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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第三章(仮)
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『大聖女』アヴィナ -7-

 この世界では一般に、神の御姿と言えば「銀髪青目の美女」を指す。


 神は信徒の祈りと引き換えに奇跡をもたらし、浄化や治癒などの恩恵を与える。

 奇跡によって生み出される柔らかな光は見る者の心を和らげる。


 浄化は、魔物の発生源となる瘴気を払うだけでなく汚れや毒を取り除く効果もある。


 広く周囲へと与えれば、それは大掃除の代わりにもなる。

 長年蓄積されて取れなくなった染みや埃だってあっという間に消し去り。

 光の収まった後、平民街の一角は空気さえも一新されたようにすっきりした。


「すげえ」

「嘘みたいに綺麗になってる……!」

「最初は何事かと思ったけど、奇跡ってのはこんなこともできるもんなんだね」


 居合わせた平民たちからはいくつもの声が上がった。

 彼らも街が綺麗であるに越したことはない。

 けれど、それぞれ自分のことで精いっぱいだし、共用部の汚れは自分だけの責任じゃないし……となかなか清掃にまでは手が出ない。

 億劫がっているうちに綺麗にする労力は跳ね上がっていき、余計に取り除けなくなる。


 そんな汚れがぱっとなくなってしまったのだ。


「当たり前だろ、神殿が認めた大聖女様だぞ」

「だけど、あれって元娼婦なんでしょう?」

「娼婦じゃない、お貴族様御用達の娼館『瑠璃宮』の娼姫だ」

「娼婦には変わりないじゃない」


 彼らの視線の先にいるのは、薄い衣を纏った一人の少女。

 複数名の騎士に守られ、巫女とメイドを従えた十二歳の彼女は、国の聖職者の総本山である大神殿が新たに職を創設してまで迎えた『大聖女』だ。


 名前は、アヴィナ・フェニリード。


 幼くしてかの『瑠璃宮』で一人前の娼姫として認められ、多くの金貨を客から搾り取った。

 ほんの数年のうちにめきめき頭角を現し、高名なフェニリード公爵家に養女として身請けされ、一時は第三王子の婚約者候補にも名が挙げられた。

 月光を形にしたような銀の髪と夜明け間際の空のような深い青色の瞳、染み一つない滑らかな肌を持ったその姿は神そのものとまで謳われている。


 ──いや、他でもない俺のことなのだが。


「うさんくさいよな。悪い事してないならなんで顔隠してるんだよ」

「偉いから私たちなんかには顔も見せないってこと?」


 美貌に関しては少なくとも折り紙付きだ。

 前世が日本人男子だった俺は、転生時の特典を『魅力の向上とその維持』に全てつぎ込んだ。

 おかげでこの美貌は神が認める人類の限界点。

 おまけに怪我は治りやすく、多少の病気や毒ではびくともしない。


 普段、魔法の仮面で顔を隠しているのは圧倒的なその美貌を衆目に晒さないためだ。


 幼い頃は「人形のような顔立ち」で済んでいたが、成長につれ崇拝さえ集める領域に達してしまった。

 うっかり見せてしまうと場合によっては、


「アヴィナ様の素晴らしさがわからないなんて……! 不心得な平民など端から処罰してしまえばいいのに」


 笑顔を振りまきながらぶちぶち毒を吐くうちの専属メイドのように『信者』と化してしまう。

 オレンジの髪と瞳を持つこのメイド──メアリィが昔は俺のことを「いい男に出会うためのデコイ」くらいにしか思っていなかったと言ったら誰が信じるだろうか。


 まあ、やっかみは正直理解できるのだ。


 なにしろ俺はもともとスラムの孤児。

 巡り巡って公爵令嬢の地位を手に入れることができただけで、生まれや血統的には雑種もいいところなのだから。




    ◇    ◇    ◇




「意外とこの衣、目だっていなかったわね」


 石畳を転がる車輪の音と馬のひづめの音。

 一仕事終え、馬車の中でひと息ついた俺は身に纏う衣を見下ろした。

 白を基調とした極薄の衣装。

 光に照らされれば透けて肌や下着が覗いてしまう代物なのだが、


「アヴィナ様の神々しさに気を取られていたのでしょう」


 メアリィの贔屓目マシマシの見解に、もう一人の専属である紺色の髪のメイド──エレナが眉をひそめつつ答える。


