王弟殿下の婚約者 アヴィナ -2-
「アヴィナ様、テオドール殿下とのご婚約おめでとうございます!」
「大聖女としての功績も上げられて、学友として誇らしい気持ちですわ……!」
「ありがとうございます。今後はみなさまのご期待に沿えるよう、より一層の努力をしてまいりますね」
スラムの名もなき孤児だった俺は、いくつもの相手に買われ──フェニリード公爵家の養女へと落ち着いた。
公爵令嬢アヴィナ・フェニリード。
神殿が新設した『大聖女』の位を頂く、名目上の神殿トップでもあり──この度、魔性の美貌を持つ王弟テオドールとの正式な婚約も決まった。
転生特典によって得た美貌は、この世界における神の姿にそっくりの銀の髪と蒼色の瞳。
白く滑らかな肌には染みひとつなく、傷を負っても人より早く治り、毒や病へある程度の耐性を持ち、身体の成長は早く老化はゆるやか。
公爵夫人であり服飾画家である養母の描いた肖像画は、どういうわけか王城の一角に飾られている。
顔が整いすぎてトラブルが多いため、仮面やヴェールで顔を隠してきた俺。
有名になるにつれて『仮面の公爵令嬢』の素顔も知られ、ひた隠しにする意味も薄れてきた。
さて。
十二歳の春、貴族学園に入学してからはや数か月。
多くの同世代貴族と知り合った俺は、夏休みを利用して騎士団の魔物討伐に同行することになった。
友人であり、かつて第三王子の婚約者候補の座を争った相手──フラウ・ヴァルグリーフの故郷、ヴァルグリーフ辺境伯領での魔物大量発生を、第一王子ランベールらと共に解決、ボスである『魔物の主』グリフォンを討伐した。
その際、魔物としてのグリフォンから伝説の神獣グリフォンを新生させることに成功(偶然そうなっただけとも言う)し、生まれた子グリフォンをもって辺境伯および辺境伯領に大きな恩を売ることに成功した。
そうして王都へ帰還し、国王からお褒めの言葉と共にテオドールとの婚約許可をもらった──というのがこれまでの流れ。
夏休みのほとんどを遠征に費やしてしまった俺は、帰ってきてもやることがいっぱいだった。
・神殿にて(実務上の実質的トップと言っていい)神官長へ経緯と結果の報告
・実家にて土産話を披露し、家族が夏の間に得た情報等を聞く
・新しい服を作るための採寸や職人との相談
・婚約にあたって王家との打ち合わせ
・子グリフォンの保護、育成に関する相談や準備のあれこれ
・学園の二学期に向けての準備 etc……
それからもちろん、知人・友人への「お土産配り」も大事な用事だった。
……たかがお土産で大袈裟だ、と思ったら大間違いである。
貴族のお土産は規模が違う。
名目上は個人宛てであっても、実質的には家に対して贈ることになる。
受け取った側も品をすべて自分で独占することは珍しく、一部を家族に分けたり、使用人へ下げ渡したりする。
贈る側はそれを見越した量を用意しなければいけない。
これを「知人・友人の数だけ」行う。
もちろん親密さや相手の家格、家同士の利害関係などによってお土産のグレードは変えなくてはいけない。
しかし下げすぎると実家の格を侮られることになりかねないのでケチってはいけない。
ここに相手の趣味や好み、家族構成、こちらの予算、馬車の積載量などの条件が加わるともう、難解なパズルの域である。
下手したらこういうのが年に何度も降りかかるのだから勘弁してほしい。
令嬢もののマンガや小説で、博識だったり機転のきく使用人が重宝されるのもよくわかるというものである。
俺も専属メイドであるエレナ、メアリィの力を大いに借りた。
お洒落好きのメアリィは他家の人間の色の好みや衣装の傾向にも詳しいし、エレナは一般的な贈り物の選び方や失礼のない送り状の書き方等を熟知している。
こういった部下を活用しつつ、なにか問題が起こった時は主として対処できるよう心構えをしておくのも貴族の務めだ。
というわけで、お土産は大量かつ多岐にわたって。
