公爵家の長女アヴィナ -6-
「数日の間、お世話になります。どうぞよろしくお願いいたします、フラムヴェイル公爵令息様」
「ああ。当家へようこそ、フラウ・ヴァルグリーフ伯爵令嬢」
出発までの数日間、フェニリード公爵家にフラウが宿泊することになった。
打ち合わせやら何やらその方がやりやすいからだ。
夏季休暇が迫った時期は大した授業もないので最悪サボっても良い。
メイド一人を伴って訪れたフラウはさっぱりとしたドレス姿。
俺と共に迎えた義兄はさすが、慣れた様子で受け入れてくれる。
「お義兄様はフラウさまと交流が?」
「面識はあるが、交流と言えるほど親しくはないな」
「そうですね。殿下やセレスティナ様経由でお話させていただいたことが何度かある程度です」
ふわりと微笑みつつも瞳の奥に肉食獣の気配を漂わせるフラウ。
「よろしければこの機会に『お相手』いただければと」
「ああ、話し相手なら喜んで」
「いえ、お話もよろしいのですが──ぜひ剣のほうを」
そっちかよ!
「フラウさま、せっかくの機会ですのに」
「あら、アヴィナ様。せっかくの機会だからこそ、ではありませんか」
翠緑の瞳をきらめかせ、にっこり。
「私、殿方と剣を交えることをほぼ禁止されておりまして。
腕を磨くためにもお相手を求めているのです」
うん、まあ、うちの人間と剣の稽古をしてもらうのも予定の一つだったんだが。
思った以上に剣を握りたくて仕方なかったらしい。
ちなみにここで言う剣云々はえっちなことの比喩表現ではない。
令嬢らしい仕草で令嬢らしからぬことを言うフラウを見て、フラムヴェイルは。
「……うん。ヴァルグリーフ辺境伯令嬢がアヴィナと仲を深めた理由がよくわかったよ」
変人同士と言いたいんだろうが、だいぶベクトルが違うんだけどな?
◇ ◇ ◇
で、義兄はさっそく剣の稽古に付き合わされていた。
食事時に戻ってきた二人は対照的な表情。
ぐったりした義兄フランと、つやつやしたフラウ。
ほんとに剣の稽古をしていたんだよな?
って、もちろん使用人の目があったし、木剣の音を俺も聞いているが。
「ああ、さすが殿方。フラムヴェイル様には敵いません」
「いや、フラウ嬢は筋がいい。手合わせの最中にも言ったが、真剣勝負なら私よりも強いだろう」
「まあ、お上手ですこと」
運動後ということもあって、フラウは出された食事をもりもり食べた。
逆に義兄はそれほど食が進まない様子。
剣よりも絵のほうが好きな性格、荒事はあまり得意じゃないのだ。
なんでもありなら実際、フラウのほうが強いかもしれない。
「辺境伯家の娘としては当然の嗜みですけれど、私は剣が好きなのです」
「フラウさまは男装をしてもお似合いになりそうですよね」
「ええ、動きやすい服装は私としても望むところです」
男のフリをしてソロで冒険者、とか彼女ならやりかねない。
「異性装に抵抗がないのでしたら……逆に殿方の女装はどう思われますか?」
「なっ!?」
せっかくなので尋ねてみると、フランが小さく悲鳴を上げた。
別に誰の趣味がどうこうとは言っていないだろうに。
これにフラウは俺をジト目で見て、
「アヴィナ様は殿方に女性の装いを強制するご趣味もおありなのですか?」
ほら、俺が言っても特に不審には思われない。
「ないとは申しませんが、基本的に本人の意思を尊重するつもりはあります」
後ろでメアリィが「尊重していらしたかしら?」とばかりに多少眉をひそめたが、俺には見えなかった。
くすり、フラウは笑みをこぼして、
「お似合いになるという前提にはなりますけれど、抵抗はございません。
私自身が男装したうえで並んでみるのも良いかもしれませんね」
お義兄さま、彼女はとんでもない優良物件なのでは?
「……それにしても、フラムヴェイル様も大変ですね」
「え?」
「え?」
「アヴィナ様から『女装が似合う』とでも言われておいでなのでしょう?
