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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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公爵令嬢アヴィナ・フェニリード -10-

 歩いていくうちにスラムの入り口付近まで到達した。

 俺はそこで過去視を一時停止。


「……歩きながらだと二倍疲れますね」


 肌に浮かんだ汗をメアリィが丁寧にふき取ってくれる。

 騎士はこちらを心配そうに見て、


「続きはまた明日にしましょうか?」

「いいえ。おそらく日数が経つほど視るのは難しくなります」


 とはいえ、人が多くなってくると別の問題も出る。


「足を止めたまま映像──過去視の中の情景だけを移動させられれば……あ、できました」

「できるなら最初からやってくれよ」


 ジト目でツッコんできたのは幸いヨハンだけだったが。


「わたしも今思いついたんだもの。……とにかくこれで歩く必要はないわ」


 周りの情景から黒ずくめがどこに向かっているかはわかる。

 騎士たちの観察が追いつく程度の速度で再生を続けて、


「平民街の……民家?」

「なるほど、着替えか」


 入ったのはなんの変哲もない家。

 ごくごく普通の平民服に着替えた彼は何食わぬ顔で出て、今度は平民の中でもそこそこ裕福な一角にある宿に入った。


「この男、どこかで見覚えがあるな」

「もう少しでその答えがわかるかもしれません」


 再度の着替えを行った後、彼は少し離れたところで馬車に乗り込んだ。

 紋章入り。そのままとある貴族の屋敷で止まり、


『お帰りなさいませ、───様』


 もう十分だろう。俺は過去視の再生を終了した。

 足に力が入らない、崩れ落ちそうになる身体をメイドたちが慌てて支えてくれる。

 ヨハンは狼狽えたような表情で手を差し伸べてくるも、メアリィに「触ったら殺すぞ」くらいの目で見られて思いとどまった。


「相手の名前、所属、動向。これだけわかれば手がかりになりますか?」

「十分すぎます。もちろん、過去を視たなどと言っても信じるかどうかはわかりませんが」

「念のためにお伺いします。アヴィナ様はあの家を訪問されたことは?」

「ありません」

「ありがとうございます。では、後は我々であの民家と宿、そして貴族家を当たります」

「よろしくお願いいたします」


 後は結果に期待することしかない。


「では、わたしたちは家に帰りましょう」

「寮でなくてよろしいのですか?」

「屋敷のほうが近いし、安心して眠れるでしょう?」


 スノウを抱きながら眠ったらぐっすり眠れて、疲れもだいぶ取れた。




    ◇    ◇    ◇




「おはようございます、アヴィナ様」


 みゅみゅ。


「おはよう、エレナ。スノウもおはよう」


 俺にしては珍しく朝寝坊してしまったらしい。

 目覚めるとエレナが準備万端待機していた。


「朝食を摂る暇はあるかしら?」

「はい。旦那様は『最初の授業を見送っても構わない』と仰っております。

 準備が整いましたら私室にお招きいたしますので、合わせて朝食をお摂りください」

「なにか動きがあったのね。わかったわ」


 風呂に入って汗を流してから着替えをする。

 家と寮の両方に替えの制服を置いていてよかった。

 昨日着ていたものは一度クリーニングしないと汗のにおいが気になる。


「制服、わたしが浄化してもいいのだけれど」

「まだ本調子ではないのでしょう? 魔導具で洗浄いたします」


 こういう時はパーツ組み換えシステムでも対応できない。

 ……一応、分解して洗えば洗いやすいか?