大部分は手紙や送り状と共に配達してもらったものの、学園で顔を合わせる人間には小物を手渡しする必要があった。
そのためには寮に早めに戻らなくてはならず──戻ったら戻ったで、婚約や遠征の件で色んな人に捕まりまくった。
「殿下にはアヴィナ様から求婚したそうではありませんか?」
「難攻不落と謳われたあの王弟殿下をどうやって落としたのか聞かせてくださいませ!」
大部分は恋の話に目をキラキラさせた乙女たちだったが、
「良ければ遠征についても聞かせて欲しい。出没した魔物の種類や特徴、戦いの進め方など参考にしたいのだ」
「噂に聞く精強な辺境領騎士団にも会ったのだろう? 実際に見てどのような印象を持った?」
戦いに関心を持った男たちもいたし、
「私、今度神殿に赴いて聖印を買い求めようと思うのです」
「装飾品として持ち歩くだけでもご利益があると伺いましたので」
神殿に興味を持ってくれた者も少しばかりいた。
なんというか、変われば変わるものである。
入学したばかりの頃は「お前なんか認めない」とか「この元平民が」とかよく言われていたし、殺害計画まで立てられた。
果ては実際に毒を贈られそうになったことさえあったのだが……。
さすがに王弟との婚姻が決定=王族の末席に加わることが確定したとなると、おこぼれに預かるほうが得策と考えたのだろう。
「なによ、元娼婦の平民があのテオドール殿下と婚約だなんて! 大方、いやらしい手段で殿下をそそのかしたんでしょう!?」
「ヴァルグリーフ辺境伯とも親交を持ったそうですけれど、アヴィナ様は保守派であるフェニリード公爵家の一員である自覚がおありなのかしら」
まあ、もちろん全員が全員というわけじゃない。
中には俺に嫌味を言ったり、批判してくる人間もいた。
その内訳が、我が家(フェニリード公爵家)の敵対派閥である軍拡派の子息・令嬢だけでなく、同派閥である保守派にまで広く及んでいるというのがまたなんとも。
俺を攻撃する理由が「家同士の利害関係」から「憧れの王弟殿下を奪われた苛立ち」「躍進に対する妬み」「単になんとなく気に食わないから」などにシフトしてきているのだろう。
「アヴィナ様、あまりお気になさらないほうがよろしいかと」
「ええ、どんな状況であっても口さがない者はいるものですから」
やんわりと敵対者を非難し、こちらを慰めてくれる令嬢たちに「ありがとうございます」と微笑んで、
「ですが、テオドール殿下が性的な誘惑で陥落するなどと噂されるのは心外です。それで心動かされる方であればとっくにどなたかと婚約なさっていたことでしょう」
「まあ! それじゃあ、どうやって殿下の心を射止めたと言うの!?」
「それを語るには時間が足りませんのでまたの機会にいたしましょう」
頬に手を当てて「ですが」と首を傾げる。
「殿下と婚儀を上げるのが待ち遠しいとは思っております。せっかく磨いた技術を披露する機会は早い方が良いですから」
きゃあ~! と、令嬢たちから歓声が上がった。
育ちが良くても年頃の女の子、こういう話は大好物なのである。
ちなみに男子たちの中には居心地悪そうに居住まいを正し始めた奴らがいるが……エロい目で見られるのは大歓迎である。
なにしろ俺はえっちな衣装が大好きだ。
制服をパーツごとに取り換えられるようにしてまで露出を増やそうとしている程度には、周りからえっちな目で見られたいと思っている。
そういうのもあって一般的貴族からは白い目で見られがちだったのだが。
「ですが、こうなりますとルクレツィア様の嫁ぎ先が心配になってまいりますわね」
「ええ、そうですわね。まだお相手が定まっていらっしゃらないのですもの」
「傍系の男性王族も結婚なさっている方がほとんどですもの。そうなりますと……」
「殿下の元へ嫁がれるアヴィナ様と、臣下へ降嫁なさるルクレツィア様……立場が逆転することになりますわね?」
ちょっとこう、急激に見る目が変わりすぎるのも問題なんじゃないか?




