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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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『瑠璃宮』の娼姫見習い アヴィナ -2-

 衣装に装飾品、化粧に香水。


「美しさは女の武器よ。だから、美を纏いなさい」


 女主人はただ、と、言葉を続けて、


「あなたに化粧はいらないかもね」


 『瑠璃宮』の新米娼姫アヴィナ、九歳。

 半年ほどの研修期間の間に俺の美しさにはさらに磨きがかかった。

 そろそろ二次性徴が始まってもいい頃合い、身体の中ではすでに準備が始まっているはずで、においや、どこと明確に言えない程度の微細な違いが俺の女らしさを高めている。


 長い髪に細い手足も女の象徴。

 貴族でもない限り男子は外を走り回ったり親の仕事を手伝ったりで日に焼けるし身体もしっかりする。貴族だって男は乗馬や剣の稽古をすることが多い。


 加えて、一流の娼姫たちを見て覚えた仕草。

 細部にまで気を配りながらゆったりと動かす。

 なにげない仕草の一つ一つを目に『留めさせる』。そうして足りない艶を補ってやる。


 衣装には、フリルとレースたっぷりのロングドレスを選んだ。

 お姫様が着るようなそれ──というか、実際のお姫様でもここまで飾り立てないだろうというくらいの念入りっぷり。

 個人的には布面積なんてこれでもかと削ってやりたかったが、初お披露目でそれはさすがに悪手と判断。

 最初から全力で落としにかかるのではなく、少しずつ本気を出していく。そうして「何度も通いたい」と思わせて沼に嵌めていくのも手管だと、俺は教わった。

 そして。




    ◇    ◇    ◇




「お姉さま方、本日より末席に加えさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


 男爵家の養女時代から教え込まれたカーテシー。

 娼姫たちは笑顔で俺を迎えてくれた。


「いい、アヴィナ? 一度ホールに出たらあなたも私たちと同じ娼姫。矜持を持ってお客様を迎えなさい」

「はい、お姉さま」


 『瑠璃宮』の人間が外で客引きすることはない。


 前いたところと違って客層は金持ちばかり。

 貴族に金まわりのいい商人、騎士に、時には他国からの賓客も。

 高級店なので客数自体は限られていて、庭があるので来客に身構えられる。

 娼姫はホール脇の部屋で待機し、揃って客をお出迎えする。


「ようこそいらっしゃいました、旦那様」


 高い天井の美しいホールに煌びやかな花が並ぶ光景は圧巻だ。

 客の大半は予約客なので品定めされる機会は少ないものの。

 美人に囲まれた男たちはそれだけで舞い上がって金払いが良くなる。


「おお、さすが『瑠璃宮』の姫達は今日も美しい。……それで、こちらが新しい姫君か」

「アヴィナと申します。どうぞお見知りおきくださいませ、旦那さま」


 最高級娼館ともなると馴染みの客に手紙を送ったりもする。

 俺のデビューも多くの客に知れされており、姉の指名客も俺に興味を持ってくれた。


「これは美しい。将来が楽しみだ」

「あら、旦那様? 今のうちから愛でておけば一番美味しいところを召し上がれますわよ?」

「おお、これは、そそられることを」


 娼姫からの援護射撃まで。


 『瑠璃宮』では一人も客を取れなくても一定の給金を保証している。

 また、他の娼姫の売り上げの一部を皆に還元するシステムも。


 急に時間の空いた客が本命とは別の娼姫を指名することもある。

 娼姫同士の仲が良ければ娼館全体の売り上げに繋がり、結果皆の給金も増える。

 団結力を高めつつ辞める娼姫を減らす取り組み、女主人、やり手である。


 まあ、とはいえ初日から客は取れないか──と思っていたら、


「可愛らしい、小さな娼姫のお披露目と聞いてね。一目見ようとやってきた」

「まあ、それは。アヴィナのためにありがとうございます」


 娼姫を厳選している分、新人はなかなか入らないらしい『瑠璃宮』。

 初めての客になる機会は貴重らしく、俺を求めて来る客がいた。


 相手が決まったら、メイド代わりの見習いを伴って客を部屋へ案内する。

 そして、ベッドやテーブル、椅子、食器棚に酒棚などが並ぶ広い部屋で客をもてなすのだ。


 安心していた分、初接客はめちゃくちゃ緊張した。

 と言っても、初接客からしばらくは女主人がサポートとして付いてくれた。


「あなただと身長的に棚に手が届かないしね」

「アヴィナ様にはまだ高級な酒器は扱わせられません」


 新米と見習いだけだと無理に酒を勧められたりとかもしかねないし、とてもありがたい。


 ──さて、仕事内容はというと。


 初物は当分お預けなので、基本的には酌をしながら話をするだけ。


 『瑠璃宮』は客から選ばれるだけではなく、客を選ぶ。

 買ったからと言って女を抱けるとは限らない。

 身体をどこまで許すかは店と当人の判断次第だ。

 

