公爵家の長女アヴィナ -7-
「義兄に条件の良い求婚が来るかもしれません」
「……それはまた。急なお話、というわけではありませんけれど」
寮に戻って三日目の夕方。
お土産もあらかた配り終えたところで、友人であるフラウ・ヴァルグリーフに例の件をそれとなく伝えた。
経緯を説明するといろいろアレなので詳しくは教えなかったが、
「フラムヴェイル様は公爵家の長男、アヴィナ様のお兄様ですから求婚が来るのは当然のことですね」
フラウは翠緑の瞳を揺らめかせながら納得の表情を浮かべてくれた。
「となると……私もぐずぐずしてはいられませんね」
「というと、もしや義兄に?」
「ええ。駄目でもともと、求婚させていただきたいと思います」
決然とそう宣言すると、すぐさまメイドに指示を出し始める。
「急ではありますが、一度帰還します」
「そういうことでしたら、わたしも一度家に帰ります。スノウと交流する時間も足りておりませんし」
「では、また後ほどお会いいたしましょう」
──実を言うと、現在フラウはフェニリード家の客人扱いとなっている。
客間の一つを「ひとまず無期限」ということで借りて、都のヴァルグリーフ邸からもメイドを複数人連れてきている状態。
こうなったのはどうしてなのかと言うと。
ぴぎゃあ!
「ただいま。私もアヴィナ様も不在で寂しかったでしょう?」
辺境伯領での戦いで生まれた子グリフォン関連だ。
グリフォンはヴァルグリーフの守り神。
最終的には辺境伯家で暮らさせること、養育はフラウの預かりとすることを国王からも承認された。
が、手のひらサイズのこの子を生み出したのは俺の奇跡。
『フェニリード家当主として、その子を完全にヴァルグリーフに任せるのは容認できないな』
と、うちの養父が条件をつけた。
とは言ってもこれはグリフォンの所有権を主張するのが主目的ではない。
『身を守る術を持たない幼体のグリフォンをさらおうとする者、害してヴァルグリーフ家に損害を与えようとする者もいるだろう。使用人にしても、適切にグリフォンを飼育できる保証はない』
かつて辺境伯領にいた生き物とはいえ大昔の話で伝承くらいしか残っていないし。
メイドの中には都で雇用されたためグリフォンへの敬意がない者もいる。
つまり、せっかく生まれた神獣をできる限り守るための口出し。
『どうだろう。養育の最終決定権をフラウ嬢に委ねる代わりに、しばらくの間、このフェニリード邸を使ってはくれないだろうか』
ヴァルグリーフにも馬番とかはいるにせよ、領地の宝で主のペット(?)となると専属メイドがある程度できたほうが安心。
その点、フェニリード家のメイドはうさぎたちの世話で生き物に慣れている。
知識と経験がある人間がフォローと監視を行えばより万全、という判断だ。
『かしこまりました。願ってもないお話、喜んでお受けいたします』
まあ、フェニリードとヴァルグリーフは派閥も違うしそれなりに確執もある。
いきなり下の者同士がうまくやれるか、というと怪しい部分もあるのだが……両家が今後歩み寄るにあたって小さいところから始めていくのは悪くない。
うちの家は使用人も含めておおらかな者が多いので、敵視してるのはわりとヴァルグリーフ側が一方的な感じだし。
というわけで、フラウは一度ヴァルグリーフ邸によって準備をしてからフェニリード邸に「帰ってきた」。
顔を見せるとすぐに子グリフォンが飛んできて俺たちに纏わりついてくる。
それを慌てて追いかけてくるのは辺境伯家のメイドたちだ。
「ふふっ。やっぱりだいぶ苦労しているようね?」
「はぁ、はぁ……ええ、それはもう。この子はまったくじっとしていてくれないので」
ぴぎゃ?
首を傾げた子グリフォンには首輪とリードがついているのだが……はしゃぐこの子に驚いて手を離してしまったりするのだろう。
飛ぶ生き物だとリードが絡まって大変だったりもするし。
みゅみゅ!
