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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第三章(仮)
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退魔の象徴 アヴィナ -8-

 朗々と、歌うように言葉を紡ぐ。


「これは……聖典の一節?」


 気づいて口にしたのは、連れてきた神官の一人だった。


 奇跡に呪文の類は必要ない。

 祈るだけで発動することが一番の利点だが──追加の苦労に見返りがないわけではない。


 神に近い容姿であることで力が高まるのだから。

 聖印を持つことで効率が良くなるのだから。

 祝詞を用いることによって、祈りを神に届きやすくすることもできる。


 聖典の暗唱なんて儀式の時くらいしかしないが。

 儀式という形で残っているのは、先人たちがそれを伝えるべきと思ったからだ。


 さらに、俺は地面に聖印と同じ形を光の線で描いていく。

 その周りに、衣の装飾などで用いられる形をちりばめて魔法陣のようにする。


 魔法陣とルーンの利用、その神聖版。


 ランベールのを見て即興で追加した趣向だが、この際、使えるものはなんでも使う。


 やることはだいたい、開幕でぶちかまされた王族の魔法と同じ。

 一発で敵に大打撃を与える、全力の大技。


 準備に時間がかかるのも同じだ。


 俺の暗唱に伴って、周囲の空間に清浄なる光が舞い始める。

 光は魔物の接近をやんわりと阻み、近づくほどにその力を弱めていく。


「──────ッ!!」


 これを受けて咆哮したのは、グリフォン。


 話に聞いていた通り、鷲とライオンを合体させたような姿をしている。

 サイズは自動車以上、キャンピングカーと同程度はあるだろう。

 そしておそらく、あれが突進すればトラックだろうと余裕でひしゃげる。


 禍々しい輝きを放つ瞳には獰猛な殺意。

 纏うのは穢れた魔力、溢れるほどに放出されたその魔力から今また新たなキラーホークが生まれ出る。

 あれは、危険だ。

 相容れない存在だと見ただけでわかる。

 伝説上の存在、辺境伯家の象徴とあれは別の存在だ。


 人を脅かし、魔の蔓延る世を作らんとする俺たちの敵。


 その『魔物の主』が俺をめがけて一目散に飛翔してくる。

 妨害しようと矢が射かけられるも、操作された大気の流れがそのことごとくを吹き散らす。

 自ら風を操るグリフォンには突風による抑止も効かず、かといって火球を放っても矢と同様に散らされてしまう。

 機転を利かせた宮廷魔術師たちが小さな雷を幾度も浴びせて体力を削りにかかるも、


「埒が明かん! もっと大きな雷を出せないのか!?」


 ランベールの声に「無茶を言わないでください!」と言い返す声。


「雷は制御が難しく、魔力消費も激しいのです! 名うての雷使いはみな独自の制御術を秘匿していますし──」


 姉さまときたらケチケチして術を隠していたのか。

 と、娼姫時代の姉の一人──元宮廷魔術師であるヴィオレを思い出してしまう俺。

 それもまたお払い箱にならないための処世術なのだろうから文句は言えないが。


 そこへ、どん! という大きな音と共に雷撃が走った。


 身体をもろに撃たれたグリフォンは咆哮と共に一時動きを停止させる。

 放ったテオドールは「ふむ」と右手を握っては離し、


「やはり、かの『雷鳴の魔女』ほどの威力にはならんな」

「言っている場合か! 効いているのだからさっさと今のを連発しろ!」

「無理だな。やはり魔力効率が悪い」


 右手で剣を握り直した王弟はフラウに「雑魚の相手は任せるぞ」と告げると──跳躍した。

 風に後押しされながら、高く。

 似たようなことをフラウがした時よりも速く、そして高度が高い。

 たまたま行き会った魔物はついでのように斬り捨てて。

 空中で身体の向きを変えると、今度は違う方向に風を吹かせて『方向転換』。


 高速でグリフォンに接近していく様は、飛行というかまるで空中ダッシュだ。


「っ。相変わらず叔父上は無茶をしてくれる──!」


 風を纏い続けない利点は「制御に意識を割き続けずに済む」ということもある。

 小さな雷をフェイント代わりに使ったテオドールはグリフォンの迎撃をぎりぎりでかわすと前足を斬りつける。

 聖光を纏った刃は魔物の身体をやすやすと裂き、黒い魔力を散らさせた。

 が、浅い。

 しかし慌てず、さらに方向転換をかけて剣を振るっていく。

 もちろんグリフォン側も厄介な邪魔者を叩き落とそうと暴れるため、一気に空中戦の様相に。


