退魔の象徴 アヴィナ -5-
領都まであと数時間というところで大きめの群れに出くわした。
咆哮と共に駆けてくる灰狼。
嘶き、飛翔する魔鷹。
速さに優れる二種の魔物は、何度交戦してもやはり脅威だ。
対人とは異なる戦術が要るせいで騎士団側はぎこちない戦いを強いられる。
が、こちらも幾度もの戦いで経験を積んできている。
敵の接近を素早く察知し隊列を整え、盾を構えた前衛が狼を妨害。
ペアを組んだもう一人がすかさず槍で攻撃して勢いを奪っていく。
騎士や宮廷魔術師の風魔法が広く空に散って飛行を妨害。
動きが鈍ったところを一斉に射て着実に撃ち落とす。
「『聖弾よ』」
俺は馬車の中から撃ち漏らしたキラーホークへ追尾する聖光を発射。
フラウは下降して来ようとする敵を跳躍して叩き斬り。
テオドールは収束した風刃を的確に当てて敵の数を減らしていく。
「慣れてしまえばこの程度、何匹いようが雑魚に過ぎんな!」
マッドウルフを炎で焼き払いながら笑うランベール。
戦意高揚には役立つだろうが……。
雑魚と言っても無傷で蹴散らすのはさすがに難しい。
RPGと違って怪我は単なる数値減少ではないのだ。
血を流すほうと癒やすほうの身にもなって欲しい。
「治療は戦いが終わらないと難しいのよね……」
死ななければ安いとはいえ疲労も溜まる。
しくじれば怪我する、という状況で敵をいなし続け、兵たちの動きも鈍っていく。
ちょっと無理してでも戦いを終わらせるべきか、と思い始めた頃──。
俺たちが向かっていた方向から鬨の声が響き渡った。
「! あれは、辺境伯領の騎士です!」
逆方向から合流してきた者たちが魔物を挟撃、一気に蹴散らして戦いを収束させた。
フラウやテオドールもほっとした様子で腕を下ろす。
「正直助かったわね。あのままなら犠牲者が出ていたかも」
敵の生き残りがいないのを確認してから、俺は馬車を降りた。
巫女や神官たちに指示を出して負傷者を治療していく。
俺自身も状態の悪い者を順に担当。
常に携帯している『神の石』の聖印と、奇跡への慣れ──経験値の蓄積? のおかげか、癒やせば癒やすほど治療の効率が上がっていくのを感じる。
「私たちもアヴィナ様のように癒やせたらいいのですが……」
羨ましそうに呟く巫女に「だったら」と笑って。
「あなたもこういう衣を身に着けるといいわ」
「わ、私にはそのような格好はとても無理です……!」
効率も実証済みの、れっきとした聖なる衣なのに。
……と、それはともかく。
治療を続けながら、俺は前のほうへと注意を向けた。
ランベールが進み出て、向こうの責任者と話をしている。
ちなみにテオドールは「俺はただの冒険者だが?」という顔(仮面)で俺の傍にいる。
「斥候の報告を受けて急行したのですが、そちらの部隊と先に鉢合わせてしまうとは。
テオドール殿下恩自ら騎士を率いてご出陣いただき、感謝の言葉もございません」
「いや、ちょうどいいところへ加勢に来てくれた。
お前も相変わらず元気そうで何よりだ」
「ははっ。殿下こそ、ますます剣の腕を上げられたようで」
顔見知りか。なかなかにイケメンの武人系男子という感じだが──。
「お兄様! 領都は、お父様はご無事なのですか!? 民への影響は……!?」
男同士の談笑に割り込んだのは、仮面にミニスカ姿の少女だ。
冒険者かなにかだと思ったのか、向こうの騎士は一瞬顔をしかめ──それから彼女の声に気づいたようで。
「まさか、フラウか!?」
こくりと頷いたフラウは仮面を外して素顔を晒した。
こちらの人員のうち、気づいていなかった者たちからも驚きの声が上がる。
驚いたと言えば『お兄様』が一番のようで、
「帰還禁止の命令が出ていたはずだ、どうして帰ってきた!?」
「いいえ、お兄様。私は帰ってきたのではありません。
アヴィナ・フェニリード公爵令嬢に雇われて護衛としてやってきたのです」
「公爵令嬢だと!? そんな者がどこに……っ」
仮面越しに目が合ったので、どうも、とばかりに会釈した。
手が離せないので挨拶は後回しである。
「……フェニリード公爵令嬢といえば、噂の『大聖女』だろう?
