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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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『瑠璃宮』の娼姫 アヴィナ -2-

 男爵家所有の仕立て屋からは年かさの男性店主と二十代の女性職人が訪れた。


「こ、この度はご用命に預かりまことにありがとうございます……っ!」


 オーソドックスなドレスで着飾った俺を前に平伏する二人。

 彼らにとってはチャンスであると同時に、ミスをすれば致命的になりかねない大仕事。

 俺は年上の彼らに「楽にしてちょうだい」と声をかけた上で依頼をした。


「作って欲しいドレスがあるの。……いいえ、頭からドレスと決めつけず柔軟に考えてもらえるかしら」


 注文したのは形状からして一般的でない衣装。

 固定観念に囚われない必要があるので、むしろ高級店でないほうが良いと思った。

 成長期なのでそれを見越して納品するようにも指示を出して。


 一か月後──納品されたそれを館の娼姫たちが取り囲んだ。


「これは……ドレスなのかしら?」

「ナイトドレス、いえ、下着と考えたほうがいいような」

「生地は厚めね。露出も、第一印象ほど多くはないかしら」


 さすが、露出に慣れているお姉さま方は頭ごなしに否定せず興味津々。


「ねえ、アヴィナ。着て見せてくれないかしら?」

「もちろんです、お姉さま」


 白い生地に翡翠色の糸で花模様をあしらった縦長のドレス。

 主流であるふわりとしたスカートではなくストレートで、大きくスリットが入っている。

 太腿を見せるデザインの『チャイナドレス』に娼姫たちは息を呑んで、


「……似たような衣装は、冒険者の女魔法使いが着ていたわね」

「そうなのですか、ヴィオレお姉さま?」

「ええ。動きやすいようにスリットを入れたり、スカートの広がりを抑えることはあるの。もちろん、普段はコートを羽織るでしょうけれど」


 『瑠璃宮』一番の識者がなるほどと呟けば、騎士を目指していたという娼姫ロザリーも頷いた。


「運動する時も動きやすそうじゃない。……ふふっ。ベッドの上でも、ね?」


 他の姉が「仕事で着るの?」と尋ねてきたので「いいえ」と首を振る。


「普段着にしようと思います。これを着て街を歩いてみたいな、と」

「これを街で……」

「毒じゃないかしら。それもかなりの」

「わたしも娼婦なのですから、構わないではありませんか」


 若干頬を膨らませながら抗議したところで「ここの宣伝も期待できそうね」と声がかかった。

 歩いてきた女主人が笑みと共に「アヴィナ。あなた、噂になっているわ」と囁いてくる。


「瑠璃宮にとびきりの新人が入ったって、平民の間でね。太い商人や稼いでる冒険者の客が増えるかも」

「少しはお役に立てますでしょうか」

「ええ。あなたとその衣装の噂が広まれば、男爵家としても鼻が高いでしょう」


 単価の高い注文が入り、評判にもなるのだから実際悪い話じゃない。

 同時に『幼くも美しい娼姫』と、男爵家の女たちが噂を聞くことになるかもしれないが。


 ──それで悔しい思いをしてもらう程度なら、仕返しをしても許されるだろう?




    ◇    ◇    ◇




「随分注目されますね、わたし」

「それはそうでしょう。そんな格好をしていれば」


 ある日の休日。見習いに日傘を持たせて、ロザリーと外出。

 街の大通りをチャイナドレスで歩くと無数の視線が集まってきた。

 俺も靴下は穿いているしショーツも纏ってはいるのだが、それでも露出度は高く。

 男からも女からも、


「うお!? って、ああ、あれ娼婦か」

「娼姫だ。ほら、紋章が『瑠璃宮』の」

「なにあれ。肌出すぎじゃない」


 男からは戸惑いと好奇が多く、女からは反感と嫉妬が多い。

 じろじろと見られ、ひそひそと囁かれるのが、


「……快感です」

「アヴィナは本当に娼婦向きの性格ね」


 楽しげに笑う姉も俺に合わせて露出度高めのドレスを纏っている。

 視線の何割かはそれが原因だろう。

 赤面する男女。

 俺の太腿やロザリーの胸に視線が集中する様が面白くも心地いい。


 ──まさに、こういうのがしたかった!


