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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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『瑠璃宮』の娼姫 アヴィナ -3-

「一般的に、神は銀の髪に青い瞳を持つ絶世の美女として描かれるわ」


 古くは石板に、今は書物に記された神話。

 『瑠璃宮』きっての識者ヴィオレは、濃い紫の髪を指で弄びながら語った。

 彼女は神の使徒ではないが、文献として神に関する書物を読んでいる。


「偶像とされる場合は多くが全裸か、衣一枚を纏った姿よ。神は端々に至るまで完璧であるため、肌を隠す必要がない──という教えの根拠ね」


 俺は、果汁の入った杯をちびちびやりつつ尋ねた。


「神様は、なにをした方なんですか?」

「この世界を作ったとも、今よりずっと弱かった人に『奇跡』を授けたとも言われているわね」


 ヴィオレは硝子製のグラスに入った赤を揺らしている。

 魔法で冷やされたグラスはワインが温まりすぎるのを防いでいる。


「『奇跡』は知っているかしら?」

「神様の力を借りる魔法、でしょう? お姉さまの使う魔法とは原理が別だと」

「そう。魔法は、奇跡を『人のみの力で』起こそうと開発されたという説が有力よ」


 俺の理解は「魔法使いと僧侶だと使える魔法が違うよな」くらいのものだが。


「聖職者は祈りによって神の力を引き出す。そして魔法使いは知の蓄積によって、人の身や大気に宿る『魔力』を魔法に変換するの」


 姉の細い指が一本、くいっと持ち上がると、つまみのチーズが一切れ浮かんで引き寄せられた。


「魔法使いと聖職者は仲が悪いんですか?」

「良くはないわね。奇跡の力を世俗に堕とした不心得者、と考えている輩も多いから」


 魔法使いで娼婦のヴィオレはダブルで相性が悪いわけか。


「話を戻すけれど、神殿では美しい女が尊ばれるの。最高位である『聖女』に任じられるのはたいていの場合、銀髪か青目の美しい女よ」

「銀髪に、青い目」

「両方を持ち、芸術作品のように美しい女がいれば、敬虔な信徒なら跪くでしょうね」


 俺と出会ったあの巫女も青い目をしていた。

 神に似ていると神殿では大事にさせるわけか。


「かの男爵があなたを買って養女にしたのは、神殿を意識した部分もあったのかもね」

「だとしたら男爵は確かに慧眼、ですね」

「結局は手放してしまったけれど、ね」


 奇跡の力を統べる神殿と言えど、他に所属する者を強引に奪い取ることは基本できない。




    ◇    ◇    ◇




「念のために聞いておくわね。アヴィナ、あなた、聖職者を客とする気はあるかしら?」


 お出かけの際の事件については女主人にも報告した。

 独自に情報収集してそれを裏付けた才媛は数日後、そう俺に尋ねてきた。

 向かいにちょこんと座った俺は首を傾げて、


「神に仕える方が娼婦を買いに来るのですか?」

「あら。高位神官の中には身分を隠して遊びに来る方もいるわよ? 誰とは言わないけれど」


 もしかして、俺が相手をした中にもいたのだろうか。

 考えると若干怖くなってくるが。


「今回は単純にあなたの顔を見に、大枚をはたく信心者が増えるかもしれないという話よ」

「お大尽ですし半信半疑ですけれど、お客様であればもちろんお相手いたします」


 この時の俺は「とは言ってもそうそう訪れないだろう」と思っていた。

 多少、俺の指名が増えたらラッキー程度。

 しかし予想に反し、数日後には『瑠璃宮』に神の信徒がやってきた。






 その日、俺は白のドレスを身に纏っていた。

 下着も白。絶対領域からはガーターの紐が垣間見える。

 白が似合うという客がちょくちょくいるのでその対策だったが、


「ようこそお越しくださいました、神官さま」

「ああ……! これは、本当に美しい! 神の現身と称されたのも理解できる」


 身分を隠すどころか神官の衣のままやってきた年配の男には効果覿面だった。

 彼は涙を流さんばかりに感激するとその場で俺に跪く。


「お目にかかれた幸運に心から感謝いたします」

「どうかお止めください。わたしは『瑠璃宮』の娼姫でございます」


 さすがにおろおろする俺を見て、女主人が助け舟を出してくれた。


「アヴィナ、この方をお部屋にご案内なさい。……神官さま、お話だけであれば料金を割り引かせてくださいませ」

「よろしいのですか? 不公平になるのでは──」

