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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第三章(仮)
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辺境伯領の英雄 アヴィナ -1-

 グリフォンを倒した後もまあ、いろいろと大変だった。


 残った魔物を掃討しなければいけなかったし。

 負傷者の治療もあったし。

 念のため、グリフォンの棲み処だったと思われる洞窟まで確認しに行ったりもした。


 その間、俺は大奇跡の反動でなにもできなかった。

 馬車の中で休んでいる間に全部済んでいて。

 翌日の夜には辺境伯邸に帰還することができた。


 グリフォンの死体は防腐の魔法がかけられた状態でまるまる運ばれて。

 切り落とされた首ともども衆目に晒された。

 わかりやすい「勝利の証」に民は湧き、人々の心には安心が広がって──。


「それで……その、グリフォンの子供らしきものなのですが」


 辺境伯はグリフォンの死体に口元を綻ばせた後、『それ』を見て驚愕した。

 凱旋パレード的なものや後片付け等ですぐには話ができなかったのだが。

 その後、俺、フラウ、ランベール、テオドールら主要人物のみを当主の執務室に集めてようやく話ができた。


 件の生き物はきゅるきゅると甘えるような声を上げながら俺の腕に抱かれている。

 見た目はそれこそ、あのグリフォンをぬいぐるみサイズにしたような感じ。


「グリフォンの子供、なのだろうな」


 とは、テオドールの見解である。


「アヴィナ・フェニリードが『魔物の主』に行使した大奇跡は、瘴気を浄化しつつ、その身を生身へと置き換えるものだった。

 おそらくはそれが不完全だったか──あるいは『効きすぎて』しまい、このような結果になったのだろう」

「効きすぎた、とは?」

「死体を残せばいいものを、新たな命を吹き込んでしまったのではと私は見ている。

 おそらく奴の心臓を核に『それ』が新生したのだろう」


 その証拠に、グリフォンの心臓がくりぬかれたようにまるまる消えていた。


「グリフォンへの信仰と聖なる力、そして形が重なって起こった特異現象と思えば良かろう」

「では……この、いえ、こちらの生き物は……!」


 ランベールがふっと笑い、


「新たなる神獣、ということになるな」


 がたん、と、辺境伯は自身の席から立ち上がった。

 近衛騎士が念のため剣に手をかけるも、もちろんその必要はなく。

 初老の男が取った行動は、グリフォンの子供を抱いた俺の前に跪くことだった。


「えっ……あの、辺境伯?」

「『大聖女』アヴィナ・フェニリード様。辺境伯領一同を代表して心よりお礼申し上げます。

 あなた様は紛れもなく我が領の救い主、そして繁栄の担い手でございます」

「ありがとうございます。ですが……大袈裟では?」

「大袈裟などと、とんでもございません」


 じっと見つめられた子グリフォンはよくわかっていないように「きゅる?」と首を傾げているが。


「あなた様のお力により、ヴァルグリーフ領は『再び』神獣様にお会いすることができたのです」

「再び」


 引っかかる言い回しである。

 知らなかったのだが……というか、その可能性は幾度も頭に上らせつつも、今まで深く考えたことがなかったのだが。

 俺は顔を上げてテオドールを振り返ると、尋ねた。


「もしかして、神獣というのは単なる伝説ではないのですか?」


 仮面の王弟は「知らなかったのだな」と頷いて。


「公爵夫妻から教えられていてもおかしくないはずだが。いや、時が来るまではと考えていたのか。

 ……そうだ。神獣グリフォンはかつて実在した。

 不幸な事に大昔に命を落としてしまい、今では伝説とされているがな」


 マジかよ。


「では、わたしは、偶然にもグリフォンを蘇らせてしまったと……?」

「ははは! お前がそんなに懐かれているのは、本能的にママだとわかっているからかもしれんな!」


 おい王子様、未婚のレディになんてこと言いやがる。