「あら、スノウ。ただいま。グリフォンにいじめられてはいないかしら?」
みゅ~!
「大丈夫そうね。でも、なにかあったらわたしに言うのよ?」
俺的に子グリフォンとうさぎたちを一緒にするのは心配でもあるのだが、最初に目を見て「絶対食べないでね」と再三にわたって言い聞かせたおかげか、今のところうさぎたちがいじめられるようなことにはなっていない。
みゅ、みゅみゅ、みゅみゅみゅー。
むしろうさぎたちは知らない生き物に興味津々のようで自分からじゃれついて行っているくらいだ。
案外、両者の間では言葉が通じていたりするのかもしれない。
「公爵家の方にお願いがございます。公爵様にお目通りをお願いしたく。できれば、なるべく早く」
「かしこまりました」
父公爵はその日の夕食時に話を聞いてくれることになった。
「団らんの時間をお邪魔してしまい申し訳ございません」
「気にすることはない。神獣を奉じる領地同士、ヴァルグリーフ辺境伯領とは仲良くしていきたいのだ」
「私もお姉様がもう一人できたみたいで嬉しいです!」
アルエットもかなりフラウに懐いており、一番戸惑っているのが(前に剣の稽古で振り回された)当の義兄・フラムヴェイルだったりするが。
「それよりも、使用人や家族のいる前で構わないかな? 重要な要件ならば別に時間を作るが……」
「いえ、こちらで構いません。重要ではありますが、隠し立てすることではありませんので」
堂々と答えたフラウは俺の養父に身体を向けて、
「失礼を承知で申し上げます。公爵様の長男、フラムヴェイル様を私の夫として辺境伯家にいただけないでしょうか」
「な」
養父ではなく義兄が、その申し出に硬直した。
◇ ◇ ◇
「ふむ。辺境伯からの許可は出ているのかな?」
「はい。父からは私の裁量で結婚相手を決めて良いと言われております。こちらに書面が」
「なるほど。……しかし、婿入りとなると簡単には返事ができないな」
アルエットが「フラウ様はお兄様に恋をしていらっしゃったのですね……!」と盛り上がっている間に最低限の確認は済んで。
「お待ちください。何故、私に求婚を? 私達にはそれほど接点がなかったと思うのですが」
「遠征の前、剣のお相手をしていただきました。何度もお話をし、フラムヴェイル様ならば、と確信した次第です」
フラウは微笑んで胸に手を当てて、
「私はグリフォンを守り、育むことに一生を捧げることとなるでしょう。そんな私と共に歩んでくださる男性は、神獣に敬意を払える方でなくてはなりません」
「お姉様、もしかしてお二人は運命の相手なのでは……!?」
きゃあきゃあ言う義妹に俺もちょっと同意したくなってきた。
他人の告白するところなんてそうそう見られないし。
「それは、確かに。フラウ嬢を支えるのが役目、ということであれば私にも務まるでしょうが……」
「フラウ嬢。確認しておきたいのだが、それは辺境伯が貴女あるいはその夫に爵位を継がせるつもりである──と考えて良いのだろうか」
「っ」
ありえない話じゃない。
フェニリードと融和路線を行くなら俺と仲の良いフラウが適任だし、棚ぼたとはいえグリフォンの養育者になったのだ。そこをゴリ押しすれば女当主に祭り上げることも可能だろう。
公爵家から婿を取ったとなればなおさら。
が。
「いえ、さすがにそこまでは。グリフォンが無事に育つ保証も現時点ではありませんし……健康に育つ前提としても、神獣を守り育てる専門の分家を立ち上げる、などといった対応のほうがあり得るかと」
「なるほど。そういうことであれば、やはり即答はできないな。当主としての判断は保留。フラムヴェイルの意向次第、といったところか」
長男を差しだす話への返答としては破格なほど穏便だが、養父は自由恋愛派なのでこれは既定路線。
となると、急にモテだした義兄がどうするかにかかっているわけで。




