公爵家の長女アヴィナ -4-
「アヴィナ派ね。それはとてもいいことだと思うわ」
夕食時。
食堂に向けてのんびりと歩きながら、第四王女ルクレツィアと談笑する。
同派閥かつ友人なのでまだ気楽だが、これもある種、政治的なやり取りである。
「わたしはルクレツィア殿下のもとにまとまるほうがいいと思うのですけれど」
「あら。志が同じであれば、私が全員を統率する必要はないわ」
なんでもそうだが、集団が大きくなると動きが鈍くなる。
動きやすくするにはリーダーを分けるのが有効だ。
例えば、ルクレツィアを社長として俺が部長や課長に収まる形。
自グループ内でお付き合いをしつつ別部署とも交流する。
そして、なにか事件が起きた時は社内一丸となって対応する。
「私の派閥に直接身を置くよりも気軽かもしれないわね」
「わたしはセレスティナ様やフラウ様とも懇意にしていますからね」
俺自身は大聖女でばりばり神殿関係者だが。
宮廷魔術師が増えて神殿が楽になるなら別にそれでも構わないと思う。
予算が減るとうちの神官長が胃痛で倒れかねないから困るが。
「あら、なんだか楽しそうなお話ですわね」
「セレスティナ様」
寮の廊下で別の令嬢が俺たちの歩みに合流してきた。
きらめく金髪に鮮やかな赤い瞳を持つ侯爵令嬢。
悪役令嬢の肩書きが似合いそうな彼女はセレスティナ・アーバーグ。
宮廷魔術師を数々排出する名門アーバーグ家の娘にして、神殿の聖女でもある少女だ。
ついでに言うと第一王子の婚約者でもある。
なお、その第一王子はルクレツィアと異母であり、つまり派閥的に対立している。
「ランベールお兄様と懇意のセレスティナ様にはあまり関係のないお話かと」
「そうかしら? わたくしはアヴィナ様と着替えを共にする仲ですのよ?」
俺の腕を取ってふふんと笑むセレスティナ。
「そんなことを仰って、あんなに着替えを嫌がっていたではありませんか」
「アヴィナ様、それを今仰らなくてもいいでしょう!?」
「わたしにはなによりも大事なことです」
「わたくしだって、あの衣がもっとこう、花を飾ったりスカートを広げたり趣向を凝らしていれば乗り気になりましたわ!」
「神は必要以上の贅沢を尊びませんので」
ぐぬぬ、と、にらみ合っていると、ルクレツィアはくすくすと笑って。
「確かに、お二人は仲がよろしいようで」
そりゃあ悪くはないが、と、俺とセレスティナは顔を見合わせた。
◇ ◇ ◇
「アヴィナ・フェニリード。どうだ、叔父上は射止められそうか?」
「……ランベール殿下」
食堂の入り口付近でこの国の第一王子──ランベールに出くわした。
入寮の際、仮面を着けた俺に絡んで「素顔を見せろ」と迫った俺様野郎だ。
彼があの時「美形には慣れている」と言っていた理由、それが件の叔父上にあることが今ならわかる。
「殿下。婚約者のエスコートをお忘れではありませんか?」
「悪いな、少し早く出過ぎたらしい。共用部で待っても現れないのでここまで来てしまった」
頬を膨らませて歩み寄るセレスティナに王子は笑ってそう答える。
「そんなことを仰って、どなたかを口説いていたのではありませんか?」
「まさか。お前がいるのに女遊びなどするものか」
侯爵令嬢の顎に指を添えて見下ろすようにするランベール。
まるで少女漫画のような光景に俺の女性部分がきゃあきゃあ言うが、
「つまり、娶るつもりで口説くかもしれないと」
「そうだな。それはあり得る」
「……セレスティナ殿下。お二人は仲が良いのでしょうか?」
「ええ。お兄様にここまで言える方は他にいないでしょう」
昔から慣れ親しんでいるからこその気安さ、か。
「さて、二人とも。せっかくだ、今日は食卓を共にしないか?」
「アヴィナが良ければ私は構いませんけれど」
「わたしも構いません」
というわけで、俺たちは四人で食卓を囲むことに。
異母とはいえ兄妹が共に過ごすのは珍しくないし、婚約者のセレスティナがいるのも当然。
特別扱いされている俺は少々居心地が悪いが。
ルクレツィアとセレスティナはどちらも友人だ、そこまで気負う必要もない。
俺たちはそれぞれ食べたいものを注文して、
「ランベール殿下。我が兄とはあまり食事をなさらないのですか?」
「フラムヴェイルか? そんな事はないが、あれは少々口うるさいからな」
「殿下は偏食の気がありますので、放っておけないのですわ」
「おっと、口うるさいのがここにもいたな」
第一王子様は恋愛も食事も肉食系らしく、それに赤ワインを合わせるのが特に好きらしい。
「恐れながら、野菜も食べなければお身体に障るかと」
「ええい、俺の周りには口うるさいのしかいないのか」
「みな、お兄様が心配で口にしているのでは?」
セレスティナやルクレツィアを通して付き合い始めてわかったが、ランベールは意外と話しやすい。
我が儘で機嫌が変わりやすいものの、身内認定されればこうやって話をしてくれる。
何を言っても最後は我を通すだろうな、と思えるので、素直すぎて変なことを教えたくない第三王子様より気は遣わないかもしれない。
「それにしても、アヴィナ・フェニリードが叔父上を口説くとはな」
「またその話を蒸し返しますの、殿下?」
似たようなことを言われるのはこれで数回目である。
「仕方なかろう。ウィルフレッドが娶らないなら俺の第二夫人にしてやろうかと思っていたんだ」
「あの、せめて当人の了解を得てからにしていただけますでしょうか」
「だから、口説く前にお前が動いたんだろう」
ふん、と、ばかりに睨まれる俺。
「あらお兄様。奥方は軍拡派から娶られてはいかが? 私の友人を取らないでくださいませ」
「何を言う。父上だって両派閥から妻を娶ったではないか」
「あらあら。殿下ったら、案外アヴィナ様に本気なのかしら」
ニヤニヤしながらこっちを見てくるセレスティナはどういう感情なんだ。
「セレスティナ様はよろしいのですか? 婚約者が他の女性を口説いても」
「それは多少思うところはありますけれど、第二夫人や愛人は珍しいことではありませんもの」
むしろ火遊びより許容しやすいと微笑む侯爵令嬢。
「それにアヴィナ様ならわたくしとも上手くやってくださるのではなくて?」
「それはまあ、同じ聖女と喧嘩をする気はありませんけれど」
第一王子が神殿を掌握する形になるので成り行きとしては微妙じゃないか?
軍拡派の旗頭が聖女二人を娶ると考えれば保守派にとっても悪くないが。
俺は、俺とセレスティナを左右に抱いて笑う王子の姿を思わず幻視してしまう。
「なんだ、アヴィナ・フェニリード。お前は一夫一妻主義か?」
「いえ、そのようなことは。そこに拘っていては娼姫は務まりませんので」
「そうか、それは違いないな」
奥さんどころか、金で買われて一夜の夢を与えるのが娼婦だ。
「……そうですわね、アヴィナ様が殿下の妻になるとわたくしが主導権を奪われかねませんわ」
突然、眉をひそめて呟くセレスティナ。
家格の話だよな? まさか、えっちな技術の差をイメージしてないよな?
とはいえ道具で疑似練習してるだけの生娘に負ける気はない。
って、俺も生娘なんだが。