「ええ、もちろん。代わりに神殿で今宵の話を広めていただければ」

「……なるほど、そういう事でしたら」


 部屋で二人きりになっても、神官は真面目な態度を崩さなかった。

 俺をエロい目で見てきたりもしないし、酒を勧めても「そういった目的ではありませんので」と口をつけない。

 香を焚いていない清い空気の中、静かに対面したまま。


「不思議です。姉からは聖職者の方は肌の露出や娼婦をお嫌いになると聞いておりました」

「ああ。そうした風潮があるのは事実です。ですが、アヴィナ様は神の似姿にそっくりでございますので」

「わたしは特別、ということですか?」

「少なくとも私は娼婦だからと否定する気にはなりません」


 実際彼は露出した肌に「けしからん」といった表情は見せない。

 ならば、と、俺は考えて、


「では──よろしければ、もっと、お見せいたしましょうか?」


 さりげなくスカートを撫でて、ちらりと目線。


「お望みであれば、一糸まとわぬ姿でも構いませんけれど」

「と、とんでもございません!」


 彼は慌ててぶんぶんと手を振った。


「そのようなもの──そのような神々しいものを見せられては天に召されかねません」


 さすがに大げさじゃないか? 文字通りの意味だよな?

 俺に置き換えて考えてみると、推しとそっくりと言っていいレベルの美少女がリアルに現れて「裸見せてもいいよ?」と言ってくる……。

 なるほど、我が人生に一片の悔いなし、となってもおかしくはない。

 俺は「では止めておきましょう」と微笑んで、


「代わりに、神様のお話をお聞かせいただけますか?」

「よろしいのですか? そのようなお話ではつまらないのでは」

「そのようなことはございません。是非聞かせてくださいませ」


 俺にとってはこの世界のことすべてが目新しい。

 情報を得る機会は逃すなが女主人の教えだし、えり好みせず知識を得る大切さはヴィオレからも説かれている。

 さらに感激した神官は本気で涙ぐみながら、


「アヴィナ様は本当に神が遣わした存在なのかもしれませんな」


 嬉しそうに、どこか誇らしげに、時間いっぱい神に関する話をしてくれた。




    ◇    ◇    ◇




 神官が帰ってどのような話をしたのかはわからないが。

 以来、三日に一度くらいのペースで聖職者が『瑠璃宮』へと訪れるようになった。

 中には連れ立って来る者や巫女の姿まであった。

 女主人は彼らを厚遇し、二人以上の利用での割引まで認めた。


「よろしいのですか? それほど割り引いては儲けが少なくなってしまうのでは」

「構わないわ。神殿御用達の娼館、なんて肩書き、ここでしか得られないもの」


 新規顧客への口利きやコネクションの斡旋を対価にしているようなものなので、一般客が「じゃあ俺も割り引け」と言ってきても突っぱねられる。

 前にも言ったが『瑠璃宮』は客を選べる娼館なのだ。

 二名以上利用で安くなるのもあくまで会話のみの場合だけ、身体を使っての接待だと倍は疲れるので割り引いたら損だ。

 そんなこんなで、俺は神話についてだいぶ詳しくなった。


 専門家が時間を割いてくれるのは珍しいと、ヴィオレがたまに同席するようになったくらいだ。

 自分の分の給金はいらないと言ってまで知識を求めるのだから筋金入りである。


「いっそのこと、アヴィナ様が神殿に来てくださらないでしょうか」


 それは出張サービスという意味──じゃない可能性が高い気がする。


「主人の判断になりますので、わたしの口からはなんとも」


 そんなふうにしてしばらくの時が過ぎ、ある日のこと。

 女主人が喜び半分、困惑半分といった様子で俺に告げてきた。


「アヴィナ。あなたに神殿から派遣の依頼が来たわ」

「派遣……先方にお伺いしてお相手をする、ということですね?」

「ええ。うちはほとんど応じていないのだけれど」


 今回は相手が相手だ。

 神殿相手ならばホームに連れ込まれて監禁、傷物にされるといった危険はほぼない。


「案外、本気であなたを欲しがっているのかもしれないわね」

「『瑠璃宮』の娼姫を身請けするのであれば、莫大な額が必要ですよね?」

「もちろん。一番下の娘を欲しがるような相手にはたっぷり吹っ掛けるけれど、今回はあくまで派遣よ」


 女主人に「どうしましょうか?」と尋ねられた俺は、少し考えてから答えた。


「お引き受けしましょう。大きなお仕事をお断りしては勿体ありません」


 こうして俺は、神殿へと足を運ぶことになった。

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