公爵家の長女アヴィナ -1-
「お帰りなさいませ、お姉様」
「お帰り、アヴィナ」
四月の入学から月末のダンスパーティを経て、とある家主導の俺殺害計画を阻止。
国王へのお目通りなんかもあって、ようやく落ち着いてきた五月末。
週末ということで、学園の寮ではなく屋敷に戻った俺は兄妹に出迎えられた。
「ただいま戻りました、フランお義兄さま。ただいま、アルエット」
俺が養女となったフェニリード公爵家の実子たち。
義兄であるフラムヴェイル──フランは、母に似て落ち着いた色合いの金髪の持ち主。
俺より二学年上で、学園の最上級生。
我が家の男子は物腰柔らかな傾向にあるのか、優しい顔立ちの美形とあいまって女性ファンが多い模様。
義妹であるアルエットは当主である父親譲りの赤毛だ。
赤みがかった橙色の瞳も印象が強く、将来美人になることうけあいの九歳。
嬉しいことに二人とも、血の繋がらない姉妹とも仲良くしてくれている。
「お義兄さま、屋敷に戻られていたのですね」
「ああ。君と話をするなら寮より屋敷のほうが手軽だからね」
男子寮と女子寮は離れているし人目もあるので、たとえ兄妹でも訪問しづらい。
で、俺が帰るのを見計らって帰ってきたのか。
俺は頷き、適当な時刻を指定しようとして、
「だめですよ、お兄様。お姉様とは私が先にお話するんです」
親指の付け根あたりを義妹、アルエットにちょんとつままれた。
義兄はこれに苦笑して、
「じゃあ仕方ない。アヴィナ、夜に時間を作ってくれるかな?」
「かしこまりました」
「では参りましょう、お姉様」
そのまま軽く手を引かれる俺。
さすがにエレナが「アルエット様、アヴィナ様はお着替えも済ませておりませんので……」と進言するも、
「大丈夫。あのね、着替えは私の用事の後でいいと思うの」
きらきらと目を輝かせた少女はそう答えた。
「お姉様、今日こそ一緒にお風呂に入ってくださいませ」
帰ってくるなり服を脱げとかこの子なかなかにえっちの素質が──あるわけではもちろんなく。
◇ ◇ ◇
アルエットと初めてあったのは養女として屋敷を訪れた日だ。
義妹はその時から俺に懐いてくれている。
理由は「お姉様が欲しかったから」。
兄と不仲なわけではなく、やはり同性の家族というのは特別なのだろう。
後はたぶん、愛情に飢えていたから。
公爵夫人が冷たい人だというわけではない。
彼女は十分、子供たちに愛を注いでいるが、それは貴族としてのやり方だ。
貴族たるもの子供を直接抱きしめたり、頭を撫でたりという機会は限られる。
早くから自立を求められ、しっかりした教育を施される。
しかし子供というのは親に「際限ない愛」を求めてしまうもの。
アルエットも母の事情はなんとなく理解しているからこそ、女きょうだいを求めたのだろう。
俺としても仲良くするのはやぶさかではない。
屋敷に来ると同時に俺はうさぎのスノウをペット──というか自分用の特別な子にした。
義妹も同じように一羽を部屋に置いているので、二羽の交流を口実に会話の機会を設けたりはしていた。
そんな中、アルエットが希望したのが、
「お姉様と一緒にお風呂に入りたいです!」
貴族が、誰かと一緒にお風呂に入るのはごくごく当たり前のことだ。
世話のために使用人がつくのでむしろ一人で風呂に入れない。
が、家族一緒に入る機会はやっぱりほぼない。
できればOKしてあげたかったものの、これには少し問題があった。
「アヴィナ様。入浴用のヴェールを使われますか?」
簡単に言うと、不安そうにそう尋ねてきた狂信者──もとい、メイドのメアリィみたいになられたら困るからだ。
既に言った通り、俺の容姿は劇薬だ。
場合によっては見た者の人生さえ変えてしまう威力がある。