 幾度となく交錯する両者、徐々に敵の身体に傷が増えていく。


 が。


「見事です。が、あれではさすがに分が悪いでしょう……!」


 ぴょんぴょん跳びまわりながらキラーホークを片付けながらフラウが言った。

 程なく、テオドールとフラウの剣から聖なる光が消失。

 祝福の力を使いきったせいで敵に与えられる傷がさらに浅くなり──。

 強引に滞空し続けている王弟の動きにも無理が出始めた。

 今までかわし続けていた敵のかぎ爪がとうとうヒットし、身体を守っていた聖光も霧散する。


 が、それでも空中戦に拘り続けるテオドール。

 さすがに無茶だろう、と思った通り、今度は敵の牙が彼の肩を襲い。

 ぱぁん、と、弾かれるようにして鷲の頭が跳ねた。


 魔道具の守り。


「潮時か」


 生じた隙を突いて、剣をグリフォンへと突き立てるテオドール。

 深々と突き刺さった剣に怒りの咆哮が上がり、かぎ爪が振るわれるも、それを間一髪でかわして。

 手袋に覆われた手がグリフォンの前足を掴んだ。

 氷結。

 指の周りから急速に発生した氷が前足の一本を包み込む。

 その氷が胴体にまで達しようとしたところで魔物は暴れ、王弟を振り落とした。


 が、仮面の貴公子は慌てた様子もなく風を操って姿勢を整え、


「アヴィナ・フェニリード! お膳立ては十分か……!?」


 ああ、十分すぎる。

 ちょうど聖典の暗唱も終わるところだ。

 身体には聖なる力が漲っている。

 なるほど、こうしていると、自分が神の力の導管になっているのがよくわかる。

 というか、今は一時的に力をプールしている状態なわけで。

 これは思った以上に体力を持って行かれる。


 素養のない者がやるのはリスクが高そうだし、俺でも際限なくチャージするのは無理そうだ。

 この辺りが解放するのにちょうどいい。


「神よ! どうか、聖なる獣の伝説を穢す悪しき魔物に、浄化の力を届けたまえ──!」


 必ず当てるつもりで奇跡を願ったので狙いをつける必要はない。

 両手で聖印を握り、ありったけの力で聖なる光を解放する。


 ──それは、矢だった。


 神の力を込めた巨大な、一本の光の矢が一直線にグリフォンへと突き進む。

 慌てて回避しようとするが、それを追いかけて突き刺さり。

 魔物の全身を吞み込むと、その場にいた全員の視界を塞ぐほどの眩い光を放った。

 近くにいた雑魚魔物は光を浴びただけで消滅し。


 数秒の後、光が収まると、邪気の抜けたグリフォンの身体が地面へとゆっくり落ち始めた。


 地面に触れようとしたところで、テオドールが空気のクッションを作って衝撃を緩和。

 突き刺さったままの剣を引き抜くと、大きく振りかぶって──ざん、と、鷲の頭を落とした。


 うおおおおおおおお!!


 敵の親玉が討ち取られたことで、兵たちの士気は一気に高まり。

 先の聖光で弱体化した残りの雑魚たちが勢いよく刈り取られていく。


「ちっ。叔父上め、いいところを持って行ったな」

「まあ、良いではありませんか。この戦自体の功績は指揮官である殿下の──っ」

「アヴィナ様!?」


 ぐらりと傾いた身体を、慌てて駆け寄ってきたエレナとメアリィが支えてくれる。

 役目をあらかた終えたフラウも息を吐きつつ寄ってきて、


「アヴィナ様、グリフォンは本当に倒れたのでしょうか?

 通常の浄化ならば死体は残らずに消滅するはずでしょう?」

「ああ。それは心配いりません。テオドールさまと相談してそのように調整したのです」


 グリフォンの魔物なんてこの機会を逃したら出会えるかわからない。

 素材を回収したいから、できれば消滅させずに残して欲しい、と言われたのだ。

 なんとも虫のいい話ではあるが。

 切り落とされた首とか剥製にして飾ったら辺境伯家の家宝になるかもしれないし──ついてきてくれたテオドールにも役得があっていいだろうと了承した。


 身体を構成する澱んだ魔力を打ち消しつつ、生身に置換して身体自体は残す。


 上手くいってよかったとほっとしていると──。


「……なんだ、これは?」


 テオドールが大きく飛びずさり、首の切断面を見ながら身構えた。

 まさか、なにかミスったか!?

 それとも死体を残したことで妙な副作用が、と思っていると、鮮やかな色の肉をかき分けるようにして「ぼこっ」となにかが顔を出して。


 ぴぎゃあ。


 と、可愛い声で一声鳴いた。

 ……ええと。

 よく見ると、その頭は鷲っぽい形をしているのだが。


「まさか、グリフォンの……子供?」


 呆然としたフラウの呟きに、俺も全面的に同意見だった。

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