「仮面に奇跡、しかも騎士に取り巻かれていたのですから、気を取られる対象が多かったのでは」


 俺は「ほら」と、同乗している巫女に微笑みかけて、


「ラニスもこれを着てくればよかったのに」

「わ、私には無理です!」


 答えたラニスは、サファイアのような美しい瞳を持ったなかなかの美女だ。

 奇跡の力は「神に似た姿」であればあるほど引き出しやすいとされており、銀髪もしくは青目の巫女は神殿において重宝されている。

 中でも優れた力を持ち、敬虔な信徒でもあるラニスは「聖女を増やすなら彼女」と目される人物であり──俺がいま着ているのと同じ衣を(俺から、半ば強引に)与えられた者でもある。


「もう、まだ『神様じゃないから肌を見せるのはだめ』と言っているの?」

「それは……。従来の教えを忘れたわけではありませんが、アヴィナ様の主張も正しいと理解しております。ですが、それで人前を歩くなんて死んでしまいます!」


 だとしたら俺、死んじゃってるじゃん。


「残念。なら、もう少し段階的に慣らしてからね」

「アヴィナ様はどうあっても薄着を広めるおつもりなのですね……?」

「もちろん。だって、それがわたしの使命だもの」


 前世からずっと、俺はえっちな衣装が好きだ。


 ファンタジーの女騎士や冒険者はもちろんいい。

 SFによくある謎のぴったりスーツは趣に溢れているし、神代の神や巫女が布面積の少ない服を纏っているのも良い。

 チャイナドレスやアオザイは人類の生み出した偉大な発明品だと思う。


 日本で男をやっていた頃は二次元を中心に愛でることしかできなかった。

 けれど、こうして美少女に転生した今世では堂々と着て、周囲に見せびらかすことができる。

 アヴィナとなってからは露出癖も併発し、えっちな衣装への愛はますます増すばかりだ。


 幸い、神に似た姿ほど奇跡が強くなるという都合のいい法則もある。

 神は「薄着の美女」として描かれるため、透け透けの衣のほうが奇跡の力は強くなる。


「街の浄化は陛下から承認された立派な事業よ。神殿に謝礼も入ってくるのだから、ラニスたちが手伝ってくれると助かるのだけれど」

「仰ることはわかりますが……アヴィナ様以外の者に都全体の浄化は不可能かと」




    ◇    ◇    ◇




 公爵家の養女となった俺は十二歳の春、貴族の学園へと入学した。

 入学早々、九歳の王子様の婚約者候補に選ばれたり、ダンスパーティで他の令嬢にいじめられそうになったりと色々あったのだが──その流れで、俺は人並外れた奇跡の力を他貴族や王族に示すことになった。


 地位を剥奪される可能性を減らせた代わりに「こいつは使える」とバレてしまったということで。


 直後から神殿に複数の協力依頼が寄せられるようになった。

 聖職者の数が足りていなかった今までは受けたくても受けられなかったが、俺という「降ってわいた最大戦力」を使えば処理できなくもない。

 国としてもある程度の謝礼を支払ってなお、普通に実施するよりは断然安く済むわけで。

 俺は依頼された内容の中から優先度の高そうな「都の浄化」を選んで実行することにした。


「でも、どうして平民街を優先するのですか? 貴族街を先にするのが通例だと思うのですけれど」


 メアリィの疑問には「より効果的だからよ」と答える。


「貴族街は毎日のように清められていて綺麗だし、道を歩くのは主に貴族家の使用人でしょう?

 だけど、平民街には身なりの汚れた人も多いし汚れも目立つから、衛生面の改善に役立つの」

「平民の領域を綺麗にしたところですぐに元通りになりませんか?」

「ある程度はね。でも、年単位──もしかしたら十年単位の澱みを広く浄化したのだから、だいぶ違うはずよ」


 衛生面が改善されれば病気になる人、病気や怪我が悪化する人が減る。

 死者や病人が減れば神殿がパンクする恐れも少なくなるし、将来的に労働力の増加だって見込める。


「もちろん、いくらわたしでもかなり骨の折れる作業だけれど」


 俺の奇跡は、巫女の中でトップクラスであるラニスのさらに三倍程度だが──それでも、都全体を綺麗にするには何十回と祈らなければいけない。

 余力のある時にちょくちょく行っていくとしても月単位の時間が必要そうだ。

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