 露出低めの世界で良かったのかもしれない。

 最初からえっちな衣装で溢れていては周囲から戸惑ってもらえない。

 常識から外れた服装を美しさでねじ伏せる快感。


 元の性癖もあるが、露出狂も併発しているかもしれない。


「ヴェールをつけてきてよかった。これで顔を晒していたらどうなっていたことか」

「ふふっ。少し残念ですけれど、仰る通りですね」


 薄絹一枚隔てているおかげで俺たちの顔はなんとなくしか見えない。


『立っていられなくなる男が出たら困るでしょう?』


 姉の先見性はさすがである。


「それで、今日はどこに行くのかしら?」

「ええと、見せびらかすのが目的でしたので特に用事はないのですけれど──」


 ロザリーが一緒なら武器でも見に行ってみようか。

 真剣はまだ早いにしてもナイフくらい持っておいてもいいだろう。

 乗馬も習っていたそうなので馬具について教えてもらうとか、


「な、なあ、姉ちゃんたちいくらだ?」


 俺たちは揃って足を止め、呼び止めてきた声の主を見る。


「そうね、金貨100枚持ってきなさい」

「ひゃ、100なんて払えるわけないだろうが……!」


 ふん、と、軽くあしらったロザリーが「行きましょう」と俺を促す。

 特に裕福そうには見えない職人風の男はその場に取り残された。

 顔が赤かったので酒でも飲んでいたのだろう。


「たまにいるのよね、ああいうの。だから一人で出ちゃだめよ、アヴィナ」

「はい、お姉さま──お姉さま、どうされました?」

「今度は神殿関係者よ。次から次に出くわす日ね」


 つられて視線を前に向ければ、向こうから三人の人物が歩いてくるのが見えた。

 白い衣を纏った女性が、二人の神官を引き連れている。


 ──神殿。


 名前の通り、神を奉じる者たちで構成された組織だ。

 城や貴族へも影響力を持っており、その教えは人々の生活にも根付いている。

 『不完全な人の肉体は服を纏って隠すべきもの』。

 俺流のお洒落を邪魔する風習も彼ら、彼女らの説いているものだ。


 肌を露わにする俺たち娼婦は相性が悪い。

 隠れようにも今からでは察知されるか、と思ったところで、気づいた。


「あの方は──」

「知っているの、アヴィナ?」

「ええ、先方は憶えていらっしゃらないでしょうけれど」


 スラムへ『施し』に訪れ、俺のような浮浪児にも優しくしてくれた巫女。

 どんなご馳走よりも美味しく感じたあの日の一杯を思い出して、胸が震えた。


 姉には悪いことをしてしまうが──。


 俺は巫女に道を譲るとその場に跪いた。

 チャイナドレスが汚れてしまうがこの際気にしない。

 下腹に両手を重ね、目を瞑る祈りの作法でせめてもの感謝の気持ちを表した。

 姉は、なにも言わない。

 ざわめきが聞こえる中、俺は巫女が通り過ぎるのを静かに待って。


 気配が、遠ざからない。


 不思議に思って目を開けると、白い衣の裾がすぐ近くにあった。


「どうか、顔を上げてくださいませ」


 求めに応じると、まっすぐに目が合う。


 サファイアのような青い瞳。


 腰を折った彼女が、俺のヴェールに触れる。

 そっと持ち上げられると「ああ……っ!」感嘆の吐息がこぼれて。


「……なんと、美しいのでしょう!」


 あの時のことを覚えていてくれたのか、そう思っていた俺は予想外の反応に驚く。

 なんだその服装は恥ずかしくないのか、という方向性でもない。


「どうぞ、お立ちください」


 そう促されたかと思えば、代わりに巫女がその場に跪く。

 おいおい、いいのかこれ、と神官二人を見れば──彼らもまた驚いたように硬直していた。

 男である彼らに関しては多少、えっちな方向性の興奮もありそうだが。


「心からの感謝を。あなた様はきっと、神の現身でございます」

「………っ」


 俺はただ、息を呑んだ。

 天敵のはずの聖職者に跪かれて『神の現身』と尊ばれる。

 いや、これはただの美貌チートなんです……と言っても、まあ、まず収まらないだろう。

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