実際メアリィは素顔をもう見ているという理由で俺の入浴を頻繁に世話しているし、俺の裸を見て興奮してはそれを必死に隠している。
義妹の精神を侵食しすぎないように注意しないといけない。
とはいえ、アルエットの希望を考えると仮面やヴェールで隠すのは悪手。
顔が見えないことに隔意を感じているからこそのお誘いだろう。
「必要ないわ。そろそろ良い頃合いかもしれないしね」
姉妹になってまだ数か月、されどもう数か月。
歳の近い同性の家族として、義妹は俺に神殿のことや学園のことをたびたび聞きたがった。
俺からも彼女の好きなものや苦手なものをいくつも尋ねた。
お互いになにも知らなかった頃とは違う。
義妹に顔を見せる許可は前もって両親にもらってあるし。
エレナとメアリィに着替えを用意してもらうと、俺はアルエットと一緒に屋敷の大浴場へ向かった。
貴族らしく贅を凝らした広い風呂なのだが、各部屋にも小さな風呂があるので普段はあまり使わない。
俺が使ったのは今までに数回。
親たちは週に一回くらいの頻度で使っているようだ。
養母がここでゆったり長湯してる時は「夫婦同衾か?」と思ったり──と、それはいいとして。
清掃の前にメイドたちに解放されることもある大浴場の脱衣所は大人数で使えるだけの広さがあった。
二人で使うには広いが、幸いお互いの使用人もいるので寂しくはない。
専属に甲斐甲斐しく服を脱がされると、お互いに肌を晒す格好に。
「わあ……っ! お姉様、すごく綺麗です!」
「ありがとう。アルエットもすごく可愛いわ」
色白で染み一つない俺の身体はさすがのチートだが、大事にされている義妹の肌もすべすべでぷにぷにだ。
なお、全裸を見せられても九歳相手に欲情する趣味はないので問題ない。
むしろ今世ではえっちなお姉様方のあられもない姿もこれでもかと見せられてるし。
「仮面の下のお顔もすごくお綺麗なんですよね?」
わくわくしながら視線を向けられると若干照れるが。
「じゃあ、その。……あんまり驚かないようにね?」
念のために前置きしつつ、俺はそっと仮面を外した。
魔法の品なので軽くてフィット感もいい品だが、さすがの解放感。
小さく息を吐きつつ義妹を見つめると。
「────!」
アルエットは目を丸く見開いたままフリーズしていた。
うわ。これは、あれか。効きすぎたか?」
「すごい! すごいです、お姉様!」
「わ」
良かった、大丈夫そうだ。
きらきらした瞳と共に突進してきた義妹は感動こそしているものの「大喜び」といった雰囲気。
「お母様の描いた肖像画そっくり……いえ、肖像画よりお綺麗です!」
あ、そういえば養母に絵のモデルにされたんだったか。
うまいこと緩衝材になってくれたおかげで素顔の威力が和らいだようだ。
「そんなにお綺麗なのですから、仮面など必要ないのでは?」
「駄目よ。殿方にたくさん求婚されても困ってしまうもの」
綺麗だからつけているのだと暗に告げると、深い頷きが返ってきた。
「お姉様は殿下との婚約もお断りしましたものね」
「殿下にはもっと相応しい方がいると思ったからよ」
一時期、俺が婚約者候補となった第三王子様の今のお相手は他でもないアルエットである。
少女は少し前の対面を思い出したのか、ほんのりと頬を染めて。
「私、まだ恋も結婚もよくわからないのですが」
「そうかしら? でも、殿下にお会いしてどきどきしたんでしょう?」
初恋なんじゃないのー? とばかりに広い湯舟で義妹をからかったその日の夜。
義妹と王子はお似合いなんじゃないか、と、義兄に告げれば、彼は「そうだね」と微笑んで。
「エリーが王家に嫁ぐとなると、僕としては少し複雑なんだけど」
それは妹に恋してるって意味──じゃないよな。