    ◇    ◇    ◇




 ママ扱いについてはともかく。

 その後、グリフォンの処遇について辺境伯と話し合った。


「アヴィナ様、どうかその子をお譲りいただけないでしょうか。

 対価として可能な限り、お望みのものをご用意いたします」


 そこまでか。


「当然だろう。神獣を祀っている地は他にもある。

 その子供を育て、共存共栄を築ければ将来の発展は約束されたようなものだ」


 その領地がどこかはとりあえず追及しないものとして。


「ですが、この子が立派なグリフォンに育つかどうかはまだわからないのでしょう?」

「ああ。それに神獣の扱いとなれば父上の裁可が必要になる」

「ひとまずはアヴィナ・フェニリードの預かりとし、都に連れ帰ることになるだろう」


 調べた限り瘴気の影響はまるでないが、いきなり狂暴化しないとも限らない。

 様子を見つつ連れて帰って国王の判断を仰ぐのは無難なところだ。


「大聖女。お前としてはどうなんだ? どうせなら自分で育てたくはないのか?」

「いえ。わたしの部屋にはスノウがいますので、万一にもこの子に食べられては困ります」

「……お前、ただのうさぎと神獣を天秤にかけるのか?」

「スノウはただのうさぎではありません」


 あんなに賢くて可愛いのだから、ペットではなく同居人として扱わないと失礼だ。


「フラウさまに育てていただくのはどうでしょう?

 ほら、わたしの次にフラウさまに懐いているように見えるのですよ」


 実際、フラウが手を伸ばすと嬉しそうに撫でられてくれる。


「聖なる存在と、辺境伯領の女に惹かれているのかもしれん」

「単にオスなんじゃないか?」


 王子様はちょっと黙っててくれるか?


「もしも、我が娘にグリフォンをお預けいただけるのであれば、これ以上の喜びはございません。

 この地にグリフォンの守護が戻れば魔物からの防衛にも展望が見えるというもの」


 守り手の誕生によって軍備増強に拘る必要が減るってわけか。

 もちろん、神獣が大きくなるには数十年、下手したら百年以上かかるだろうが。


「『魔物の主』を討伐したことで、土地に溜まった瘴気の量も大きく減じている。

 少なくとも直近では、同規模の魔物発生は起こらないと見ていいだろう」


 急進的な戦力拡大も必要なくなった。

 差し迫った脅威がないのならじっくり騎士や兵を育てる時間も取れる。

 そうなれば、神殿改革だって間に合うかもしれない。


 辺境伯自らが態度を軟化させたことは、軍拡派と保守派の融和にとって大きな一歩だ。




    ◇    ◇    ◇




 辺境伯邸へ帰還した翌日。

 屋敷では大きな宴が催された。

 騎士や兵たちにご馳走と美味い酒が振舞われての戦勝パーティである。


 街でもちょっとしたお祭りになっているようで、街全体が浮かれムードだった。


 兵の多くは屋外や宿舎で酒盛りだが、俺たちは屋敷の食堂で貴族用の宴会。


「アヴィナ様もいかがか? 我が領の自慢の酒なのです」

「では、せっかくですからいただきます」

「……アヴィナ・フェニリード? 君が酒を飲んでいるところは見たことがないが?」

「これで二度目ですのでそれはそうかと」

「待て。それは大丈夫なのだろうな」

「アヴィナ様でしたら問題ないでしょう。お酒のお相手でしたら私がいたします」

「フラウお嬢様はお酒がお強いですからね」

「フラウさま、何歳からお酒を嗜まれていたのですか?」

「細かい事は言いっこなしでお願いいたします、アヴィナ様」


 酒も料理も美味しくて、思い出に残る一夜になった。

 兵たちの様子を見に行ったら「一緒に飲みましょう」とか「聖女様に乾杯」とか大騒ぎになったし。

 静かなところに避難したら避難したでテオドールに絡まれた。


「君は良くやった。……アヴィナ、君はもっと自分を誇るといい」

「テオドールさまからきちんと名を呼ばれるのはこれが初めてな気がします」


 だが、二人で月を見上げながら飲む酒もまた美味かった。

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