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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第三章(仮)
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退魔の象徴 アヴィナ -7-

 野営予定地まであと一、二時間の距離に迫った頃だった。

 特製の魔物探知機を確認していたテオドールがちっ、と舌打ちを漏らし。


「やはりこうなったか。だが、ある意味では僥倖だな」


 金属の盆に水晶に似た素材をはめ込んだような道具。

 俺が傍らからそれを覗き込めば、進行方向に『無数の』光点。

 

「接敵までに時間がある。敵は集団戦をお望みらしい」


 魔物の接近が総大将であるランベールに伝えられ、全軍に号令が行く。

 馬車が停まり、迅速かつ慎重に隊列が整えられていく。


 ──グリフォン単騎、あるいは飛行する魔物だけの編成なら察知から会敵までは「短い時間しかなかった」。


 テオドールが言ったのはつまりそういう意味だ。

 マッドウルフからなる地上部隊を加えたことで行軍速度は落ち、こちらに準備の暇を与えた。

 あるいは、高速で強襲されていたほうが危険だったかもしれない。


 が、それはあくまでも「もしも」の話。

 魔物の総数がより多い今の状況もまた楽観視できるものではない。


 素性がバレてしまったので仮面を外したフラウがぽつりと、


「前もって作戦を立てておいて正解でしたね」


 俺たちは想定される状況ごとに陣形や戦術について相談を行っていた。

 野営地到着前に敵が来た場合もその中に含まれている。

 おかげで余裕をもって動くことができる。


 前方に防御陣形を敷きつつ、その後方に射手・騎士・魔法使いからなる戦力を。

 中央やや後方よりに護衛対象、すなわちVIPや聖職者を置き。

 後方からの奇襲を警戒して最低限の戦力を後衛に配置する。


「君はここに隠れていても構わないが」


 鬱陶しそうにフードを取り払いながら仮面をこちらに向けてくるテオドール。

 俺は微笑んで「いいえ」と答えた。


「想定通りならば、敵はわたしを狙ってくるのでしょう? 隠れていても無意味です」

「ならば、私たちもお供いたします」

「ごめんなさい。エレナたちにまで辛い思いをさせてしまって」

「何を仰るのですか! いざという時は主人のために盾となるのが私たちメイドの務めです!」


 高位貴族のメイドは名誉な職だが、緊急時には捨て石となる覚悟も求められる。

 専属ともなれば、暗殺者の襲撃時に主に代わって応戦するのが当然だ。

 とはいえもちろん、誰もがその理想通りに動けるわけではなく。


 エレナとメアリィが笑顔で戦場についてきてくれたのは、得難い幸運。


「ありがとう。……それじゃあ、みんなで無事に帰りましょう?」


 俺たちは揃って馬車を降りると、敵の襲撃に向けて身構えた。




    ◇    ◇    ◇




 もしかするとグリフォンは、この一戦を正念場と捉えたのだろうか。


 辺境伯領に残る魔物を集められるだけ集めたのではないか──と思える大群が押し寄せてきた。

 予想通り、地上戦力はほとんどがマッドウルフ。

 空中戦力はキラーホークだが、その奥に、明らかに異なる巨体がちらりと見えた。


 間違いなく、向こうもこちらを殲滅し尽くすつもりで来ている。


 胸に手を当てると、これ以上ないほどに早く心臓が脈打っていた。

 スラムの浮浪児でしかなかった俺がよくもまあ、こんなところまで来たものだ。


 しかし、来てしまったものは仕方ない。


 できることをできる限りやって、天に運を任せるしかない。

 震える手で聖印を握って、神に祈る。


「神よ、この者たちにあなたの祝福を与えたまえ。彼らに悪を退け、悪から身を守る力を」


 RPGの聖職者なら定番の補助魔法。


 この世界ではしかし、あまりメジャーな扱いではない。

 攻撃系の奇跡と違って以前使われていた記録は残っているようなのだが。

 治癒に比べて難易度が高いこと、持続時間があまり長くないために近年は使われていなかったらしい。


 だが、頼れる個人にかけて活躍してもらうなら欠点を補って余りある。

 俺の右手のひらから溢れた光がテオドールとフラウの身体、そしてその剣を包み込む。

