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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第三章(仮)
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退魔の象徴 アヴィナ -2-

「アヴィナ様、ご、ゴブリンはもう来るのでしょうか……!?」

「落ち着いて。あなたたちは護衛の陰に隠れていればいいわ」


 街から少し離れた平地に俺たち本隊──というか囮部隊は陣取っていた。

 風上。

 これだけ若い女が固まっていれば否応なく気づく。


 追い立て役の部隊が動いている間は暇なので、戦場経験の少ない巫女たちを宥めていたが。

 俺だって、戦いの場に赴くのは初めてだ。

 血のにおいは治療で何度も感じている。

 負傷の集まった死のにおいも感じたことはあるが、生の戦いというのはそれとも違う。


「大丈夫。作戦はちゃんと上手くいくわ」


 最初の敵が訪れたのは、作戦開始から一時間ほどが過ぎた頃だった。

 なかなか来ない敵に緊張が緩んできていた俺たちにテオドールの呟きが届いた。


「来るぞ」


 彼はつるの部分がない眼鏡のようなものを手にしている。

 遠見の魔道具だというそれにはもうゴブリンが映っているのだろう。


「三匹だ。アヴィナ公爵令嬢、それからファル。手筈通りに行けるな?」

「は、はい」

「もちろんです」


 なんとか答えた俺と、しっかりと頷くフラウ。


 ──敵が来る。


 スポーツの試合でボールが飛んでくるのとはわけが違う。

 命さえも刈り取る暴力。

 身を守るにはこちらも暴力を振るって敵を排除しなければならない。

 心構えがなければ簡単にできることじゃない。


 かつて、娼姫としての姉ロザリーが「剣を振る覚悟があるだけで素質がある」と評した意味がよくわかる。


「……あれが」


 濁った緑色の肌をした小鬼。

 どこか焦るようにこちらへ移動してくる彼らは俺たちに気づくとびくりと身を震わせ。


 ──それから、確かににやりと笑った。


 魔物の発生原因は淀んだ魔力だが、種類の決定には人のイメージが関わっているとされる。

 ゴブリンはおそらく一般民衆の描く脅威の具現。

 女を好み、弱者をいたぶり、家畜を食い荒らす。

 人里近いところに現れやすいのもそうしたことが理由だ。


 彼らは手にした得物、さび付いた剣や斧を振りかざしながら向かってくる。

 視線の先にいるのは特に美味しそうな娘、すなわち、俺とフラウ。

 どうにかしなければ、いろんな意味での破滅が待っている。


 本来ならば守られているべき立場だが。

 幸い接敵までにはしばらく時間がある。

 敵がどうにかなる数であるうちに試せることは試しておくべきだ。


 俺は左手で聖印を握ると、右の手のひらを魔物たちへと向けた。


「神よ、悪しき者を討ち滅ぼす聖なる光を──どうか」


 直後、清らかな光が手のひらからほとばしった。

 先頭を走っていたゴブリンを包み込み──「ぎゃっ!?」悲鳴だけを残して包み込む。

 小鬼の身体が黒いもやのようなものに変わるとそれと打ち消し合うようにして溶けていく。


「すごい……今のも、奇跡なのですか!?」

「はい。浄化の奇跡を強く、遠くへ飛ばすようにしたものです」


 巫女の問いにそう答える俺。


 これは、聖職者が治療だけでなく応戦を行えるようにするための実験だ。

 来たる戦いに備えて俺に何ができるか、移動中に話し合った結果でもある。


『試したことはありませんが、奇跡を攻撃に用いることもできると思うのです』

『できるだろう。例えば、浄化の光を魔物にぶつければ真の意味で消すことができる』


 伊達に引きこもっているわけではないというか。

 伊達に研究馬鹿ではないというか。

 王弟テオドールは驚くほど知識豊富なようで、事もなげに答えて俺の考えを肯定してくれた。


「上出来だ。では、次はより攻撃に特化してみろ」

「かしこまりました」


 残った二体はだいぶ近づいてきている。

 今度はその片方に手のひらを向けて。


「『聖光よ!』」


 さっきとは異なり、手から広がっていくのではなく──収束した光がゴブリンの頭を直撃して、吹き飛ばす。

