王弟殿下の婚約者 アヴィナ -1-
「長々と時間を取らせて済まないな」
王族専用の応接間にて、俺はテオドールと隣り合わせて国王夫妻と向かい合っていた。
珍しく(?)まともなドレスなので場違いではないが。
「いえ、そのような。陛下の命令に従うのが臣下の務めでございます」
「ははは。そのように畏まらずとも良い。其方はもう王族の一員となったようなものだ」
いや、まだ婚約しただけだろ。
と、思いながらティーカップを傾ける俺だったが、
「王族との婚約は基本、覆されるものではありませんからね」
テオドールの返答が国王の見解を補足した。
「うむ。城にアヴィナの絵姿を飾った甲斐があったというものだ」
「あれはそのような意図があったのですか……!?」
「可能であればウィルフレッドの婚約者にと望んでいたのだがな」
残念がっていたら俺が代わりの王族を見つけてきた感じになるのか。
「其方としても望外の結果であろう?」
尋ねられたのは国の要職の一人としてそこにいる養父。
彼は微笑を浮かべると「いえ」と答えて、
「アヴィナならばきっと大きな事を成してくれると信じておりました」
「そうか。其方の慧眼にこの国は何度助けられたことか」
どこまでがおふざけでどこまでが真面目な会話なのか。
ちらりとテオドールに視線を送れば、仮面の王弟は俺の髪を軽く梳いて。
「正式に婚約者となったのだ。他の男への対応は控えてくれるのだろうな?」
仮面の奥にある美貌を知っている俺は内心ばくばくになりつつ「ええ」と答えた。
「嫁入り前の娘として、恥ずかしくない対応を心がけましょう」
意外とぐいぐい来るなこの王弟。
これだと「婚約解消したはずなのに溺愛されています」系のラノベになってしまいそうだぞ。
いやまあ、冷遇されるよりは良いんだが。
こほん。
「さて、別途席を設けたのは他でもない。一部の者にしか明かせぬ内密の用件があったからだ」
「それは、わたしが伺って良い内容なのでしょうか」
「うむ。むしろ、其方が事の中心と言っても過言ではないであろう」
どういうことだと養父を見れば、彼は「その事もあって早く帰還したんだ」と言ってくる。
「領地に思わぬ連絡が届いてね。これは陛下へ直接お伝えせねばと思ったんだよ」
「思わぬ連絡、ですか?」
公爵領は辺境伯領の反対側──国の北の国境に面している。
その領地の先には北の隣国が存在していて。
「そうだ。北の隣国から『北の聖女』の訪問を希望する旨が届けられた。
実現した場合、まずは公爵領にて彼女を出迎えることになる」
「──北の、聖女」
俺は「ああ、そう来たか」という心持ちで国王の言葉を反復した。
貴族令嬢として、貴族学園に通う者として、俺は一通りの知識を頭に詰め込んでいる。
一年生の今はまだ不足もあるが、それでも最低限の知識はあった。
北の隣国にも、この国と同じように『聖女』が存在する。
しかし、かの国の『聖女』が持つ権威と求心力は、この国の『大聖女』すなわち俺をも上回っている。
「国賓として出迎えることは吝かではないが、その際には問題もある。
公爵領には決して侵されてはならぬ『聖域』が存在するからだ」
俺は、辺境伯領の象徴が『グリフォン』という伝説上の生き物であったことを回想する。
同じく、公爵領の象徴もまた、
「お養父さま。つまり『そういうこと』なのでしょうか?」
尋ねると、現フェニリード公爵は明確な答えを返してくれた。
「ああ、そうだよ。我がフェニリード領には今もなお《《神獣フェニックス》》があらせられる」
学園入学後、俺には入学祝のような形で『不死鳥の外套』が贈られた。
あれはやはり、特別な製法で作られただけの品ではなく、正真正銘──不死鳥の羽から紡がれた糸で作られていたわけだ。
そんなもん国宝級の値段がするに決まっている。
同時に、ヴァルグリーフ家がなんとしてでもグリフォンを取り戻したい理由もわかる。
「なるほど……。ですが、その『北の聖女』さまは神獣の存在を知っていらっしゃるのですか?」
他国がそんなこと知ってるんじゃ奪われたり、殺されたりする危険がでかいと思うんだが。
