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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第三章(仮)
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婚活令嬢 アヴィナ・フェニリード -4-

「この件について、国王陛下は把握していらっしゃるのでしょうか」


 塔の最上階にて。

 若い執事の淹れてくれた紅茶に口をつけてから、俺は尋ねた。

 美貌の王弟は今日もまた書類やら魔道具やらに囲まれて忙しそうである。

 ちなみに仮面は今日も外している。


 そして今回のお付きはメアリィ。

 テオドールの美貌を初めて目にした彼女は目を丸くして、


「国一番の美形と謳われるのも頷ける美しさですね」


 頬を染めることもなく、真顔で呟いた。


「……それだけ?」

「あら、十分驚いておりますわ。ですが、アヴィナ様のお美しさに比べれば」


 こほん。


 無理やりメイドを黙らせた俺は「誰かに心酔している者には美貌が効きづらいのか」と心の中で感心した。

 別に魅了の力が働いているわけではないのだから効きに個人差があるのは当然だ。

 切羽詰まった時に「美しさ」を頼りにするのは避けたほうがいいな。


 と、話を戻して。

 俺の問いにテオドールはどうということはなさそうに、


「ある程度は耳に入れているだろう」

「では、テオドールさまほど詳しくはご存じないと?」

「私は冒険者との伝手も持っているからな」


 それだ。そこは俺も気になっていた。


「辺境伯領には騎士の一隊に加え、辺境伯の兵もいるはず。

 にもかかわらず、冒険者の情報のほうが正確かつ早いのですか?」

「大きな力というのはそれだけ動かすのが難しくなる」


 騎士や領主の兵はいざという時のための備えだ。

 巡回は行っているにしても、広い領内をひっきりなしに巡るのは難しい。

 練兵や休息も組み込まなくては有事の際に動けない。

 ある程度どっしり構えている「最高戦力」の代わりに動くのが冒険者たち、か。


「小さな魔物退治であれば冒険者が請け負うことが多い。

 ゆえに、彼らの元には魔物の出現情報が集まる」


 魔物討伐による報酬は冒険者の食い扶持の一つだ。

 加えて、魔物から得られる素材は物によって高値で売れる。

 ……ゾンビやスケルトンみたいに一文にもならない魔物もいるが。

 逆にドラゴンの牙や骨のように、超高級品として扱われるものもある。


 魔物の出現傾向は彼らにとっては重要事項。


「逆に辺境伯は大きめの情報以外、直接は入手できない。

 情報の精度と速度では冒険者たちに分がある、と」

「そうだ。そして、騎士や領主から報告を受ける国王陛下はさらに一手遅くなる」


 都の冒険者に噂が広がっているのなら、彼らに聞いたほうが早くて正確。


「もちろん、冒険者たちからの情報は雑多だ。

 総合して分析する能力がなければ無駄になるがな」

「陛下に進言なさらないので?」

「念のために文を送っておく。……ああ、そうだ」


 そこで初めて顔を上げたテオドールは、その濃紺の瞳で俺を見て。


「君との婚約希望について、陛下が受理なさったぞ」

「ということは、わたしたちは婚約者ということに?」

「まだだ。門前払いを受けなかっただけで、正式に認められたわけではない。

 承認には最大で……そうだな、半年かかるだろう」


 さすがに半年は長すぎると思うが。

 パワーバランスや政治情勢を見ながら動かないといけないのだから遅くなるのは仕方ない。

 それこそ辺境伯領で大規模な戦いでも起きればそっちが優先されそうだし。


「辺境伯領には城からも騎士が派遣されるだろう。

 今回の大量発生は領内だけで対応できない可能性が高い」


 戦争ではないが、戦いになる……のか。




    ◇    ◇    ◇




 予感を抱きながら生活を続けるうちに戦いの予兆が現実のものとして現れ始めた。


 冒険者たちからだけでなく、騎士団からも聖水等の大口依頼が来たり。

 都から徐々に冒険者の数が減り始めたり。

 塔で見かける宮廷魔術師たちが戦闘用の魔道具を準備しているのを見かけたり。


 もちろん、大部分の学園生にとっては「直接的な関りのない出来事」に過ぎないが。


「アヴィナ様は夏をどう過ごされるおつもりですか?」