「旦那さまはなにをなさっている方なのですか?」

「あら、アヴィナ? お忍びの方もいらっしゃるのだから、こちらからは尋ねないものよ?」

「ははは、構わないさ。私はね、商いをやっている」


 振舞われる酒やつまみはもちろん一級品。

 気をよくした客はめったに怒らない。


「主人なら知っているかな? 東の領地で麦が不作になっているらしい」

「ええ、存じておりますわ。魔物の仕業ではないかと窺いましたけれど」

「ああ。奴らは作物を食い荒らすだけでなく瘴気もまき散らすからな」


 女主人は知識豊富かつ巧みな話術を持っており、俺のいい手本になった。

 現役引退済みだとは言うが美貌はまだまだ健在で。

 豊富な経験から来るテクニックは、身体に指一本触れさせることなく男を自分に惹きつける。


 これが女の強さだと、俺に実感させるには十分なほど。


 また、時には他の娼姫と一緒に呼ばれて二人で相手をすることも。

 俺には女主人や娼姫たちのような話しぶりはまだ無理なのだが、


「それで構わないわ、アヴィナ。だってあなたは子供なんだもの」

「子供……。幼さを武器にしろ、ということですか?」

「察しの良い子は好きよ。そう。あなたなら『知っている』ではなく『知らない』を武器にできる。もちろん、知っていることを知らないことにすることもね」


 そこで抜け目なく「面白い話が聞けたら私にも教えてね」と囁く彼女。

 自分の話を笑顔で聞いてくれる少女、しかも礼儀はしっかりしていてお酌までしてくれる──うん、確かに強い。

 気を良くしてくれれば重要情報がこぼれることもある。

 女主人はそういうのを集めて活用するのだ。


 ただの風俗店と侮ることは絶対にできない。

 売られて売られてここにたどり着いたのだから、案外俺は運が良いのか。


 教えられたことも、実演して見せられたことも、吸収できるように必死で食らいついた。




    ◇    ◇    ◇




 必死でも、必死に見えてはいけないというのが難しい。


 失敗はいくつもした。


 客の服に酒をこぼしてしまい、慌てて拭いて謝ったり。

(服は女主人が魔導具でクリーニングしてくれた)

 客の名前を間違えてしまったり。

(目を潤ませた上目遣いで許してもらった)


「頭を撫でるくらいなら構わないだろう?」

「そうですね、それくらいでしたら」


 リピーターだったので少し気を許したら「抱かないと撫でられないだろう?」と腕を回されそうになったり。

 その時は悲鳴を上げ、見習いも用心棒を呼んでくれて事なきを得た。

 客はというと、


「そいつが俺を誘惑するのがいけないんだ!」

「そうですか。それで、お客様? 出入り禁止になるか、騎士団においでいただくか、どちらがよろしいですか?」


 一歩も引かない女主人によって出入り禁止を言い渡された。


 上手くいかないと落ち込むこともあったものの──。

 努力の成果か、少しずつ客の話についていけるようになり、会話の間を察せるようになって。


「ふふっ。旦那さまったら、お上手ですわ」

「ははは。アヴィナが聞き上手だからだろう」


 酒やグラスを用意するだけなら着飾った下働きに指示すればいい。

 酒を勧め、つまみを手ずから相手の口に運んで甲斐甲斐しく振舞う。

 酒はまだ飲ませてはもらえないが、果実の搾り汁を美味しそうに飲むだけでチップが飛び出す。


 手放しでもそうそう客に失礼を言わない、あるいは失言をリカバリーできるようになれば一人前。

 デビューから半年──『瑠璃宮』に来ておよそ一年が経つと、俺は女主人から「一人で客を取っていい」と許可をもらった。

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