そのようなお方が何故お前なんかを」
「そう言ってやるな。あれはヴァルグリーフ辺境伯令嬢を無事かつ合法的に送り届けるために一肌脱いだのだ」
里帰りではなく戦闘要員として来たのなら建前上は約束を破っていない。
実の兄がめちゃくちゃ「そんな屁理屈が通じるか!」という顔をしているが。
彼は深い深いため息をつくと妹を見て、
「帰ってきてしまったものは仕方ない。自分の目で父上の無事を確かめろ」
「いえ、その。来ておいてなんですが、お父様から烈火のごとく怒られそうなのですが」
「自業自得だろう!?」
それはそうだな、と、連れてきた俺でさえ思った。
◇ ◇ ◇
辺境伯領の領都は広い面積を誇る立派な街だった。
規模だけで言えば都に匹敵するかもしれない。
広い理由は内部に畑や牧場を抱えているせいだ。
魔物の襲撃が多い地域では壁で外敵から身を守らなくてはいけない。
日光を遮らないため壁はやや低めの設計だが、代わりに街中にも見張り台がいくつも設置されて射手が待機している。
戦時にもある程度の食糧自給が可能と考えるとなかなか実用的なつくりである。
大きな練兵場や宿舎も備わっており、遠征隊は全員そちらに収容された。
もちろん、俺やランベールのような(自分で言うのもなんだが)賓客は辺境伯邸に招かれ──。
質実剛健な屋敷の門をくぐり、重厚な応接間にて面会を──。
「この馬鹿者が! 当主の意向を悉く裏切りおって!」
いきなり叱責が飛んだぞおい。
王族への挨拶より先とか不敬なんだが、それも頭にないくらいお怒りのご様子。
辺境伯は髪に白髪の混じった初老の男だった。
年齢を考えるとフラウはかなり後になって生まれた子か。
部外者としては「孫娘みたいで可愛いんだろうな」と思うものの。
辺境伯家当主だけあって鍛えているのが一目でわかる──「私とて、身体は衰えたが技の方はまだまだ」とか思っていそうな武闘派のおっさんからガチで怒鳴られたら普通のご令嬢は萎縮する。
「申し訳ありませんでした、お父様。ですが、私には私の考えがございます」
しかし、フラウ・ヴァルグリーフは決して普通のご令嬢ではなかった。
「お怒りであれば切り捨てていただいて構いません。
そうすれば私は念願だった『自由』を手にすることができます」
「フラウ、貴様……っ!!」
「……おいおい、親子喧嘩はよそでやってくれないか」
ランベール、ぼそっと呟いてないで大きな声で言ってやれ。
「切り捨てよ、と申すのであれば除名される覚悟があるのだろうな?」
「無論です。晴れて平民となった暁にはメイド、あるいは用心棒として雇用していただけるよう、フェニリード公爵令嬢に交渉いたしましょう」
って、そこで俺を引き合いに出されるのか!?
ともあれ辺境伯もそこでようやく他の人間の存在を思い出した様子。
仮面の怪しい男を連れた仮面の小娘を見てぎょっとした彼に、
「そうですね。両親との相談次第ですが……わたし個人としては、フェニリード公爵家の養女としてお迎えできないか、とも考えております」
「まあ、そうなりましたら私はアヴィナ様と姉妹になりますね」
「ええ。長女から次女、次女から三女になるアルエットが拗ねてしまわないか心配ですけれど」
「お前達、それ以上辺境伯を刺激する気か? まあ、俺は面白いから構わんが」
止めろよ王子様──と。
「そんな事よりも辺境伯。まずは現状の確認だ。
貴殿は魔物の主、グリフォン型の魔物についてどこまで把握している?」
「っ!? 其方は……!?」
「ああ、こちらは我が叔父、王弟テオドール殿だ。お忍び故内密に頼む」
「お、王弟テオドール……!?」
第一王子に王弟、さらに都の大神殿のトップに押しかけられた辺境伯はわりと面白い顔になっていた。