『大聖女』アヴィナ -6-
「よく来てくれた、アヴィナ・フェニリード」
「とんでもございません。陛下のお召しとあらば直ちに参ずるのが臣下の務めでございます」
「うむ。……しかし、この場は楽にせよ。
今回の用件は『公爵家の令嬢』ではなく『神殿の大聖女』に向けたものだ」
謁見の間にはいつも以上に緊迫した空気が流れていた。
原因はいくつかある。
一つは、両王妃に第一王子、さらに第四王女と複数の王族が集まっていること。
一つは、件の伯爵父娘が拘束された状態で跪かされていること。
一つは──俺が極薄の衣を纏っていること。
セレスティナやラニスとお揃いで仕立て、効果のお墨付きを得たあの衣だ。
本日、俺に付き従う形で来訪している神官長、そしてセレスティナは「もうどうにでもなーれ」という顔だが。
俺としてはたいへん気分が良い。
四方八方から突き刺さる視線が気持ちいいし、なにより、
「顔も含めた全身を薄絹で多い隠した神の現身か。感嘆するより他にない美しさよ」
「身に余る光栄でございます」
公の場でこの衣を纏うことを、他でもない国王が許容した。
以降、この衣は大聖女の装いとして「可」と見做される。
「少々、美しすぎて目のやり場に困るがな」
「存分にご覧下さいませ。見られて困るものはなに一つ纏っておりません」
「……本当に下着をつけていないのではあるまいな?」
誰かが呟くのが聞こえたが、さすがにそこまで恥知らずではない。
単に可能なかぎり目立ちにくい下着なだけだ。
こちらも試作を経て正式に仕立てた新衣装。
……配慮しすぎて逆にエロい? うん、俺もそう思うが敢えて言う必要もない。
ちなみに養父である公爵は先に参上して国王の傍らに立っている。
「さて。其方をこの場に呼んだのは他でもない。
他者の記憶を映し出す奇跡とやらをこの場で披露してもらうためだ」
「かしこまりました。……しかしながら、陛下。ひとつ懸念がございます」
「ふむ、申してみよ」
「以前試した際には対象の同意がありました。
抵抗を受けた場合、うまく再現できないかもしれません」
これを受けて口枷を外された伯爵父娘は、
「娘のしでかした事とはいえこれは我が家の責任。アヴィナ様には心より謝罪致します故、どうか寛大なるご処置を!」
「なにを仰るのですかお父様! 陛下、その女を信用してはなりません! アヴィナ・フェニリードは国を滅ぼす毒婦! その言葉になに一つ真実などございません!」
「黙らせよ」
「はっ」
再び枷を嵌められてなお、むーむーわめく令嬢は放置して、
「構わぬ。成否の条件も含めて試してみるとしよう」
「かしこまりました」
騎士に押さえつけられた令嬢に軽く触れ、祈りを捧げる。
直後、ごっそりと体力が持って行かれるような感覚があった。
エレナに支えられながら記憶再生を継続すると、
『忌々しいあの女! お父様、どうにかしてくださいませ!』
『落ち着きなさい。確かに公爵令嬢は厄介だが、不用意に手を出して良い相手ではない』
『ですか!』
『落ち着きなさいと言っている。……もし手を出すのであれば、確実に仕留めなくてはならぬ。
わかるか? 生き残ったかの令嬢に逆襲を許してはならぬのだ』
『そうだわ。平民を使ってアヴィナを襲わせればいいのよ!
いい? 足がつかないようにスラムの人間を買収してあいつを殺させなさい』
『どうして!? どうしてバレたのよ!?』
『確実に殺せと言っただろう! こうなってはもうお前を生贄にする以外ない!』
『そんな、お父様!?』
『ええいうるさい! こうなったのも全てお前のせいだろう!』
『憎い、憎い憎い憎い! こうなったら私が直接殺してやるわ!
そうすればお父様も考え直してくださるはず!』
『ああ、もういいわ! 学園に入れないというのなら、この品物と手紙を友人に渡してちょうだい!
いい? 確実に渡すのよ! 中身? ただのお菓子よ、それでいいでしょう!?』
しん、と、その場にいた誰もが静まり返った。
いや、第一王子は笑いをこらえていたし、第四王女──ルクレツィアは呆れかえっていたが。
倒れそうになってまで記憶を覗いた甲斐はあったらしい。
「どうやら、伯爵。其方にも責任の大部分があるようだ」
「なっ!? お待ちください陛下、このような得体の知れない現象を信用するなど!」
「くどい!」
怒声が謁見の間に響き渡り、伯爵はその剣幕に口を閉ざした。
「其方の家の使用人からも裏付けは取れている。
証言とも一致する以上、十分信用に値しよう」
そもそも伯爵家の関与は状況証拠からほぼ確定している。
奇跡はクロかシロかをわかりやすくするためでしかない。
「伯爵家当主が公爵令嬢殺害に加担するなど言語道断。
よって、伯爵は重罪とする」
「────」
伯爵はがっくりと項垂れながら国王の裁可を聞いていた。
なにがなんでも政争に勝とうとした貴族が失敗して消えていく。
これは、俺に口を出せる問題じゃない。
「伯爵令嬢に関しては、父親の教育不行届もあろう。
貴族籍剥奪の上、神殿での生涯奉仕か娼館送りとしても良いが──アヴィナよ、どう考える?」
「恐れながら陛下、彼女のような不心得者は神殿に必要ございません。
また、『瑠璃宮』の元娼姫として申し上げます。
自ら学び、励む気もない者はかの娼館に身を置く資格もないかと」
「良かろう。ならば、母娘については貴族籍剥奪の上、家の資産の半分を没収。
都から永久追放とする」
その後、俺がこの令嬢と出会うことはなかった。
冷たい対応かもしれない。
けれど、邪魔者は殺せばいいとするような女を大切な姉や、頑張っているラニスに会わせたくない。
別に俺は無差別に愛を振く聖人ではないのだ。
そして、この一件を機に『軍拡派』はその勢いを減じさせることになる。
俺の示した奇跡によって犯罪捜査への神殿利用の可能性が示されたこと。
下手を売った軍拡派が厳格な処罰を受けたこと。
アーバーグ侯爵家がここぞとばかりに国王の判断を称賛したことなどが原因だ。
また、伯爵令嬢が『ヴァルグリーフ辺境伯令嬢』の関与を主張したことにより──第三王子ウィルフレッドの婚約者候補に関して再考が決まった。
「アヴィナよ。其方には今後、重要案件の捜査に協力を依頼することになるだろう。
どうか快く引き受けてもらいたい」
「神の御心に反さず、奇跡の力が正しく利用される限り、喜んでご協力いたします」
俺は恭しく答えたうえで、
「陛下。大聖女ではなく公爵令嬢として、一つお願いがあるのですが……聞いていただけますか?」
「良かろう。申してみるがいい」
「ありがとうございます。……では、おそらくわたしがウィルフレッド殿下の婚約者候補である限り、同じような諍いが起こります。
どうか、わたしを婚約者候補から外していただけないでしょうか」
ウィルフレッドの婚約話自体が白紙になりかねない懇願をはっきりと告げた。