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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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『瑠璃宮』の娼姫 アヴィナ -1-

 『瑠璃宮』の最年少娼姫アヴィナ、十歳。


 俺は本格的に少女として花開き始めていた。

 平坦だった身体は日に日に起伏と丸みを帯びていく。

 日々、花びら入りの風呂に浸かっている身体はほのかに甘い香りを放ち。


「月の光を閉じ込めたような銀髪に、夜明け前の空を映したような青い瞳」


 偶像のようだとため息をついた客さえいた。


「あなたは綺麗ね、アヴィナ」


 娼姫たちはことあるごとに俺にそう囁いてくれる。

 髪を梳き、頬を撫で、膝に乗せて可愛がってくれる。

 彼女たち自身、女主人から大事にされていて。


 『瑠璃宮』ではだいたい三日おきに休みがもらえる。


 研修期間中は休みなしだったが、代わりにスケジュールぎちぎちではなく自由時間があった。

 前いた娼館に比べると昼間から起きている娼姫も多く、彼女たちは手紙を書いたり本を読んだりチェスをしたりと自分磨きや顧客獲得に余念がない。


「お姉さま方はとても勤勉なのですね?」

「あら、不思議?」

「はい。以前お世話になっていた貴族家では、礼儀作法以外教わりませんでしたので」

「そう。女に知性は必要ない、そう考える家もあるものね」


 館内に共用書庫があるのに「給金の大半を本につぎ込んでいる」という娼姫は俺の言葉に頷いて、


「腕力で劣る女こそ知性で武装するべきだと私は思うわ。……もっとも、そんなふうだから『女のくせに』と宮廷を追われたのかもしれないけれど」

「ヴィオレ姉さまの博識さにはわたしも憧れます」


 ヴィオレは魔法にも長けており、娼館内の魔導具のメンテナンスをする姿も時折見られた。

 彼女の作業姿は美しく、指揮棒のように動く指と手をつい夢中で眺めてしまった。


「アヴィナは魔法に興味があるのかしら?」

「いざとなったら冒険者として身を立てられるように備えておきたいのです。いつなにが起こるかわかりませんから」

「なるほどね。……それなら、私が基礎を教えてあげる」

「本当ですか!?」

「ええ。私には、まったくの外界に飛び出す勇気はなかったもの」


 読み書きの勉強は男爵家でも進めていたので、研修期間中には不自由ないレベルに。

 文字が読めればヴィオレの蔵書を読んで魔法に関する理論も学べる。

 博識な娼姫は「字の勉強も兼ねて」と俺に写本を指示し、指導という名目でその知識を分けてくれた。


 並行して身体のほうも地道に鍛えた。

 自室での腕立てや腹筋、足上げストレッチなどなど。

 店に出るようになると給金が与えられたので、そのお金で木剣も買った。

 店の庭で不格好に剣を振っていると「誰かと思ったら」と声がして。


「アヴィナが剣を振っていたのね」

「ロザリー姉さま。申し訳ありません、ご迷惑でしたでしょうか」

「いいえ。ただ懐かしいな、と思っただけ」


 木剣を「貸してくれる?」と手に取った娼姫はそれを自然に構え、鋭く振って。


「だめね。昔よりも腕が鈍っているわ」

「そんなことありません。まるで女冒険者か騎士様のようでした」

「ありがとう。でも、私は騎士選抜に落ちて『こうなった』女よ?」


 自嘲気味に触れた二の腕は柔らかそうでさぞかし男に喜ばれそうだが。


「それでも良ければ、少し教えてあげましょうか?」

「教えていただけたら嬉しいです。……実は少しだけ期待しておりました」

「この子ったら。でも、筋肉をつけると男受けは悪くなるわよ?」

「大丈夫だと思います。わたし、見た目が変わりづらい体質のようでして」


 どういう仕組みか、触ってみても二の腕はぷにぷにしている。

 細くて儚げなのも変わらないのに、鍛えるほど、木剣を持ち上げていられる時間は増えた。


 人と一緒であれば外出も許されるようになり、給金のおかげで好きな服も買えるように。

 御用達の仕立て屋が定期的に『瑠璃宮』を訪問するので、頼めば好みに仕立ててくれる。


「最低限の下着やドレス、宝石は用意してあげる。それ以上が欲しければ自分で買いなさい」


 武器の目利き、効果的な使い方、相場の知識などは別途叩き込まれた。

 そうして、充実した毎日を送っていると──。




    ◇    ◇    ◇




「ようこそいらっしゃいました、旦那さま」