「おはよう、アヴィナ。気分はどうかな?」

「疲れは残っておりますが、授業を受ける程度なら支障はございません」


 私室のテーブルに簡単な朝食が用意され、養父が訪問してきた。

 彼は食事を摂る俺の向かいでお茶を飲みつつ、


「そうか。なら、今日は騎士を連れていってくれ」

「騎士ですか?」

「ああ。もしかするともう一波乱あるかもしれないんだ」

「詳しくお聞かせください」


 例によって会話の内容は防音の結界によって守られている。


「君と別れた後、騎士たちは応援人員と共に本格的な調査に乗り出した。

 結果は、残念だが芳しいものではなかった」

「相手の撤収のほうが早かったと?」

「ああ。着替えに使われた家からはめぼしい物が持ち出されていた。

 伯爵家に問い合わせたところ、執事は解雇されていたよ」

「あまりにも急すぎますね」


 やましいところがあるから隠しましたと言っているようなものだ。


「今のところ消息もわかっていない。おそらく既に口を封じられているだろう」


 俺は思わず、トマトスープを飲む手を止めてしまった。


「しかし、収穫がなかったわけでもないんだ。

 家の床に黒マントの切れ端が残っていたし、部屋を借りた記録も確認した。

 宿の者に尋ねた人相も過去視と一致している」

「そこまでわかれば、黒マントの男が伯爵家の使用人だったことは突き止められますね」

「君に恨みのある家だからね。ほぼ確定だろう」


 今度はパンをちぎる手が止まって。


「わたしに恨みのある伯爵家──まさか」

「そうだ。君にやり込められて停学にされた令嬢の実家だよ」


 直接嫌がらせをしてくるぐらいの過激派、と考えれば逆に納得ではあるが。


「ここでわたしに手を出せば、かえって状況を悪くするだけでは?」

「そう判断できるだけの思考が残っていれば良いんだけどね」


 ティーカップが音を立てずソーサーに置かれて。


「追い詰められた者は、なにがなんでも目的を果たし『痛み分け』に持ち込みたがる」




    ◇    ◇    ◇




「アヴィナ・フェニリード様、門番より伝言がございます」


 入学時は歩いて門をくぐるしきたりだが、以後は馬車で中に乗りつけもできる。

 通すべきかどうかは門番が御者の顔や馬車の質、紋章の有無などで判別。

 問題なく通された俺がエレナにつかまり馬車を降りると、学園のメイドが近寄ってきた。

 害意が無いことを示すため少し離れて止まった彼女は、


「本日朝、停学中の伯爵令嬢様が門を押し通ろうとなさいました。

 立ち入りは拒否いたしましたが、念のため身辺にご注意ください」

「ええ、わかったわ。……教えてくれてありがとう」


 学園の門番は優秀だ。

 出禁の人間は止めるし、馬車が違ったり使用人を連れていない場合なども確認が入る。

 荷物ももちろん検査されるので、危険物の持ち込みはかなり制限される。


 ──それにしても、本人が学園に来ようとするとは。


 二つ目の授業から出席した俺は何事もなくその教室を出て。

 女騎士と共に歩き出したところで、視線を察知。

 騎士に目くばせすると軽い首肯が返ってきた。

 歩くと視線はついてくる。


「花を摘む時間はあるかしら」

「お供いたします」


 校舎内のトイレは広い部屋に大きなめの個室がいくつも並ぶ形式。

 他の令嬢(使用人や護衛付き)と無理なくすれ違えるくらい通路にも余裕がある。


 扉の前にお付きが立つことも多いものの中の音は漏れにくいつくり。

 個室の壁に隙間はなく、上から覗かれたり水をかけられたることはない。

 個室の扉を開いたあたりで、トイレに誰か入ってきた。


 ちらりと見た相手はどこか気弱げな令嬢だった。

 メイドを一人連れていて、それぞれなにか包みを抱えている。


 内から外と違い、外からの声はある程度聞こえてくるのだが──。


「公爵令嬢様になにかご用ですか」

「お嬢様はフェニリード公爵令嬢に大事なお話があるのです」

「では、あなた方が抱えている物を検めさせてください」

「っ!」


 幾つかの物音が立て続けに響き──外からノックの音。


「終わりました」


 外には昏倒するメイドと、涙目でガタガタと震える令嬢の姿。

 ダンスパーティで俺を罵倒した三人ではない。

 が、制服の紋章からして軍拡派の下位貴族。


「あ、アヴィナ・フェニリード公爵令嬢」


 床に落ちて引き離された包みの中身は果たして、


「申し訳ありませんが、わたしに毒の類はあまり効果がないかと」

「え、あの、毒って」

「別の方に唆されたのであれば、包み隠さず話してくださいませ。

 もしも『それ』が毒物や攻撃用の魔導具なら、あなたは公爵家を敵意を向けた罪人です」

「あっ……ああっ……」


 彼女は涙ながらに拘束を受け入れると、別室ですべてを打ち明けてくれた。


「伯爵令嬢様から、あの包みを公爵令嬢様にお渡しするように、と……!」


 調査の結果、包みの中には毒入りの菓子が入っていた。

 食品は贈答にもよく使われるため規制が緩い。

 また、魔導具でも毒をすべて検知するのは今のところ不可能。


 持ち込むならねらい目だが──仮に受け取っていてもメイドによる検品、毒見がある。

 目論見はまず上手くいかなかっただろう。


 食べ物を持ち込む場所か、とは言いたいが。

 中身を知らなかったことに信憑性が生まれるし、渡した現場を大人数に見られずに済む。

 逃げ出そうとしたのは悪手だが、命令された令嬢も彼女なりに保身をしていたようだ。


 気弱令嬢への処分は一週間の謹慎および厳重注意。

 一方、伯爵家には新たに罪状が追加され──言い逃れはほぼ不可能になった。

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