婚活令嬢 アヴィナ・フェニリード -3-
黒に近い髪と瞳はどこか日本人を思わせる。
が、肌の白さと顔のつくりは明らかに西洋系で前世の故郷とは似ていない。
極上の宝石のごとき瞳の奥行きも。
思わず触れてみたくなる髪の繊細さも知らないものだ。
未知に人は惹かれるもので──。
落ち着け、顔見ただけで落ちるほど俺は安くない。
必死に自制して踏みとどまること数秒。
なんでもなかった風を装い小さく息を吐き出して、
「絵姿以上のお美しさに大変驚きました」
「……それだけか?」
内心を探るように問いかけられて「そうですが?」と返す。
もしかしてバレてるのか?
「そうか」
しかし、淡々と呟いただけで流されてしまう。どっちだよ一体。
「なるほど。君の言う利点とやらもある程度有効らしい」
「ええ。……ですが、まだそうお考えになるのは早計かと」
言って、俺は自身の仮面に手をかける。
お前が俺の容姿に耐えられるかは別問題だからな!
いや、別に仕返しとかではないが。
こっちが落とされそうになったんだからお前も苦しめとか思ってないが。
──仮面を外す時はいつもかすかな解放感がある。
俺は期待と不安をこめて素顔を晒すと、じっと王弟テオドールを見つめた。
静寂。
至高の美と言うべき瞳と視線が交わること数秒。
ふと視線を横に向けると、エレナが両手で口元を押さえていた。
「し」
しまったあああ! 他の人間のことを忘れていたっ!
この場にはエレナも、それからテオドールの執事もいたっていうのに。
俺としたことが痛恨のミスである。
が、まあ、やってしまったものは仕方ない。
特になんの問題もありませんが? という顔で尋ねる。
「いかがでしょう、テオドール殿下」
「ふむ」
何秒ももったいつけた挙句、魔性の王弟はつまらない相槌を打った。
「絵姿よりも美しいな。誇って良いぞ」
「これはこれは、お褒めに預かり光栄にございます」
さすがに12歳のお子様相手じゃ興奮とかしないか。
エレナたちは大丈夫だったかとあらためて視線を向けると、
「……すぅ、はぁ」
紺色の髪の有能メイドは何度も深呼吸を繰り返していた。
「ごめんなさい、エレナ。急に負担をかけてしまって」
呼びかけると、にっこりと微笑み返してくれる。
「お気遣いありがとうございます。ですが、私は問題ありません」
「本当?」
「ええ。アヴィナ様にはもとより心酔しておりましたので」
「……えっと、メアリィみたいなことを言われると不安になるのだけれど」
もう一人のメイドみたいなやばい雰囲気はないので大丈夫……だと信じたい。
なお、執事のほうも微笑んで、
「殿下と同等の美女がいらっしゃるとは……心臓に悪いことこの上ありませんね」
「お騒がせして申し訳ありません」
「いいえ。美形は殿下で見慣れておりますので」
俺は「同性とはいえこの美貌は惚れてもおかしくないよな」と失礼なことを思った。
「さて」
落ち着いたところでテオドールが口を開き、
「どうやら君の言う通り、私達は互いに互いへの耐性があるらしい」
「ええ。お相手としては申し分ないでしょう?」
ぶっちゃけギリギリで耐えただけだけどな!
それはもちろん口に出すわけもなく。
「……まったく」
小さなため息。
「十も年上の男に求婚してくるとは恥知らずな令嬢だと思ったものだが」
わりとストレートにディスられたな今?
「存外、君はしたたかな令嬢らしいな?」
整いすぎているせいで冷たい印象のある美貌に笑みが浮かんで。
王弟は興味深いと言いたげに俺を見た。
「わたしにはどうしても叶えたい望みがございますので」
「君の好む奇抜な服を大衆に認めさせることか?」
「よくご存じでいらっしゃるのですね……?」
「それなりに情報は集めているからな」
ということは、政略だの情報戦だのが苦手なわけではない。
魔道具製作の天才として一目置かれてもいる彼は明らかに優秀だ。
「殿下は、王位に興味がないと示すために塔へ引きこもっていらっしゃるのですね」
「私に王になる気はない。だから、王妃になりたいのならウィルフレッドかランベールを狙え」
「ご心配なく。わたしも王妃の地位には興味がないのです」
テオドールの眉がかすかに動いた。
「王妃になれば強制的に君の趣味を認めさせられるが?」
「代わりに諸外国から『気でも触れたか?』と抗議を受けることでしょう」
「……それは、王弟殿下の奥方でも大差ないかと」
呟くようなエレナの指摘を俺は敢えて無視した。
「木を隠すなら森の中と申します。殿下の隣であればわたしの装いも自然に映るかと」
「君の嗜好を押し通すために私を利用すると?」
「殿下としても、元平民のわたしを娶ることで政争から遠ざかれるのでは?」
「君が『大聖女』なる肩書きでなければその通りだがな」
う。それはまあ、うん、そうなんだが。
「だが、正妃とするには血統的に弱いのも確かか」
おまけに一応公爵令嬢だ。
第二王妃にするつもりなら最低でも、正妃にはセレスティナくらいの血筋と実力が必要になる。
そのセレスティナにしろ、うちの義妹にしろ既に予約されているわけで。
「虫よけの意味でも婚約する利はありそうだ」
「婚約であればいずれ解消することもできますものね」
利害の一致に基づく、契約的な婚約。
これから適齢期を迎える俺は結婚を焦らなくていいし、テオドールに結婚する気がないなら彼にもデメリットはない。
四、五年焦らして解消すれば26、27になって良い感じに結婚を逃げやすい年齢になってくる。
「いかがでしょう? ものは試しということで」
「……まんまと乗せられている気もするが、まあいいだろう」
初回で再訪を許可された時点でそれなりに脈はあった。
美貌の王弟は渋々、といった様子ではあるものの首を縦に振ってくれて。
「国王陛下に君との婚約を願い出る」
「お願いいたします。両親からの許可は得ておりますので問題ございません」
とりあえず申請の噂が流れるだけでも求婚への牽制になる。
「適当に通ってくるといい。話し相手くらいにはなってやる」
「ありがとうございます。実を言うと、魔法のお話などもぜひお伺いしたかったのです」
こうして、俺とテオドールは恋仲ということになった。
◇ ◇ ◇
「王弟殿下とのご交際、おめでとうございます。
ご結婚が実ればこの国にとっても慶事となりましょう」
この国の神殿組織における実質的ナンバーツー、王都の大神殿の神官長は相変わらずの辛気臭い顔で俺を祝ってくれた。
ちなみに名目上は俺こと大聖女がトップ、二番目が聖女のセレスティナになって、神官長は四番目なのだがややこしいので置いておいて。
「神官長、本当に喜んでくれているのかしら?」
「もちろんでございます。これで軍拡派を牽制できますからな」
ああ、そういう。
「宮廷魔術師の支持を集めるテオドール殿下は軍拡派の希望だものね」
「はい。支持率はランベール殿下に次いで第二位と思われます」
第二王子はスルーか。
まあ、同派閥なら第一王子を推すのが普通だし、となると二番手はやや別方向からテオドールとなるのもわかる。
「そのテオドール殿下とアヴィナ様が婚約なされば」
「殿下が王位を継承したとしても両派閥の力関係は均衡を保たれる」
となると次期国王はランベールが濃厚か。
っても、最終的には国王の采配次第だからまだわからない。
できれば大きな波乱がないように祈るが。
「つきましてはアヴィナ様。テオドール殿下に神殿への寄付を打診していただけないかと」
「さすが、ちゃっかりしてるわね、神官長」