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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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【閑話】仮面令嬢の肖像画

「アヴィナ。今日は予定通り、あなたを一日貸してちょうだいね?」

「はい、お養母さま」


 伯爵家絡みの騒動が収まった後のある休日。

 俺は、養母である公爵夫人に一日拘束されることになった。

 あらかじめ指示を受けていた俺は朝食の席での念押しに頷いて、


「衣装はどうしましょう? せっかくですし、裸婦画も良いかと思うのですが」

「お姉様、冗談はやめてくださいませ」


 義妹から真顔でダメ出しを受けてしまった。

 ……通ったら喜んで脱ぐつもりだったんだが。


「学園の制服にしましょう。メアリィ、着付けをお願いね」

「かしこまりました。腕によりをかけ、最高のお姿でお届けいたします」


 あ、これ、着付けられた後の移動にも神経使うやつだ。


 というわけで、今日の予定は俺の絵を描いてもらうことだ。

 養父が国王に「絵姿で娘の素顔を見せる」と約束したからである。

 加えて「本当は可愛くないんじゃないの?」というやっかみを防ぐ意味合いもある。


 この世界に写真技術はないので肖像画なわけだが。


 ここで問題になったのは「誰が描くか」という点だ。

 素顔を描いてもらう以上、画家には生で顔を見せなければならない。

 となると男の画家は却下。

 女性でも、メアリィのように信者化してしまう可能性はわりとある。

 なにしろ画家というのはたいてい美しいものに目がない。


 ならば家族にうってつけの人物がいるじゃないか。

 そう、服飾画家でもある養母である。


 彼女にはもう素顔を見せているのでなんの問題もない。


「できました! いかがですか、アヴィナ様?」

「ええ。素晴らしい仕上がりだわ、さすがはメアリィね」


 銀色の髪はハーフアップに結って豪華に演出。

 制服は最も布が多くひらひらした構成。

 夏に向かいつつある今の時期だと少し暑く感じるものの、屋敷内は魔導具で冷房──もとい気温を下げることもできるのでなんとかなる。

 メアリィ以外のメイド──エレナや、応援の一般メイドたちがヴェールで視界を制限している中、素顔のアヴィナ・フェニリードが鏡の中で微笑む。


「本当はお化粧もしようと思ったのですが、アヴィナ様のお美しさには無粋というものですね」

「もう、メアリィ、それはさすがに言いすぎよ」


 とはいえ、子供の若々しい肌というのは大人がどれだけ羨んでも手に入れられない最高の美だ。

 今しか得られないこの輝きを化粧で隠してしまうのも確かに無粋か。

 ……俺の場合、美貌チートで後々までこの肌艶が維持される可能性もあるが。


「では、アヴィナ様。いったん仮面を被せます」

「ええ」


 ほう、と息を吐いたエレナたちがヴェールを外して、


「移動いたします。髪には触れず、袖や裾を翻さず、ゆっくりとした歩みを心がけてくださいませ」

「わかっているつもりだけれど、なかなか気を遣うわね」


 ちょっとの変化でも最高の状態ではなくなってしまうため厳重な警戒である。

 こうして移送された先は養母の仕事部屋。


「お部屋のほうにあるアトリエは以前拝見いたしましたけれど……」

「こちらの設備はなかなかのものでしょう?」


 養母が自慢げに言うだけあって、向こうよりも広く画材も揃っている。

 室内の温度は低めに設定されており、養母の傍らにはイーゼル。

 離れた場所に俺が腰かけるための椅子が置かれていた。


 公爵夫人の専属たちはみな、衝撃に備えて厚めのヴェールを装着済みだ。


「アヴィナの使用人はメアリィだけで構わないわ」

「かしこまりました。では、我々は別の作業をしております」


 気温を整える魔導具を最大限発揮するためにも窓は開けられないし、使用人の出入りも最小限にしなくてはいけない。

