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【閑話】水場と水着

 行軍の最中、大きめの川で休憩を取ることになった。

 ついでに食事も済ませることにしたので長めの小休止である。

 馬たちも草を食んだり水を飲んだりして疲れを癒やし始めた。


 そこへ、俺たちの乗る公爵家の馬車に第一王子ランベールがやってきて。


「せっかくだ。水浴びしようと思うんだが、叔父上も一緒にどうです?」

「ふむ。確かに、汗を流しておくのは悪くないな」


 周りは兵や騎士たちが固めているので襲撃の心配もほぼない。

 夏場なので冷たくて気持ちがいいことだろう。


「こういうのは男の役得だな?」


 にやりと笑う王子様に俺は若干むっとして、


「いえ、そういうことでしたらわたしも参加させていただきます」

「おお? なんだ、俺の妻になる気にでもなったか?」

「いいえ、わたしには心に決めた方がおりますので」

「ほほう」


 ランベールが余計ニヤニヤ顔になってテオドールを見た。


「……貞操観念が存在するなら大人しくしていたらどうだ?」

「問題ありません。水浴用の衣装を用意しております」


 一瞬「なるほど」という顔になる一同だったが、


「うーん。……お前の言う『水浴用の衣装』は信用していいのか?」

「恐れながら、かなりの危険物かと」


 エレナ、真顔ですっぱり答えるんじゃない。

 まあ、小声で「私はいいと思いますけど……」って言ってるメアリィも信用できないが。


「危険とはどういうことだ。見せてみろ、アヴィナ・フェニリード」


 引っかかるところそこなのか……!?




    ◇    ◇    ◇




 この世界における水浴用の衣装は、身体にぐるぐる布を巻きつけたようなものだ。

 たぶん、透けないようにとか、肌に冷たい水が直接触れないようにとかあるんだろうが。

 可愛くない。

 美女・美少女が着たら神秘的ではあるかもだが、お洒落とは無縁だ。


 しかもそれを着るのは主に女性。


 男はまあ、下半身さえ隠れてれば上半身裸でもそんなにうるさく言われない。

 運動の後とか、今のように野外活動中とかだとなおさらだ。


 こんな不公平があっていいだろうか、いやない。

 というわけで、


「こちらがわたしの作らせた水浴用の衣装──水着です」


 俺はエレナたちに水着を持ってきてもらった。

 デザインの元にしたのはもちろん前世におけるそれだ。

 この世界の人間にとってはあまりにも前衛的だったようで、


「おい、これは俺たちが触れてもいいモノか……?」


 新しいもの好きで女好きで悪戯好きのランベールですらそんな反応だった。


「下着ではありませんし、未着用ですので問題ないかと」

「アヴィナ様。肌に直接触れる物ですので、異性に触れさせるのはあまり好ましくありません」


 苦笑気味に釘をさしてきたのはフラウ。

 俺はうーん、と首を傾げて。


「水浴びをするのですから、肌を覆っている面積は少ないほうがいいでしょう?」

「それはそうだが」

「加えて、この水着には加工を施してあります。水をはじくので濡れませんし透けません」

「ほう。防水の魔法加工か」


 研究者気質のテオドールはそこに興味を持ったらしく、ひょい、と水着を持ち上げた。


 ──三角形の布が二枚、紐で連結したような上の水着と、素材以外はショーツに似た下の水着。


 表面は加工の影響でつるつるしている。


「高級な傘などに用いられる加工だな」

「はい。透けにくい素材と縫製を用いていますが、これならより安心でしょう?」

「確かにな。……露出の多さ以外の点で言えば理にかなっている」


 魔法加工なんか施しているせいで値段もいかついけどな!


「貴族女性は人前で水浴び自体あまりしませんけれど、これが『お洒落』だと広まれば流行するかもしれません」

「む。婦女子が水を楽しむ姿を見られるのは悪くないな」


 フラウが王子様を見て「この性欲猿」という顔になった。

 自分がぐいぐい行くタイプなので異性はむしろ草食系が好みか。


「試作品をいくつか作っていただきましたので、フラウさまも一緒にいかがですか?」

「わ、私もですか!? ……その、少々興味はありますけれど」


 さすがに気恥ずかしいのかちらちらと水着に目をやるフラウ。


「着替えるためには一度裸にならなければいけませんし」

「では、いっそのこと裸で泳ぎましょうか」

「よしわかった。お前達はここで大人しくしていろ」


 水浴びの許可は結局下りなかった。




    ◇    ◇    ◇




 ランベールに連れられて水浴びに行ったテオドールは仮面を着けたままだというのに、女性陣からきゃーきゃー言われていた。

 定期的に剣を振っているのか、引き締まった肉体美が原因だ。

 美味しいものを食べられる王族なので肌艶もいいし。


「……でも、ここからだとよく見えないわね。メアリィ、遠視の魔道具はないかしら」

「はい、こちらに」


 警戒用にも使うのですっと出てきた。

 魔道具を通して眺めると、


「これは……さすがはテオドールさまですね」

「アヴィナ様、さすがにはしたないのでは」

「フラウさまもご覧になりますか?」

「是非に」


 ムキムキではないが、適度に筋肉のついた肢体。

 汗臭いのは嫌だけど頼りないのもねー、という、我が儘な女心にジャストフィット。


「アヴィナ様、私にも見せてくださいませ!」

「あらメアリィ、男にはもう興味がないんじゃなかった?」

「それはそれ、これはこれです!」


 目の保養という意味で役には立つというわけか。

 異性愛者の男だってイケメン見て「美形だなあ」くらいは思うしな。

 ……と、わいわいやっていたらテオドールがこっちを見た。

 偶然かと思ったらこっちに向けて小石を放ってくる。

 風を纏って飛来したそれはぴし、と、馬車の窓に当たってから地面に落ちた。


 一人、蚊帳の外だったエレナがぽつりと、


「殿下が本気であれば窓が割れていたかもしれませんね」


 俺たちは仕方なく覗きを断念した。




    ◇    ◇    ◇




 さっぱりして戻ってきたテオドールは馬車の戸を閉めてから「ところで」と言って。


「何故、婦女子に水浴を広めようと思った?」

「運動の習慣をつけることも、水泳の練習をしておくことも無駄ではないでしょう?」


 貴族令嬢は運動らしい運動をあまりしない。

 散歩とダンスのレッスンが貴重な運動時間だが、食が充実しているせいで太り気味になることも多い。


「水泳は身体への負担が比較的少ない運動です」


 硬い床や地面と違って浮力が身体を受け止めてくれるからな。


「いざという時に泳げれば命が助かることもあるかもしれませんし」

「ああ、そういえば、父も似たようなことを言っていました」

「フラウさまは水泳を習得されているのですか?」

「ある程度ですが。水を吸うと服が重くなるので難儀しました」


 って、習得したのは着衣泳のほうか。それは大変だ。


「そうだな。フラウ・ヴァルグリーフが言う通り、服を着たまま泳ぐ練習ができれば生存性は上がるだろう」


 馬車ごと川に落ちたり、うっかり湖に飛び込んでしまう令嬢とか物語だとけっこういるからな。


「そう考えると水浴衣は重い方が良いのではないか?」

「いきなりそれでは泳げません。まずは身軽な状態で泳ぐことを覚えるべきかと」


 泳ぎを忌避する感情を育てないためにも、可愛い水着で気分を高めることも有効だ。

 ……と、力説してみたら王弟殿下は「なるほど」と感心して、


「婦女子の肌露出を増やすことだけが目的ではなかったのだな」


 メインの目的が完全にばれている件。

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