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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第三章(仮)
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退魔の象徴 アヴィナ -3-

 街に立ち寄ったので、その街の神殿にも顔を出した。


 ここではある程度歳の行った男性神官が役に立つ。

 なにしろ俺は一見「仮面を着けた怪しい貴族令嬢」なので神殿関係者に見えづらい。

 おまけに服装もえっちだし。


 というわけで男性神官に前に立ってもらい、俺の立場を説明してもらう。

 『大聖女』就任に関しては連絡が行っていたので、その点については説明不要で。


「私はそもそも新たな地位の創設に納得しておりません。

 聖女の位は貴族に金を積まれて明け渡すものではないと──」

「アヴィナ様の『大聖女』就任は大神殿の責任者お二方の総意です。

 それでも納得いただかけないというのであれば……」


 反対する者たちの前で仮面を外して『神の現身』と呼ばれた理由を突き付けると。


「なんということだ。まるで神がこの世に顕現なされたようではないか……!」


 ちょろい。

 もとい、さすが聖職者相手だとこの容姿が最大限に役立つ。

 ある程度納得してもらえたところで帳簿を持ってきてもらって内容を確認。


「治療した人数の記載はありますが、内訳の記載が不十分ですね」

「こちらは人数と内訳から計算される額と、実際の徴収額に差異があります」

「過去の収支を確認していくと、出どころ不明の収益が相当額あるように見受けられるのですが」

「そ、それは……! 大神殿の神殿長様の掲げる『命はみな平等』の精神に則り……」


 金を持っていなくても助けを求めていれば助けてきた。

 すると収益が減るので徐々に神殿の経営が立ち行かなくなってくる。

 そこで、金持ちから賄賂を受け取って優先的に治療を行い、それを運営費に充当していた。

 もちろん報告はできないので帳簿は誤魔化すことに。


「見事に悪循環してるじゃない……!」


 こんなケースがいくつもの街で散見された。


「身分・内容に応じた報酬をきちんと受け取ってください。

 でなければ経営に影響が出て、助けられる命を助けられなくなります」

「では、金のない者は見捨てろと言うのですか……!?」


 もちろん、助けを求める者全員を助けられれば一番いいが。


「お金を払った者と払わなかった者がいれば、払った者は不満を持つかもしれません。

 では、すべての者から報酬を受け取らなければ?

 神官や巫女の食べるものがなくなり、着る服を買うこともできなくなるでしょう。

 それでもすべての者を救わなくてはなりません。

 救われた者と救われなかった者がいては不公平が出てしまいますから」


 日本でも病院の経営問題が取り上げられたりしていたが、人助けも無償ではできないのだ。


「正しさという観点で言えば報酬も身分ごとに異なった額ではなく、一律にするべきなのでしょう。

 ですが、全てが理想通りに行くわけではありません」


 金持ちから多く取っている現状が、理想と現実をギリギリすりあわせたラインなのだろう。

 貧しい者を救うためにはどこかからその分の収入を得なくてはならない。


「大神殿でもこの国の神殿経営について改革を進めていますが、すぐに大きく変わるわけではありません。

 みなの努力で少しずつでも正しくしかないのです」


 この世界だと読み書き計算ができない庶民も少なくない。

 慣れない帳簿つけをなんとかこなしている点もずさんな経営に影響しているかもしれない。


「多くの民に最低限の教育を行える環境があれば良いかもしれませんね」


 食事の席で一緒になることが多いので、ランベールにそう進言してみた。

 第一王子は出先ながらできるかぎり良質な品を口にしつつ、


「だが、知識などあっても腹は膨れないだろう?」

「読み書き計算ができればできる仕事が増えますよ」

「ふむ。民衆は愚かなくらいのほうが操りやすいと思うのだがな」

「それも一つの考え方ですね」


 知恵をつけた民衆が革命を起こした例とか前世にいっぱいあるし。


「ひとまず、神殿にもっと多くの寄進があれば改善されるのですが」

「わかったわかった。俺からも援助をしてやる。その代わり、叔父上にも頼めよ?」

「もちろん、既にお願いをしております」


 敢えて大した予算を受け取っていないそうなので限度があるものの、多少の資金を融通するとテオドールは約束してくれた。

 なんだかんだ、俺やセレスティナが神殿に入った効果はだいぶ出ているのである。




    ◇    ◇    ◇




 道中ではルート上にある砦にも立ち寄った。

 砦は兵力の常備という目的以外に周辺地域の巡回、魔物討伐も行っている。

 負傷者もいたので、俺を中心に遠征隊の聖職者で治療を引き受けた。


「やはり、辺境伯領以外の地域でも魔物が増えているようだな」

「はっ。夏は魔物が増える季節ですので」


 これもおそらくイメージの問題。

 暑さという目に見えない脅威が人々の負の感情をかき立てているのだ。

 じゃあ冬は? という話だが、あっちは寒い。

 低温は動物の活動も妨げるため、魔物が出歩くイメージも持ちづらいのだろう。

 なので冬はむしろ数的には減少傾向。


「ですが、今年は特に多いように思います」

「その感想は聞き飽きた。毎年言っているだろう、お前達」


 実際増えているので仕方ないのだが、若いランベールにしてみれば「なんとかしろ」と言いたいだろう。


「どうだ、アヴィナ・フェニリード。軍備増強が必要だとは思わないか?」

「神殿を援助して、魔物を討伐できる巫女を増やすのはいかがでしょう」

「腕の良い巫女は一朝一夕では増えないだろう」

「腕の立つ騎士も一朝一夕では増えないかと」


 ぐぬぬ、と顔を見合わせる俺たち。


「……しかし、あれだな。お前、この遠征で誰よりも忙しいんじゃないか?」


 うん、まあ、行く先々でなにかさせられているような気はする。




    ◇    ◇    ◇




 夏は魔物が増える季節とはいえ、辺境伯領は特に厳しいらしい。

 領に最も近い砦ではかなり負傷者が目立っていた。

 請われて常駐している神官だけでは手が足りていないのだ。


 瘴気──すなわち、邪悪な魔力に侵されている者もいる。


 俺たちは手分けして症状の重い者から治療していった。


「なかなか酷いな。民にも被害が出ているのか?」

「街以上の規模であれば壁がありますし、射手を配置しておりますので大した事はありません。

 村に多い木柵程度では突破されてしまうこともあるようですし……」


 砦の責任者はそこで言葉を切ると、ためを作って。


「……今回は特に、空飛ぶ魔物が多いのです」


 飛べる魔物というのはまた、厄介である。

 何故か? それは当然『人は飛べないから』だ。


 手の届かない高さに行かれては剣が届かない。

 弓矢のような飛び道具か、あるいは魔法でないと対処が難しい。


「ヴァルグリーフ辺境伯領は武の領地であると同時に、牧畜にも力を入れている領地です」


 と、フラウ。

 領内には平地が多く、草花の生い茂っている場所も多い。

 牛や馬を育てるにはもってこいの環境なのだが、


「領のシンボルはグリフォンだ。土地柄か、出現する魔物は有翼か四足歩行が殆どらしい」


 これはテオドール。

 シンボルというのはうちのフェニリードが不死鳥の紋章を使っているようなものだが。

 そんなところまでイメージに影響するというのも面倒な話である。


 そんなふうに情報を集め、警戒を強めながら辺境伯領入りした。


 直後から増加する魔物との遭遇回数。

 主に襲撃してきた敵はマッドウルフ──灰色の毛と赤い瞳を持つ狼の魔物と、キラーホーク──人や家畜の肉を狙う鷹の魔物だった。

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