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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第三章(仮)
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婚活令嬢 アヴィナ・フェニリード -2-

「前回同様、独特の雰囲気があるところね……」


 宮廷魔術師たちの本拠『黒の塔』を訪れるのはこれで二度目だ。

 名前と違って外見は特別黒くない。

 ただ、近づくだけで何故か威圧感のようなものを受け取ってしまう。


 この場所の意味を知っているからそう思うだけかもしれない。


 が、来訪者の多くは中に入っただけで「あ、ここやばい」と思うだろう。

 現にうちのメアリィはがたがた震えて、


『私はこちらで待機しています。そう! 帰りの馬車を守っていますので!』


 と、内部への同行を拒否してきた。

 押し付けられたエレナも決して楽しそうな表情ではない。

 というのも──。


 カタカタカタカタ。


「ん? やあ、フェニリード公爵令嬢。殿下への求婚かい?」


 中に入って早々、俺はホールを歩く『骨』と、それが立てる音に出くわした。


 骨である。

 人骨である。

 アンデッドのスケルトン──ではない。


 魔法によって作り出された人造従者(ゴーレム)だ。

 骨とはいえ魔法で強化処理・防腐処理が施されているので意外と丈夫。

 物資の運搬など簡単な命令をこなす便利な奴らではあるのだが……。


「ゴーレムの見た目はなんとかならないものでしょうか」


 俺は、話しかけてきた宮廷魔術師につい愚痴をこぼしてしまった。

 慣れっこになっていてゴーレムをまったく気にしていない彼は「ははは」と笑って、


「一から組み上げた高性能なゴーレムは我々魔法使いの悲願だね」


 命令を実行させる方法はわりと確立されているものの「人に近い可動域を持つ人形を作る」ほうがなかなか上手くいっていないらしい。

 なので、最初から人と同じ動きができる人骨を使っているのだ。


「殿下は最上階にいらっしゃいますか?」

「ああ、多分ね。特に部屋から出たご様子はないよ」


 頑張って、と笑いかけてくるこの若い魔法使い、実を言うとアーバーグ侯爵家の三男──セレスティナの兄の一人である。

 全員宮廷魔術師だと聞いていたから、ここに来れば知り合いになるのは当然だが……。

 なんだか妹だけでなく兄たちともちょくちょく話す仲になってしまいそうだ。




    ◇    ◇    ◇




 長い階段を上るのも二度目となると多少気楽だった。


『邪魔をしないならここへ来るのは好きにしろ』


 任意での訪問許可は前回俺が勝ち取った大きな権利である。

 宮廷魔術師たちからも「ご自由に」と言ってもらっている。


『あの殿下、ちっとも浮いた話がないからな』

『浮いてきた話を片っ端から撃ち落としているからな』


 落ちても浮き上がってくる奴は貴重らしい。

 というわけで、


「テオドール殿下、いらっしゃいますか? アヴィナ・フェニリードでございます」

「……ああ」


 研究室の入り口をノックし、少しの間の後で返事をもらった。

 代わって進み出たエレナが扉を開け、安全を確認してから俺がくぐる。

 相変わらず雑然とした部屋。

 燕尾服姿の若い男性執事が「ようこそお越しくださいました」と一礼して、


「まさか、また来るとはな」


 王弟──つまり、現国王の弟にあたる男、テオドールが「顔につけた仮面」に手を当てながらこぼした。

 俺の仮面とよく似た雰囲気と、妙にクリアな声。

 仮面のせいで大部分が隠れているものの、顔の形だけでも彼が美形、それもとびきりの美男子であることは予想できる。


「求婚なら前回断ったはずだが」

「ええ。ですので再度、求婚にまいりました。どうかわたしと婚約してくださいませ」

「断る」


 返答は、大方の予想通り一度目と同じだった。


「私に結婚の意思はない。前回もそう言ったはずだ」

「確かに。ですが、気が変わってくださるかもしれませんので」


 仮面越しににこりと微笑めば──はあ、と、ため息。


「君は、本当に馬鹿なのではないか?」


 この場にメアリィがいなくて良かった、と、俺は思った。

 いくら彼女でも王弟殿下相手にキレたりはしないだろうが。


「アヴィナ様、どうぞこちらへ」