 意思決定の器官を失った魔物は程なく倒れて黒いもやへと変わり、拡散。


「消耗はどうだ?」

「半分程度の疲労で放てるように思います。その代わり、全体を浄化できていませんが……」

「十分だ。それでも、澱みの消費効率は剣や魔法よりも遥かに良い」


 俺がテオドールの問いに答えている間に、最後のゴブリンとフラウが相対した。

 こうして見ると決して、フラウ・ヴァルグリーフも雄々しい存在ではない。

 成人すらしていない令嬢なのだから当然だが……フラウは怯むことも震えることもなく、ミニスカートを翻して剣を振るった。


「はっ──!」


 テオドールの持ってきた一級品の刃が濁った緑色の胴体を斜めに断ちきり。

 死体に変わった魔物は地面へと落ちた。

 その身体は少しずつもやとなって拡散していく。


 辺境伯令嬢は、ふう、と息を吐くと、剣を振ってこびりついた血を落とそうとする。

 が、その血や肉も拡散して消えていったために特に何も起こらない。


「……なるほど。刃が汚れずに済むのは手入れが楽で良いですね」


 あっさりと打ち取られた三匹の魔物に、護衛たちからおお、と声が上がった。


「奇妙な装いから疑っていたが、さすがは公爵令嬢の雇った護衛だ!」

「『大聖女』アヴィナ様も素晴らしい! 奇跡とは魔物を滅ぼすのにも用いられるのか!」


 褒めてもらえるのは嬉しいが、俺はまだそれどころではなかった。

 敵の血が消えて空気は綺麗なままではあるが──やらなければやられていた、という実感がなおも身体を緊張させている。

 一撃で敵を倒せても、もし仕損じれば向こうに攻撃を許してしまう。

 攻撃されれば当然、痛い。

 当たりどころが悪ければ──。


「良くやった」


 ぽん、と、背を軽く叩いた男の手が俺の思考を中断させた。

 フードと仮面のせいでテオドールの表情は見えないが。

 俺にはなぜか彼が笑っているように見えた。


「令嬢に無理をさせたのだ。残りは我々で片付けるとしよう」

「っ」


 はっとした。そうだ、もちろんゴブリンはあれで終わりではない。

 言っている間にも遠くに新たな敵影が見え始めている。

 俺はこくりと頷いて、


「では、わたしは巫女たちと待機を。負傷者がこちらへ合流するかもしれません」

「ああ」


 そして、そこからはテオドールやランベール、護衛としてついた騎士や兵士たちの出番だった。

 王族二人の剣捌きは見事の一言、近衛騎士にも劣らないのではないだろうか。

 もちろん、我が家の私兵たちもここぞとばかりに活躍してくれた。


 ちなみにメアリィとエレナも貴族学園を卒業しているわけで。

 有事には賊へ応戦することを求められる彼女らもまた、火球と風刃をもって一匹ずつゴブリンを葬った。


 結局、大きな怪我を負ったメンバーはなし。

 その程度の怪我ならば俺と他の聖職者たちですぐに治療できて。


「討伐したゴブリンは全部で五十二。まだ残っているかもしれんが、大した数ではなかろう」

「ありがとうございます……! これで商品や旅人も安心して移動できることでしょう」


 街の長は謝礼の代わりとして、戦利品をそのまま俺たちに譲ってくれた。


「まあ、ゴブリンから得られる品物などたかが知れているがな」


 強引に同じテーブルに着かせたテオドールと酒を酌み交わしながら笑うランベール。


「人型の魔物は基本的に身体部位が素材になりませんものね」


 学園で習った知識を元に呟くと、テオドールが「例外はあるがな」と答える。


「ゴブリンはスケルトンやゾンビよりはましだ。金品を持ち歩く性質がある」


 魔物の死体から素材をはぎ取る際は魔力が拡散しきる前にその部位を切り取る。

 そうすればそれ以上は消滅することなく残るのだ。

 また、発生した時から持っていた武器や防具以外のもの──襲った相手から奪った貨幣や宝石などはそのまま落とす。

 簡易的な鑑定の結果、特筆して貴重な品はなかったため、戦利品は兵や騎士たちで山分けされることになった。


「ランベール殿下は案外気前がいいのですね」

「なに。俺の懐が痛むことなく士気を上げられるなら御の字という話だ」

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