 一人の若い男が「娼姫アヴィナ」を求めてやってきた。

 他の娼姫たちと共に挨拶した俺は、娼姫としての笑みを浮かべて、


「アヴィナでございます。ぜひ、愛でていただけますでしょうか?」

「あ、ああ」


 仮面をつけて素性を隠したその男は見惚れたように立ち尽くしてから慌てて答えた。


「では、こちらへ」


 俺はゆっくりと、勿体つけるように部屋へと案内して。

 彼にクッション付きの長椅子を勧めると、自分は対面へ椅子を引いてもらう。

 盛り上げるまでもなく真っ赤な彼を見て、香の焚かれていない部屋を選んだが。


「なにかお飲みになられますか? お酒が苦手でしたら果実の汁などもございますが──」

「その前に聞かせてくれ。どうして君が、こんなところに入れられることになったんだ?」


 言って男──いや、青年は身を乗り出し、つけていた仮面を外した。

 俺は微笑んで、


「お久しぶりでございます、『おにいさま』?」


 お付きとして立つ(年上の)娼姫見習いは背景に徹している。

 客の情報を外部に漏らすような者は絶対に娼姫に昇格できない。


「婚儀はお済みになられたのですか?」

「ああ。……無事に終わったよ。晴れて俺は『次期男爵』だ」

「それはそれは。おめでとうございます」


 上の義姉だった少女の婚約者。

 彼は子爵家の三男坊、実家を継げない彼は男爵家の婿として跡継ぎに選ばれた。

 情報自体はとっくに耳にしていた。

 男爵が何度も女主人に働きかけ、都度袖にされていることも。


「お祝いの品をお贈りしてはご迷惑になりますでしょうか」


 くすぐるように尋ねると、次期男爵となった青年はぐっと拳を握って。


「品物より、俺は君に結婚を祝って欲しかった」

「『旦那さま』? 新婚の男性がこのようなところへ来るべきではないのでは?」

「確かめたかったんだ。どうして君が、追い出されなければいけなかったのか」

「もう、とっくに終わったお話です」


 目を伏せて首を振り、開いて微笑む。


「むしろ感謝しております。こうして『瑠璃宮』へ導いてくださったのですから」

「君みたいな子が、こんな、娼館だなんて」

「あら。似合っておりませんか?」


 両手を軽く持ち上げて首を傾げれば「似合うよ」と目を逸らされた。


「あの頃も可愛かったが、見違えた。……まるで女神だ」

「そのような言葉、奥様が聞いたらお怒りになるのでは?」

「っ! 男を誘うような言葉も衣装も、止めにしないか!?」


 今日の俺は、やや露出度高めの衣装を身に纏っている。

 ドレスの袖は七分丈、スカートは短めで靴下との間にかすかな絶対領域が覗いている。

 座ると、角度によっては下着が見えるかもしれない。

 また、手にはシルクの手袋を嵌めているものの、首は布で覆っておらず白い革のチョーカーで飾っていた。


「わたしは好きな格好をしているだけです、おにいさま」

「当てつけ、なのか? 俺たちへの」

「まさか。おにいさまに悪意も、わたしへの熱情もなかったでしょう?」

「……ああ。少なくともあの頃は、可愛い妹のように思っていた」


 その言い方だと今は違うのか、と思えてしまう。

 糸口があるなら広げていくのが娼姫のやり方だというのに。

 成長期の少女特有の危うい美しさ。

 虜になってしまえば、その過程を見届けたくなってしまう。


 俺はふう、と息を吐いて空気を変えた。


「ちょうど良い機会です。一つ、お願いがあるのですけれど」

「あ、ああ。君の頼みならたいていの事は叶えるよ」

「ありがとうございます。では、仕立て屋を紹介していただけませんか?」

「仕立て屋?」


 意外な頼みだったのか、瞬きが返ってきた。

 男爵家の生業は仕立て屋の元締め。

 複数の店をオーナーとして保有しており、他に靴屋など関連した店舗も持っている。

 それらからの収益が収入源の一つだ。


「それは構わないどころか、こちらに良い話だ。だが、うちは基本平民向けだよ?」

「構いません。お騒がせしたお詫びと、口利きのお礼とお考えください」


 『瑠璃宮』では公爵家クラスのドレスも用いられる。

 一番下の娼姫のちょっとした小物程度でも手掛けられれば仕立て屋にも箔がつく。

 義兄になるかもしれなかった青年は「話を聞かせてくれ」と姿勢を整えた。


「では、商談と参りましょうか。次期男爵さま」


 俺はお付きに酒とつまみを用意するよう指示すると背筋を伸ばしたまま彼を見据えた。


「代金は、今日の払いを帳消しにすること──でいかがです?」

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