「ええ、ありがとうございます」


 執事が少し離れたところにあるテーブルと椅子に案内してくれる。

 来客用の用意は一応あるのか、あるいはテオドールが食事の際に使っているのか。

 出された紅茶と茶菓子を味わいつつ視線を送ると、仮面の王弟は熱心に複数の文献を眺めていた。


「なんだ?」

「いえ。邪魔はしないというお約束ですので、せめて観察でもと」

「邪魔と言うなら来訪自体がそうだ」


 そりゃ、人がいるだけでも気が散るだろう。


「仕方ありません。訪問については許可いただきましたので」


 王弟だけあって茶葉はいいものを使っている。

 執事が予算をもぎ取ってちゃんとしたものを用意しているのだろうか。

 それとも、意外に食にはうるさいのか。


 はあ。


 ため息と共にテオドールがこちらに顔を向けた。


「何故、君は私に婚約を申し込む?」

「それは初回に尋ねるべきことではないでしょうか?」

「断れば済む話だからな」


 言っても聞かないから作戦を変えてきたと。


「そうですね……。殿下の美貌に惹かれたから、でしょうか」

「私の素顔など見たことはないだろう」

「ええ。ですが噂は耳にしておりますし、肖像画も拝見いたしました」


 王弟テオドールは暗い紺色の髪と瞳を持つ超絶美形だ。

 歳は22。先王の末子であるため国王とはだいぶ歳が離れている。

 男の結婚適齢期は女に比べて遅いのでまだまだ婚期。


 前回、城に訪問した際に見せてもらった肖像画は噂に違わぬ卓越した美しさだった。

 すると彼はふん、と、鼻を鳴らして。


「絵姿など、どこまで本当かわからないだろう」

「わたしの肖像画は偽りなく本当ですので、殿下の絵も同じではないかと」

「ああ。君の絵姿なら私も見たぞ。まるで宗教画のようだった」


 それは「神に似すぎていて面白味がない」ってことか?

 この王弟、本当に。


「殿下、他人に容赦がなさすぎると言われることはございませんか?」

「良く言われるが、意図的にそうしているので問題ない」


 今まで、王弟テオドールには数多の女性から求婚があったという。

 その悉くが挫かれて今がある、というのも納得の性格である。

 やはり、まともにやっていては攻略できそうにない。


 こほん。

 俺は軽く咳払いのふりをして。


「殿下の美貌に惹かれた、と申し上げたのは──あなたに親近感を覚えたからなのです」

「私の作った仮面を見て錯覚したか」

「錯覚などではございません。……きっと、この国で最もわたしのお相手に相応しいのはあなた様です」


 美しすぎる俺の結婚相手は誰でもいいわけではない。

 別に「高待遇でないとダメ」とか言っているわけではなく、俺に惚れすぎて腑抜けになったり、俺を取り合ってトラブルになられても困るという話。


「美しいものなら鏡で飽きるほど眺めていらっしゃるでしょう?」

「────」


 テオドールは、これにすぐさま返答してこなかった。

 仮面で隠された表情は見えない。

 なにかを考えているようでもあり、どこか虚空をただ見つめているようでもある。


「ふむ。美しいものに慣れているのはお互い様、ということか?」

「仰る通りでございます」


 引く手あまたなのに結婚を避けている理由は想像できる。

 反応からして、全くの的外れというわけでもなかった。


「わたしが相手ならば、他の女たちからの反感も大きく抑えられましょう」


 あれだけ美人なら仕方ないよねー、という風潮は確実に生まれる。

 これは効いた。

 仮面の王弟は「なるほど、な」と呟いて、仮面に手を添えた。


「だが、それは『君が私に熱狂しない』という前提の話だろう?」


 ゆっくりと外される仮面。

 使用人たちが息を呑み、エレナが慌てて視線を逸らす。

 俺は、思わず唾を飲み込みながら彼を見続けて。


「私に狂い、寵愛を乞う馬鹿な女ならば願い下げだ」


 正直に言おう。

 テオドールの素顔は、絵姿で見るよりもさらに威力があった。

 俺の容姿を神聖とするならば、彼の顔はまさに魔性。

 際限なく女心を惹きつけ争いを呼ぶ、魔王の風格。


 落ち着いていられたのは男性的思考を強くしている俺の半分だけで。

 意外と面食いである俺の女らしい部分はぐわんぐわん揺さぶられた。


 絵姿を先に見ていなかったらたぶん、即死だったぞこれ。

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