心中、お察しいたします」
「ええ、お心遣い感謝いたします」
そう来るか。
確かに似たようなことは言ったが……フランも「興味がなくもない」とか言ってたからな!?
何故か俺が悪いみたいな感じで話が流されてしまった。
が、なんだかんだ仲が少し縮まったような気がする二人だった。
◇ ◇ ◇
出発前日の昼過ぎにテオドールがやってきた。
「アヴィナ様。フードに仮面の怪しい冒険者が面会を求めております。
アヴィナ様に雇われて来たと申しておりますが……」
「わたしが直に出迎えるわ。そのまま待ってもらってちょうだい」
「かしこまりました。……しかし、念には念を入れさせていただきたく」
護衛をがっつりつけられたうえで出迎えると──不審者がいた。
長身に黒いコート姿、目深に被ったフード。
奥から覗くのは顔のほぼすべてを隠した仮面。
どうやら剣も携えており、他に暗器やらなにやら隠していてもおかしくない。
俺は思わず数メートルの距離で立ち止まった。
こいつが王弟テオドールだってことはあんまり広めたくないんだよな……。
そのうえで本人確認をするには──。
『神よ。かの者の言葉の真偽を我らにお教えください』
俺は嘘発見の奇跡を(またしても)アドリブででっち上げた。
「答えなさい。あなたはわたしの旅に同行すると約束した者かしら?」
「ああ。俺はアヴィナ・フェニリードの旅に同行すると約束した」
すると彼の身体がぴかぴか光る。
「じゃあ、なにか嘘を言ってみてくれるかしら」
「ふむ。……俺は女だ」
今度は光が消えて黒いもやのようなものが数秒間広がった。
「どうやら本物のようね。あなたのことはなんて呼べばいいかしら?」
「テオでいい。だいたいそう名乗っている」
「そう。それじゃあテオ、装備をあらためさせてもらっても?」
「構わないが、不用意に扱えば結果は保証しない」
物騒だなおい。
「では、私たちが調べさせていただきます」
進み出たのはエレナとメアリィ。
念入りな調査の結果「大変物騒ですが、ひとまず問題ありません」とのこと。
これに護衛たちはだいぶほっとしていた。
「それにしても、貴様。我々にも顔を見せられないというのか?」
「ああ、彼の顔を見ると後悔するわよ」
「ひっ……」
仮面令嬢を見慣れているうちの兵でも、今のを「ひどい顔だよ?」と受け取ったか。
今の言い方で「男でも惚れる超絶美形」だとは思わないか。
「部屋は用意してあるけれど、客間で構わないかしら」
「ああ。……それよりも渡したいものがある。お前の部屋に案内しろ」
「嫁入り前のご令嬢を殿方と二人きりにするわけにはまいりません」
中身を知ってるエレナが建前上そう反論すれば「なら、同行すればいいだろう」とあっさりな返答。
俺の部屋に案内されたテオドールは室内をしばらく見渡すと、無造作に仮面を外して。
俺に勝るとも劣らないと思える美貌が露わになる。
「この手の手続きも思ったより面倒だな」
「仕方ありません。……それよりも、わたしに贈り物をくださるのですか?」
「ああ」
色んな意味でどきどきしながら、近づいてくる王弟を待ち受けて。
「この腕輪と、この指輪、それからこの首飾りと──」
「……アヴィナ様に、装飾品を」
「こんなにたくさん……!」
思ったより普通というか、エレナたちが驚くほどストレートな贈り物で。
「それぞれ別の防御効果がある。説明するから念のために頭に入れておけ」
「ええ、わかっておりました。これらにはめ込まれた石は魔石ですものね」
似たような魔道具は俺も普段から身に着けているが、要は効果がちゃんとあるお守りだ。
衝撃防御、斬撃・刺突防御、毒防御などなど。
打算まみれの婚約関係(仮)で贈り物とか他に考えられないとはいえ、
「高価な品には違いないでしょう? 本当にいただいてよろしいのですか?」
「戦地に赴くのだからこれくらいの備えは当然だ」
ふっと笑って「婚約者に怪我でもされてはたまらないからな」と囁くテオドールは思った以上に決まっていて。
ここに他の人間が誰もいなくて本当に良かったと、俺は心から思った。