 絵の情報を外部に漏らさない意図もあってか、窓にはカーテンまでかけられた。

 腰かけた俺の仮面をメアリィが受け取って。

 向こうの専属が差し出した本を膝に乗せる。


「聖印は表に出してくれるかしら」


 制服によって学園生時代の絵であることが、聖印によって大聖女の地位がわかる。

 本はまあ知的なイメージを付加する程度の小道具だ。

 よし、とばかりに頷いた養母は「では」と前置きして。


「始めるわ。……アヴィナはできるだけ動かないように」

「かしこまりました」


 答えて、軽く微笑んだ表情のまま固定する。


 ──絵を描いている間中、ずっと動くな。


 言うは易く行うは難し。

 写真撮影と違ってちょっと作業してはい終わり、とはいかない。

 なにもせずじっとしているというのはこれでかなり神経を使う行為だ。

 小学生くらいの子供だと言い聞かされてもなかなかじっとしていられなかったりするくらい。


 幸い、これに関してはわりと得意分野だ。


 『瑠璃宮』時代、俺は常に全身を意識しろと教えられてきた。

 意識して動かすことが得意ということは、意識して「動かさない」ことも得意ということ。

 客の自慢話を笑顔で聞きつつ「どこでぶった切ろうか」考えるなんて朝飯前。

 頭の一部で微笑を保つよう集中しながら、残りの意識はふっと抜く。


 思考と行動を切り離し、半分眠っているのに近いような状態でとりとめのない思考に耽っていると、


「休憩にしましょう」


 気づいた時には二時間ほどが経っていた。

 養母の使用人が淹れてくれた紅茶を飲み、ほっと一息。


「続きは昼食の後ね」

「お養母さま、そちらに行ってもよろしいですか?」

「ええ、もちろん」


 イーゼルに載せられたキャンパスは既にデッサンがほぼ終えられていた。

 単色とはいえ精緻なタッチで描かれた俺の姿は、この時点で見惚れるほどの美しさだ。


「お養母さまの絵は本当に見事ですね」

「かの『瑠璃宮』の絵師と比べたらどうかしら?」

「甲乙つけがたい出来かと」

「アヴィナは褒めるのが上手ね」


 昼食の席では義妹が早くも俺の絵を見たがったものの、


「出来上がったらたくさん見せてあげるから、それまで我慢なさい」

「はい。約束ですよ、お母様?」


 なんか絵だと逆に人に見られるの恥ずかしいな?


「使用人やお客様にも見てもらいたいし、家に飾る用にもう一枚は必要かしら」

「お養母さま。せめてしばらく日を開けてくださいますと」

「安心してちょうだい。複製が得意な画家に依頼すればいいわ」


 複製画というやつか。

 それなら俺当人を見せなくて済むし、城に献上したのとほぼ同じものを家に飾れる。


「せっかくだからロビーに飾りましょうか」

「素敵です! お父様とお母様、お兄様の絵も飾ってありますものね?」

「家族全員分を飾るのも趣があるわね。それじゃあ、あなたの絵も描かなくちゃ」

「わあ、楽しみです!」


 貴族家の屋敷に家人の絵が飾られるのは珍しい話ではないが……。

 訪れた人間にこぞって見られることになるとは。


「もう少し気合いを入れて身だしなみを整えるべきだったでしょうか」

「アヴィナ様、私の仕事はご不満でしたか?」

「そうじゃないわ。衆目に晒されると思うと不安になってきただけ」

「お姉様、朝は『裸婦画にしよう』と仰っていませんでしたか……?」

「ええ、そちらのほうが気楽だもの」


 義妹は「私にはよくわかりません」と難しい顔をした。


「もう少し頑張りましょう、アヴィナ。軽く色をのせてしまえば後は記憶を頼りに描けるわ」

「かしこまりました。精一杯モデルを務めさせていただきます」


 こうして完成した俺の肖像画は義妹が「素敵です!」とはしゃぐ出来で。

 速攻で複製が作られた後に城へと献上された。

 養父曰く、国王陛下はたいそうこれを気に入ってくれたそうで、


「城の目立つところに飾ろうか、と仰っておられた」


 いや、王族でもないのに城に飾られたらおかしいだろう。

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