 これで体力の消耗は光弾二発分程度なのだからお得だ。


「お願いいたします、テオドールさま。フラウさま。わたしたちをお守りくださいませ」

「分かっている。お前には指一本触れさせるつもりはない」

「ふふっ。私もこの戦で武功を上げねばなりませんからね」


 会話の間にも敵は迫ってきている。

 接敵も近いかと思われた頃、兵たちの合間から進み出たランベールが高らかに宣言。


「雑魚どもよ、思い知るがいい! 何故こうして王族が戦場に赴いたのかと言う事をな!」


 直後、ランベールは古語による詠唱を開始。

 それに呼応して第一王子の装身具が輝き、青年の前面に魔法陣を描きだす。

 魔道具の補助を用いたうえで、詠唱と魔法陣によるブーストがかけられ。


「滅びよ!」


 差し出された手のひらを合図に、魔法陣から炎が噴き出した。

 獲物を求めて荒れ狂う、まるで獣のごとき獰猛な炎が、戦場を駆ける狼たちを直撃し。

 熱気に巻かれた鷹たちにも、ランベールに近づくことを躊躇わせる。


 ──この世界において、魔法は主戦力にして切り札だ。


 特に王族は魔力量が多いため、その人数がそのまま戦時の武力に換算できるとまで言われている。

 普段は温存されている強大な魔力は、こうした非常時に「一気に解放される」ためにある。

 並外れた魔力を惜しげもなく用いた大魔法、それは一発で戦力を変えうるほどの効果を齎した。


 この魔法により、敵戦力の約二割が焼失。


「さて、それでは後は任せるぞ」


 阿鼻叫喚の敵陣をちらりと見ながら陣の後方へと下がっていくランベール。

 ふんす、とばかりに得意げな彼はあろうことか俺の隣あたりで立ち止まって。


「うむ。ここが一番安全と見た」

「残念ですが殿下、テオドールさまの見立てによればわたしが狙われるそうでして」

「ふん。だとしても、お前が殺された時点でこちらの負けは確定だろう」


 なんとも高く見積もられたものである。

 期待されるのは嬉しいが、俺の出番はしばらくない。

 体力を可能な限り温存するために補助の奇跡を選んだのだ。


 盾を構えた最前衛が狼たちに飛び掛かられ、それを必死に食い止めても。

 ペアになった兵が反撃覚悟で槍を突き出すのを見ても。


 雨のような矢がキラーホークを撃ち落とすも、すべての敵を射抜くことができなくても。

 見ていることしかできない。

 負傷者は下がって、俺よりもさらに後ろにいる聖職者たちから治療を受けられる。

 が、さすがにこの戦いでは全員が無事に終えられるとは限らない。


 射撃をくぐり抜けてきたキラーホークたちは一目散に陣の中央付近──ほとんどなにもしていない俺をめがけて飛翔してくる。

 なんでそこまでしてこっちを狙うのか。

 尋ねている間もなく、テオドールの放った宝石が強烈な風を放って魔物の飛行速度を落とし。


 追うようにして跳躍したフラウが風の魔法の援護を受けつつ鷹の翼を次々と斬り落としていく。


 頂点を過ぎれば自由落下するしかない辺境伯令嬢にさらなるキラーホークが襲い掛かるも、彼らには「風を纏った短剣」と「炎に包まれた油の瓶」が投げつけられた。

 エレナとメアリィの攻撃だ。

 魔力が人並みである彼女たちは、品物と組み合わせることで魔法の威力を底上げする術を日頃から模索している。短剣は女の細腕で投げた以上の威力で敵に突き刺さり、油瓶は命中と同時に割れて中の油が炎上する。


 道具による攻撃という意味ではテオドールはさらにすごく。


 短剣はもちろん、爆発する魔道具や敵を痺れさせる魔道具などを次から次へと投げ、魔力の消耗を抑えながら敵の数を減らしていく。

 もちろん同時に類まれな剣の腕も披露するため敵が近づけない。

 それでもくぐり抜けて来ようとして敵には、


「俺だって、まだ体力は残っているんだが?」


 ランベールの剣が容赦なく襲い掛かった。

 こうして敵の猛攻はなんとか食い止められて。


 辺境伯領の騎士や兵士たちが豊富な戦闘経験を活かして戦線を押し返していく。

 このままならばじわじわとこちらが有利を取れるが。


「頃合いか」

「はい」


 傍に降り立ったテオドールの声にこくりと頷き、


「神よ」


 少し離れた空に滞空を続けていた敵の首魁が、殺気を強めるのを感じながら。

 持てる力を総動員して、大きな奇跡の準備を始めた。

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