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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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公爵令嬢アヴィナ・フェニリード -9-

「では、声をかけてきたのは黒ずくめの男で、顔も隠していたと」

「ああ。……たぶん、そんなに若くなかったとは思うけど、口を隠してるせいで声もこもってたし」

「紋章は? こうした模様はどこかについていなかったかな?」

「ない。誰なんだって聞かれても『知る必要はない』としか言ってなかった」


 まあ、普通に考えて足のつくような真似はしないよな。


 貧しい平民や旅人を金で釣って操るのはあと腐れのない工作として常套手段だ。

 生活に困っている者は多少怪しくても自分の利益のほうを優先しやすい。

 別に死んでも困らないし、捕まったとしても彼らの証言が重要視されることは少ない。

 顔や声を隠しておけばなおさら安全だ。


「ふむ。……スラムを張らせれば尻尾を出す可能性はあるか?」

「わたしがだいぶ綺麗にしてしまいましたので、逆に部外者がいると目立ってしまうかと」

「張り込みを察して逃げられるか。そう上手くはいかないものだね」


 息を吐く養父。


「アヴィナ? 奇跡の力で手がかりは得られないものかな?」

「そうですね。試したことはありませんが……」


 ヴィオレいわく「奇跡はなんでもできる」らしい。


 仮に四次元ポケットくらいの自由度があるとしよう。

 向こうは少なくとも常識的な範囲で足がつかないように動いている。

 予想を超えるには常識を超えるしかない。

 例えばこの世界に監視カメラはない、なら相当するモノを作り出せれば?


「お養父さま。例えば、魔法で人の意識を直接読み取ったり、過去の情景を映すことはできないのでしょうか?」

「前者は研究されてはいるけれど、実用化には遠いはずだよ。

 後者は、あらかじめ保存した光景であればできなくはないが……」

「では、だめでもともと、神に願ってみましょう」


 たしか、神殿の教えの中には「神は過去すらも詳らかにする」とあった。

 魔法でできることは奇跡でもできるが、魔法でできないことでも奇跡ならできるかもしれない。


 少しでも成功率を上げるために薄いドレスに着替える。

 ラニスたちと着たあれを神殿に置いてきてしまったのが残念だ。

 ともあれ聖印を握り、跪いて神に祈る。


「神よ。どうかこの者の記憶を蘇らせ、わたしたちの前に示したまえ」

「うわっ……!?」


 まばゆい光がヨハン少年に注がれたかと思うと、それが浮かび上がって空中に像を描き出す。

 投影された映像には、ヨハンに見上げられていると思われる黒い男の姿がありありと映った。

 成功だ。


「すっ、げえ……!?」

「これは、奇跡と魔法の概念が変わりかねないな」


 驚かれるのも当然だ。

 思考の読み取りなんてファンタジー通り越してSFの領域。

 けれど──成果として得られた情報は。


「確かに紋章も、目立った特徴もないね」

「そうですね……」


 収穫なし、強いて言えばヨハンの話の信憑性が増した程度。


「会話の内容も聞くことができましたので、偽情報の線もほぼないでしょう」

「アヴィナ。先ほど言っていた後者の奇跡も可能かい?」

「試してみる価値はあると思います。……ただおそらく、現地へ赴かなければなりません」


 遠くからだと成功率が落ちるのは魔法と共通する基本法則。

 しかし、


「現状でスラムに向かうのは危険だね」


 報酬目当てに次々とスラムの住人が襲ってくるかもしれない。

 養父は「結論は後回しにしよう」と告げてヨハン少年を見た。


「ヨハン。君に家族はいるかい?」

「……いる。二歳下の妹だ。だから、解放してくれるなら早く帰りたい。

 殺すならせめて俺だけにしてくれ」

「殺したりはしないから安心しなさい。……ただ、このまま帰ったら君は殺されるかもしれない」

「はあ!? どういうことだよ!?」

「あなたの行動が見張られていた場合、わたしたちに余計なことを喋ったからと恨みを買うかもしれないでしょう?」


 少年は「あっ……!?」と声を上げて両手を握りしめた。


「謝礼を渡すことはできる。が、その場合、君は殺され金も奪われるかもしれない」


 金貨数枚渡す程度、こちらとしては痛くないし、ヨハンが死んでも害はないが。

 寝覚めは良くない。


「アヴィナ、なにかいい案はないかな?」


 この養父、絶対脳内にプランが出来上がっている。


「お養父さまにお許しいただけるのであればですけれど、わたし、手足がもう少し欲しかったのです」

「ふむ、手足かい?」

「ええ、可能なら目や耳も。使用人教育から始めて、ゆくゆくは伝令や情報収集も任せられれば」


 エレナとメアリィはよくやってくれているが、信頼できる部下がもう少し多いとできることも増える。

 スラムや平民街での情報収集が必要になることもあるだろう。

 この提案に養父は「いいね」とすぐに頷いた。


「どうだろう? ヨハン、この屋敷で雇われる気はないかい?