 辺境伯令嬢であるフラウにとってはそう簡単ではないようだ。

 結局、俺の友人という形で間接的に「保守派令嬢」たちと交流を持つようになった彼女。

 孤立しないため積極的にお茶会等へ参加している。

 そんな中で、夏の話題が彼女の口から出たのは六月の終わりのことだった。


 貴族学園には前世の日本に似た夏季休暇がある。

 避暑の名目で七月の半ばから授業を休止し、子息令嬢たちに領地への帰還だったり縁談の進行、社交界への参加などを促すもの。

 当然、我が家でもそれに関する話題は出ているのだが。


「わたしは特に、遠出する予定はございません。

 両親と義妹はこの機会に一度、フェニリード領へ帰還するそうですが」


 俺は神殿でもやることがあるし、学園に残る生徒もそこそこいるので社交もできる。

 両親が揃って抜ける分、義兄には屋敷を守る役目が言い渡された。


「フラウさまはヴァルグリーフ辺境伯領へお戻りに?」

「はい、そのつもりです」


 翠緑の瞳に強い輝きを宿して頷くフラウ。

 すると、同席していた別の令嬢が首を傾げて。


「辺境伯からは帰還禁止の命が下ったと伺いましたが……」

「そうなのですか?」


 フラウは、見るからに嫌そうな顔をしながら「はい」と答えた。


「先の失態に対する罰と、領内の危険が高まりつつあることから『帰ってくるな』と手紙を受け取りました」


 じゃあ帰れないじゃん。


「ですが、私とて辺境伯領の女です。一人の兵として戦う覚悟ならあります!」


 真剣な表情だった。

 ……なるほど、彼女としては故郷を放ってはおけない。

 それと同時に、父親から戦力と見做されないことが不満なのだ。


 とはいえ一般的な令嬢がすることかと言えば答えはノー。

 友人たちから「アヴィナ様……」と視線を向けられた俺は頷いて、


「フラウ様。無策で帰還するのはあまりにも危険すぎます。

 使用人たちをも危険に晒すことになりますし──最悪、家から追放されるかもしれません」


 すると、令嬢はくすりと笑った。


「追放されたら冒険者として身を立てましょうか」


 この辺境伯令嬢、逞しすぎる。


「お義兄さまと縁づきたいというお話はどうするのですか。

 ひとまず、何らかの方法を考えましょう」

「それは……可能であれば、私も成功率の高い方法を選びたいですが」


 孤立無援に近い状態の彼女には選べる手段が多くない。


「せめて同行者を増やすべきです。

 神殿からも聖職者を派遣するでしょうからそこに紛れるとか、王都からまだ出発していない冒険者に協力を求めるとか」

「……なるほど、貴族令嬢ではなく冒険者を自称して帰還すれば」

「可能性です。可能性を模索するために少し猶予を取りましょう」


 とりあえず突き進もうとするフラウを俺はなんとかなだめ、自分と領地にとってより良い方法を模索すると約束させた。




    ◇    ◇    ◇




「辺境伯領への魔物討伐隊を俺に率いさせて欲しいと父上に進言してきた」


 第一王子ランベールが俺やルクレツィア、セレスティナに告げたのはそんなさ中のことで。

 学園の食堂でいきなりぶっこんで来た王子に、おそらく周囲の多くが「マジかこいつ」と思っただろう。


 が、腹違いの妹である王女はさすがの落ち着きぶりで、


「武勲を立てることで点数を稼ぐおつもりですのね」

「ああ、そうだ。武を掲げる俺がここで尻ごみするわけにはいかんしな」


 王子が率いるとなれば騎士や兵士の士気も高まる。

 我が儘なところは多々あるが──ランベール、まったくの考えなしではない。

 と、そこで俺はん? と考えて、


「では、セレスティナさまも同行なさるのでしょうか?」

「ちょっ、どうしてわたくしを戦地に送り出そうとなさるのですかっ!?」

「いえ、殿下と聖女が揃ってこの混乱を収めれば最高の美談となるかと」


 これにランベールはからからと笑って、


「どうせなら俺はお前を連れていきたいんだがな、アヴィナ・フェニリード」


 それじゃ戦力として見込んでるだけじゃないか……って。

 案外、いいかもしれないな、それ。


「ご用命とあらば応じる覚悟ではございますが、その際にお願いしたいことがございます」


 騎士団に同行するなら危険は最小限に抑えられるだろう。

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