「神獣の存在は、かつては特に秘されていなかったのだ」
「フェニックスは表に出ることを嫌う方だけれど、グリフォンは積極的に戦って領地を守っていたらしいね」
それでフェニックスは生き残り、グリフォンは命を落としてしまったのか。
「加えて言えば、北の『教国』は古い信仰が強く残っており、神獣への敬意も強い」
「他国の守り手であっても敬うべき存在、ということですね」
そういうことなら確かに危険は少ないのかもしれない。
その上で、念のためできる限りの警戒はしなくてはいけない。
加えて、向こうが聖女クラスを出してくるのならこちらも対抗すべき。
「ちょうど、先方も『大聖女』に会いたいと希望を出してきている」
「……かしこまりました。来訪はいつ頃の予定なのでしょうか?」
「ああ、心配せずとも『すぐに』という話ではない」
国王の返答に俺は少しばかりほっとした。
「こちらからの回答を行い、先方と時期のすり合わせを行う。……おそらく時期は冬となるであろう」
「アヴィナにも折を見て、かの御方と会ってもらうつもりでした。ちょうど良い機会でしょう」
学園の冬休みに被せてもらえるのならこっちとしても助かる。
しばらくは婚約関係であれこれ忙しくなるだろうし──。
「せっかく婚約したのだ。テオドール、其方も一緒に行ってきてはどうだ?」
「ふむ。噂に聞く公爵領の湯治場に興味はあります」
「ははは! お前がようやく結婚の意思を見せたのだ。アヴィナをしっかりと掴まえておけよ」
「陛下の御心のままに」
VIPの対応のついでに婚約者と温泉旅行とか、温度差で風邪引きそうだぞ。
ともあれ、そういうことになったらしい。
◇ ◇ ◇
みゅみゅー!
「わ。……ふふっ、ただいまスノウ。寂しい思いをさせてごめんなさい」
久しぶりの我が家へ帰るとまず、うさぎのスノウが出迎えてくれた。
彼(彼女?)を抱きしめて撫でていると、義妹と義兄が揃って歩いてきて、
「お帰りなさいませお姉様。旅のお話、たくさん聞かせてくださいませ」
「お帰り、アヴィナ。怪我もないようで何よりだ」
俺も、二人の元気な顔が見られてほっとする。
危険な戦いだったがこうして無事に帰って来られた。
「ただいま戻りました、アルエット、フランお義兄さま」
そのうえで、敢えて言わせてもらうのなら、
「わたしもお二人に聞きたいことがあるのです。この家のことで」
さすがに立ち話でできる内容ではないので時間と場所をあらためて、
「お義兄さまもアルエットも知っていたのですか? この家の秘密──というか役割について」
「まあ、僕はこれでも長男だからね。この子は──」
「私はお父様とお母様に連れていっていただいて、今回初めて知りました」
公爵家の役割とは不死鳥の守り手であり、交流相手である。
北の公爵領に温泉が湧いているのは単なる地熱のせいではなく、不死鳥の放つ熱量の影響。
不死鳥が恩恵をもたらし、公爵家が代わりに不死鳥を守る。
持ちつ持たれつの関係が長年築かれてきた。
だからこそ、公爵家当主は原則的に領都に留まらなければならない。
アルエットを後継者にと義兄が望んでいたのもその関係。
赤髪を持つ者は火の属性と高い相性を持つことが多い。
魔力量も多いアルエットは不死鳥の守り手にぴったりなのである。
同時に、奇跡に長けた俺が「最悪当主になってもいい」理由もわかる。
神獣、というくらいだし、グリフォンが懐いているわけだし、彼らと俺もまた相性がいいのだ。
「不死鳥さまに引き合わされるのは次期当主の特権、というわけではないのですね?」
「ああ。それだと不測の事態があった時に困るしね」
「家に不利益を及ぼさないと確信できた子には教えている……とお父様が言っていました」
ならば俺もそこまで見込まれているわけか。
「よくわかりました。それは、公爵家の後継者も難しい問題ですね」
「ああ。だけど、その状況もこれから変わるかもしれない」
「? と言いますと……」
首を傾げた俺に、アルエットがにっこり笑って、
「お姉様、私たちに弟ができるんです!」
マジか。
というところで、何話か番外編を挟みつつ次章に続きます