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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第三章(仮)
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退魔の象徴 アヴィナ -6-

 気を取り直して。

 俺たちは辺境伯の執務室へと移動することになった。

 応接間よりもセキュリティに優れているからだ。

 それだけ、これからする話は重要度が高いということ。


「本来のグリフォンは魔物ではありません。この地に伝説として残る特別な生き物です」


 最低限の人間以外、人払いが行われた部屋。

 男連中の前にはそれぞれ酒杯が置かれている。

 つまみは干し肉──というかビーフジャーキー。


 俺はぐっと我慢して果汁とクッキーをいただいた。


「鷲の上半身と翼を持ち、獅子の下半身を持っているとされています。

 我がヴァルグリーフ辺境伯領の象徴でもあり、民にも広く知られた存在です」

「でも、伝説なんですよね?」

「だが、空想上の生き物が形を持って暴れだすのが魔物というものだ」


 ごもっとも。

 俺はテオドールの説明にこくりと頷いた。


「辺境伯領では『強大な存在』として広く知られたグリフォンが、魔物として実体化してしまったというわけですね」

「はい。これまでの目撃情報から、グリフォンの存在はほぼ確実と言っていいでしょう」


 沈痛な面持ちで辺境伯が答えれば、フラウもまたため息をついて、


「一度実際に目にしたいと思っておりましたが、まさか叶う日が来るとは」

「フラウ! お前はまさか、グリフォンと交戦するつもりか!?」

「少なくとも戦場に赴かなくては、私はアヴィナ様とのお約束を果たすことができません」


 いや、さすがに家で大人しくしていてくれても構わないが。

 ……と、口に出してしまうとフラウに心残りができるかもしれない。

 俺は悠然とティーカップを傾け、


「よほどのことがない限り、直接交戦する機会はないでしょう。

 グリフォンに取り巻きがいることを考えれば露払いは多いほうが良いかと」

「ううむ。……ですが、女の身では大した戦力にもなりますまい」

「お父様! 私は辺境伯領の女です! 本当ならば私もお兄様たちのような騎士に──」

「ならぬ! 女は屋敷で大人しくしていれば良い!」


 怒声が響き、再び親子喧嘩勃発の気配。

 まあ、辺境伯の言いたいこともわかるが……。


「辺境伯。性別でその者の歳を決定づけてしまうのはとても勿体ない話ではないでしょうか」

「ですが、フェニリード公爵令嬢。

 神殿とて神官と巫女では待遇に差がありましょう」

「確かに。ですが、それは巫女のほうが奇跡の扱いに長けているからです。

 先例から判断し、個人を見ることなく待遇を決定づけているわけではございません」


 神官の中で奇跡に長けている者には治療の仕事を多く振っている。

 使える者は使わないと人手が足りない、という神官長の方針なだけだが。


「辺境伯、その話はひとまず置いておけ。今は一日でも早くグリフォンを討伐すべきだ」

「はっ。……かの魔物がねぐらとしているであろう場所は予測できております」


 ここから半日強の距離に、あまり知られていない洞窟があるらしい。


「かつてのグリフォンのねぐらであるとして、普段は立ち入りを禁じているのですが……」

「人の出入りがないのであれば、棲み処としてはちょうどいいだろうな」


 俺たちは話し合った末、そこへと討伐に向かうことにした。

 無論、辺境伯領からも兵力が提供される。

 フラウの兄たちが率いる主力部隊との共同作戦だ。




    ◇    ◇    ◇




 準備を整えるのにまる一日はかかるということで、少なくとも二日は辺境伯の屋敷に宿泊することに。


「こんなに広いベッドで眠るのは久しぶりだわ」

「私たちもお風呂を使わせていただけましたので、気分がすっきりしました!」

「やっぱりお風呂に入ると気持ちが安らぐものね」


 道中は宿に泊まれても、なかなか使用人まではお湯がまわらないことがあった。

 俺の入った残り湯で湯あみくらいはできたが、エレナやメアリィの入浴は制限されていたのだ。

 冒険者を志すだけあってフラウは湯あみでも案外平気そうだったが。

 身体をしっかり洗えない分は、俺の奇跡で汚れそのものを浄化して済ませていた。


「辺境伯領はなかなか良いところですね。食材も新鮮なものが多いようです」


 都に比べると味付けはワイルドな傾向があり、肉料理が好まれているようだ。

 俺やフラウには野菜多めの献立が振舞われたが、それでもメインディッシュはステーキだった。


「そういえば、エレナやメアリィはフェニリード領に行ったことがあるのかしら?」

「いいえ。ですが、公爵領はこの辺境伯領とはなにもかもが大違いかと」

「ああ、北と南だものね」


 公爵領は冬になると雪が降り積もり、辺り一面が白く染まるという。

 温泉地であるフェニリード領の領都は地熱によって雪を排除できるので、そういう意味でも人が集まり発展してきたらしい。

 ……温泉たまごとかあるんだろうか?


 エレナたちと和やかに話をしていると、客間のドアがノックされて。


「フラウです。アヴィナ様、入ってもよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」


 入ってきたフラウは、さっぱりとしてはいるもののドレス姿。


「フラウさまのドレス姿は久しぶりですね」

「からかわないでくださいませ。私はまだアヴィナ様の護衛のつもりなのですから」

「ふふっ。辺境伯邸の中ならば我が家の兵だけで十分ですよ」


 フラウは「そうですね」と微笑むと、俺に深く頭を下げた。


「あらためて、ここまで連れてきてくださったことを深く感謝いたします」

「こちらこそ、被害の減少に尽力してくださってありがとうございます」


 彼女の剣技、そして知識にはかなり助けられた。


「当然のことをしたまでです。父はそれが気に入らないようですけれど」

「辺境伯はやはりまだお怒りなのですか?」

「そうですね。もともと女が剣を振ることには反対ですし、私はお父様の言いつけを悉く破ってしまいましたから……」


 魔物が跋扈する辺境伯領の現状を見ると、辺境伯が軍拡を叫ぶ理由もわかる。

 軍拡派のサポートをするどころか勢いをそぐ形になったフラウはその意向に逆らっているわけだが。


「ならば、グリフォン討伐でわたしが活躍して、少しでも神殿の力を示さねばなりませんね」

「神殿の力を、ですか?」

「ええ。宮廷魔術師の力のみに頼らずとも、魔物の害は減らせるのだと辺境伯に伝えるのです」

「……そうですね」


 ぎゅっ、と、拳を握りしめるフラウ。


「そうすれば、両派閥の融和もより容易になることでしょう」


 俺たちは予定通り翌々日の朝、討伐に出発することになった。




    ◇    ◇    ◇




 辺境伯領の騎士に兵士、雇用された傭兵や冒険者。

 追加の兵力を加えた討伐隊は二倍近い戦力となって洞窟へと進軍した。


「さすがにこの人数ともなると行軍速度も鈍りますね」

「ああ。あまり急いでも、疲弊した状態でグリフォンと衝突しかねないからな」


 この調子だと戦闘開始は夕暮れ頃になりかねない。

 洞窟の近くまで到着したら一泊して翌日戦闘開始、というのが理想だ。


「夜戦は見通しがききませんからね」

「ほう、聞きかじりにしては実感のこもった言葉だな」


 マンガとかゲームとかでさんざん見てるからな!


「だが、そう簡単に予定通り行くかどうか」

「グリフォンが向こうから襲ってくることを恐れていらっしゃるのですか?」

「無論。なにしろこちらには気配の特別大きい者がいるからな」


 それってひょっとしなくても俺のことなのではあるまいか。

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