 着るもの食べるもの、住むところには困らないし、毎月給料も払おう」


 問われた少年はまるまると目を見開いた。

 学のないスラム育ちでも、これが大きなチャンスであるのはわかっただろう。


「それは、妹も一緒でいいのか?」

「ああ。適性次第ではあるが、おそらく仕事や部屋は別になるけどね。

 休憩時間や夜に話をするくらいならもちろん構わない」

「やる。あそこを出て、あいつに良い暮らしをさせられるならなんだってやる」

「いい顔だ。案外、拾いものかもしれないね、アヴィナ」


 誰かのために真剣になれる者は信用できる。

 俺は微笑んで「ええ」と答えて、


「まずは言葉遣いから教育しなくてはいけませんね」


 私兵複数名による護衛のうえ、ヨハンの妹は無事に回収できた。

 適性を見た結果、ヨハンには剣や体術と並行して小間使いとしての仕事を。

 妹はメイドとして一から教育されることになった。

 ……ものになるかはともかくとして、ひとまず敵に害される心配はないだろう。




    ◇    ◇    ◇




 しかし、噂の王弟殿下に会いに行くどころではなくなってしまった。

 養父母の了解は得られたので面会依頼は出すことにするが、


「スラムの件が片付いてからのほうがいいだろうね」

「そうですよね」


 悩みはしたものの、おそらく決行するなら早いほうがいい。

 警戒していれば大きな危険はないはずと俺は決断した。


「ならば、騎士団に応援を要請しよう」


 大々的になりすぎても気取られやすくなるので、三名の騎士をレンタル。

 借りたその場でスラムに向かい、敵に対処の時間を与えないことになった。

 なんとヨハンの来た日の翌日のことである。

 日付回ってた気がするので当日かもしれない。

 俺は普通に授業に出て、放課後騎士たちと合流した。


「再会の日を待ち望んでおりました、アヴィナ・フェニリード様。

 仲間の命をお救いいただいた恩、忘れたことはございません」

「え? ……あ、もしかして、あの時、あの場にいた騎士さまですか?」

「はい。その節は本当にお世話になりました」


 思わぬ再会を経て、スラム。

 馬車を降りると騎士+公爵家の私兵に囲まれて。

 さらにその内側でエレナとメアリィが傍らに控える。

 道案内のためにヨハンも一緒だ。


「こっちだ。……こっちです」


 なんだなんだと視線が集まってくるも、騎士が声を張り上げて。


「フェニリード公爵家のアヴィナ様がお見えである。

 不審な者には相応の対処を行うと心得よ!」

「フェニリード」

「アヴィナ」


 ぎらぎらとした視線がいくつか、突き刺さってくるのがわかる。

 同時に無邪気な子供が「あ、聖女のおねえちゃんだ!」と声を上げて。


「今日はごはんくれないの?」

「ごめんなさいね。今日は別の用事なの。怖い人がいるから離れていたほうがいいわ」

「はあい」


 残念そうにしながらも離れていくその子。

 スラムの住民全てが敵になったわけではないのだ。

 いや、むしろ、なにか企んでいそうなのはごく一部か?


「ご安心ください、大聖女様。我々が必ずお守りいたします」

「ええ、ありがとうございます」


 騎士の士気も高いし、これなら心配は──。


「アヴィナ・フェニリード! お前が死ねば!」

「……だから、警告しただろうに」


 さらに路地に入ったところで躍りかかってきた者たち。

 一刀のもとに切り伏せられる彼らに、ヨハンが「ひっ」と声を上げる。

 俺も少し息が詰まったが──事故や飢えと違って自業自得だ。


 同類が倒れるのを見たらさすがに後続も立ち止まった。


「ここだ」

「では、アヴィナ様」

「ええ。……神よ、どうか、黒き衣の者の行動を詳らかに表したまえ」


 願いは、うまく届いた。

 黒ずくめの男の姿が浮かび上がり、俺たちの目に映る。

 早送りも可能なようなので、俺は奇跡を維持しつつ騎士たちを連れて男の移動先を追っていく。

 立体映像を連れて歩く仮面の令嬢がスラムの住民にはどう映ったのか。


「なんだこれは」

「すげえ」


 作法を知ってたら拝まれてたんじゃないかという雰囲気の中、追跡は続けられた。

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