公爵家の長女アヴィナ -5-
「ランベール殿下と交渉し、騎士団への同行を許可していただきました」
フラウを寮室へと招いた俺はそう彼女へ伝えた。
フラウは目を丸くし、両手を口元へと添える。
「ありがとうございます。アヴィナ様、このご恩は一生忘れません」
「大袈裟です。動転していなければフラウさまご自身でも取れた選択でしょう」
それにしても、気になるのは辺境伯令嬢の後ろに控えたメイド。
「あなたとしては不服でしょうけれど、許してくれるかしら」
「はい。……お嬢様の暴走は私共では止めることができません。
であればいっそ、安全な形で領地へ向かわれるのが良いでしょう」
彼女らにとっても辺境伯領は慣れ親しんだ土地のはず。
気になる気持ちはおそらく同じだ。
「我々もお嬢様と共に同行してもよろしいでしょうか」
「それは遠慮してちょうだい。建前として、フラウさまはわたしが雇い入れた協力者ということにするから」
「協力者、ですか?」
「ええ」
同行者の追加を希望された第一王子は「令嬢を連れていく余裕はないぞ」と俺に言った。
『わたしも公爵令嬢なのですが』
『お前は大聖女として騎士団に同行するのだ。
名目上は神殿関係者ということになる』
『では、名目が令嬢でなければ良いということですね』
というわけで、
「フラウさまには巫女、あるいは冒険者という建前で同行していただきます」
「かしこまりました」
ゴネられるのも覚悟していたが、二つ返事でOKだった。
「であれば今のうちに聖印を調達しておきましょう」
「よろしいのですか?」
「今の私は保守派ですし、自分の身の周りのことくらい自分でできます」
野営に連れて行ってもらったこともあるのだと微笑んで告げるフラウ。
本当に、彼女は令嬢としては規格外だ。
俺はくすりと笑うと、
「一応、護衛で雇った冒険者ということにしておきましょうか。
神殿の者と仲良くなるために聖印も役に立つと思います」
「では、剣も持っていかなくてはなりませんね」
フラウ嬢、むしろなんか楽しくなってきてないか……?
◇ ◇ ◇
「遠征の件は了解しましたが……大聖女御自ら向かわれるとは」
「人員に余裕がない以上、少数精鋭が得策でしょう。
それに都の外の神殿についても一度見ておきたいの」
俺が騎士団に同行すると聞いた神官長はさすがに驚きを見せた。
が、意図を聞くと納得したように頷いてくれる。
「ついでに財政面の指導も行っていただけると助かります」
「さすがにその方面に関しては、得意な者をつけてくれるかしら」
「無論、実務の得意な神官を派遣しましょう」
奇跡は神官よりも巫女のほうが基本的に得意だ。
急な怪我人や病人に対応するためにも巫女を可能な限り大神殿に残し、神官多めで遠征に対応する。
奇跡の担い手が少ない点については俺が行くことでカバーだ。
「できればラニスを連れて行きたいのだけれど」
「あれは巫女の要です。同行させるのであればセレスティナ様などはいかがです?」
あんまり神殿に来ないからって員数外みたいに扱いやがって。
「あいにくだけれど、セレスティナさまはお留守番だそうよ。
殿下としてもあまり無理はさせたくないのですって」
「それは残念ですな」
俺プラス神官の他に若い巫女を二名ほど連れていくということで神官長と合意した。
◇ ◇ ◇
不安がないわけではないものの、これで一安心。
何気に俺としては初めての旅行である。
知らない景色が見られるということでテンションも上がる。
外に行くなら動きやすい服装のほうがいいだろう。
透け透け聖衣は大聖女の象徴として持って行くとして、旅装にちょうどいい衣装はあっただろうか。
仕立て屋に依頼してあるもの、納品されたものの中からよさげなものをピックアップしたりしていると、
「騎士団の魔物討伐に同行するとは、君は何を考えている」
まさかの、王弟テオドールからの呼び出しを受けた。
向こうから呼ぶなんて珍しいと思ったら、俺が到着するなりこれである。
「何と言われましても、友人の心の安定と民の平穏、神殿の地位向上ですが」
「ランベールが君との関係を公的に深め、取り込もうとして来るとは思わないのか」
え、そこ?
それはまあ、あの俺様王子からはアプローチもされているが。
「もしや殿下、妬いてくださっているのですか?」
「誰がそんな事を言った?」
氷点下の一瞥をいただいた。
顔がいいだけにキレるとめちゃくちゃ怖い。
「仮にも婚約を希望するのならば、私以外の男へ不用意に近づくなと言っている」
……やっぱり妬いてるんじゃないのか?
「ですが、さすがに殿下に『付いてきてください』ともお願いできませんし」
「いや、私も同行する」
おや?
「冒険者には伝手があると言っただろう」
「アヴィナ様。テオドール様は時折、身分を隠して狩りに出かけられているのですよ」
狩りとはこの場合は『魔物狩り』だ。
「お忍びとはいえとても目立つのでは?」
「仮面の上、フード付きのコートを纏っているので問題ない」
「……なるほど」
めちゃくちゃ怪しいが、身分を明かしたくない人間は冒険者に多い。
怪しいフード男くらいなら他にもそこそこいるだろう。
「大規模な討伐ならばちょうどいい。珍しい魔物にも出会えるかもしれないからな」
「お忍びでいらっしゃるのですよね? 騎士団に同行できるのですか?」
「君は私の他にも『護衛の冒険者』を雇っているのだろう?」
うん、フラウを無理やり連れていくんだからテオドールが増えても一緒だな。
むしろ護衛っぽさで言えば女より男のほうが断然上だ。
「わたし、フラウさまにも仮面をつけていただこうと思っているのですが」
「一人だけ仮面ならば目立つが、複数人ならば納得されるかもしれんな」
騎士団に同行する謎の仮面集団。……うん、めちゃくちゃ怪しい。
◇ ◇ ◇
俺の討伐参加は陛下および第一王子からの要請という形で両親にも伝わった。
彼らはこれを臣下として了承。
「騎士団が一緒ならば危険は少ないだろう。しっかり務めて来なさい」
「一人で行動しないこと。前線には可能な限りでないこと。いいですね?」
「はい、お養父さま、お養母さま」
こうしてさらに遠征準備が進められていたのだが、
「なんの文句があると言うの」
「あるに決まっているじゃない!」
「二人とも、なにを喧嘩しているの」
なんか急にエレナとメアリィが喧嘩を始めた。
見かねて声をかければ「それは」「だって」と、咎められてバツの悪そうな態度。
メアリィがエレナに突っかかるのはわりとよくある話だが。
今回はエレナのほうも割と不満そうに見えた。
「あなたたちに喧嘩されるとわたしが困るわ。原因はなにかしら?」
みゅ、みゅみゅみゅ!
俺のペット──というか屋敷での同居人にして友人であるうさぎのスノウも一緒に怒ってくれる。
問われた二人は顔を見合わせて、
「メアリィが『遠征には私が行くからエレナは残ったらどう?』と言うものですから」
「だって、エレナが行ってもアヴィナ様の洗顔はお手伝いできないじゃない」
「言ったでしょう。私ももう、アヴィナ様の素顔をお見せいただいたと」
どこか「ふふん」と言った様子でエレナが胸を張るとメアリィがむっとして、
「私だけの特権だったのに!」
「……あなたたち、そんなくだらないことで喧嘩しないでくれるかしら?」
「くだらないとはなんですか!?」
二人同時に怒られたが、遠征への同行に関しては「二人とも連れて行く」ということで落ち着いた。