけないとかめちゃくちゃプレッシャーだよな……。
◇ ◇ ◇
数日後、ルクレツィアの希望で、我が家にて子供だけのお茶会が開かれた。
参加者はウィルフレッド、ルクレツィア、フラムヴェイル、俺、フラウ、アルエット。
婚約中のウィルフレッドとアルエット、それから俺を除くと完全に包囲網である。フランはとても居心地が悪そうだった。
それにしてもフラウといいルクレツィアといい、そうと決まったら動くのが早い。
序盤はなにげない世間話が繰り返されて、
「実を言いますと、本日はフラムヴェイル様に助言をいただきたく参りました」
王女様が仕掛けた。
俺に見せてくれたのと同じドレスをその場にいた全員に披露し、
「こちらは私が製作したドレスなのです」
「これは……素晴らしい出来栄えですね」
「ありがとうございます。……実は私は本格的に手芸を趣味としておりまして。どこかに趣味の合う男性はいないものかと」
なるほど、それをフランに紹介してもらおうと──って、そんなわけがない。
相談という体で「自分はお買い得だぞ」と示しているのだ。
「フラムヴェイル様、もしご存じでしたら紹介していただけないでしょうか?」
かなり直球に誘われたフランは、一瞬迷った様子を見せてから顔を上げて。
「……それでしたら。私は絵画、特に服飾画を趣味としております」
これ、裏でアルエットと実況したいな、とかつい思った。
 




