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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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『大聖女』アヴィナ -6-

「……本当によろしいのですか?」


 ダンスパーティが始まったのは夕方から。

 中座したとはいえ、あれこれやっていたのでとっくに夜になっている。

 場所を変えて、今は俺の自室。


 ──良いのかとは、部屋で二人っきりの状況についてではないだろう。


 ヴェールを被ったままの俺は「構いません」と微笑む。


「フラウさまと同じです」

「私と?」

「はい。あなたがわたしなら、と思ってくださったのと同じで、わたしもあなたなら、と思った。それだけのこと」

「……あの、アヴィナ様は本当に孤児だったのですよね?」


 今更そこを疑われても「もちろんです」としか答えようがない。


「姉や養育者の教育が良かったのでしょう。……それよりも、フラウさまは殿下との婚約がお嫌ですか?」

「嫌、というわけではありません」


 フラウは自分の前のティーカップをじっと見つめた。


「殿下の純粋さは好ましいと思っております。

 ですがおそらく、私ではあの方の美点を壊してしまうでしょう」

「それを懸念している方は、そうしないよう努力できるのでは?」

「生まれ育った環境による性格は、簡単には変えられないのです」


 三つ子の魂百まで。


「争いは当然です。……世にはただ、敵と味方がいるだけ」

「味方の幅を広げる決断をしてくださっても、戦い自体を忌避することはできないのですね」

「はい。生きることは闘争だと、私は思っております」

「それほどまでに、辺境伯領の生活は厳しいのですか?」


 都にいる限りでは、人々の生活はそれなりに安定しているように見える。

 城壁と見張り、弓兵を配置してさえいれば魔物が都の中まで侵入してくることはほぼないと。

 フラウは苦笑を浮かべて「いいえ」と答えた。


「我が領でも、兵らの尽力によって被害は食い止められております。

 ですが、私は、犠牲になって死んだ兵の顔を何度も見たことがあります」

「……フラウさま」


 俺だって同じだ、と思った。

 浮浪児が馬車に跳ね飛ばされる音と、跳ね飛ばされた後の肉塊を見たことがある。

 だから、そうなる人間を一人でも減らしたいと神殿改革に努めている。


「兵が増えれば一人当たりの負担は減ります。練兵の質を上げられれば同様に。

 予算に応じた適切な配置など、犠牲を無視した効率論に過ぎません」


 だけど、過剰な兵を配置すれば、それは。


「フラウさま。わたしは、聖職者は必要なものと考えております」

「瘴気は魔物を倒すことで減らせますが、浄化しない限り消滅はしません。

 ……土地をまるごと浄化でもできれば、理論上、魔物の発生は激減するでしょうが」


 辺境伯令嬢は「できるわけがない」という顔をしている。

 実際、今のままでは不可能だろう。

 ならば、


「神殿改革をより急がなくてはなりれません。わたしにできることは多くありませんが」


 急かす程度はするべきなのだろう。




    ◇    ◇    ◇




「わたくし、アヴィナ様とほとんどお話もできませんでしたわ」

「申し訳ありません。紆余曲折のうちに慌ただしくなってしまいまして……」

「いいえ。むしろ謝らなければなりません。

 元はといえばこちら側の不始末ですもの」


 『聖女』セレスティナ・アーバーグと馬車に同乗している。

 公爵家の馬車は広めの作りなので令嬢×2+使用人各2でも狭苦しくないものの、互いの使用人は若干気まずそうである。

 なにしろ対立派閥同士だ。

 雇われの身ではいざこざも起こせない、という状況は少しストレスかもしれない。


「セレスティナさまは軍拡派内の穏健な者を担当していらっしゃるのでしょう?」

「だからと言って、フラウ様に一任しているわけではありませんわ。

 ……そもそも、学内の派閥は先輩方から引き継いだものですもの」


 派閥がいっぱいで混乱するが──派閥というのは貴族、というか一定規模以上の集団につきものだ。

 例えばコンビニバイトだって「店長だって頑張ってるんだよ派」と「バイトリーダーの意見が正しい派」がいたりする。

 保守派と軍拡派それぞれに穏健派と過激派がいるし、学内派閥の外側には大人たちも含めた国内の派閥争いがある。

 セレスティナとフラウが統率しているのはあくまでも学内の令嬢だけ。

 それだって、先輩から後を任されただけの、部活の長のような地位にすぎない。


 侯爵令嬢は金の髪をくるくると指で巻きつつ、はあ、とため息。


「わたくしもアヴィナ様ともっと仲良くしたいのですわ。

 穏健な軍拡派は、穏健な保守派とそれほど思想が変わりませんもの」

「要は分配比率の問題であって、どちらかが不要とは考えていない……というわけですね?」

「ええ。聖女であるわたくしは神殿が不要、とは口が裂けても申し上げられません」


 向いていないとは思いつつも神殿の現状に心を痛めている。

 家格も考慮すれば、彼女以上の聖女はそうそういない。


 ……あれ、神官長ナイスプレーだったのでは?


 軍拡派のアーバーグ家を取り込むことで神殿が生き残る目を増やしつつ、奇跡の有用性を広めやすくした。

 いけ好かないとか勝手なことを思って申し訳ない。

 俺は防音の魔導具が作用していることを確認しつつ、


「セレスティナさま。わたしは、早急に皆の奇跡の力を引き上げたいと考えております」

「そうですわね。皆が助かるのですもの、是非もありませんわ」


 どうやら意見は一致したらしい。

 俺はにっこりと笑って、


「では、セレスティナさまにもご協力いただけますね?」

「え?」




    ◇    ◇    ◇




「本当に! アヴィナ様とは趣味が合いませんわね!」


 神殿内、俺用に宛がわれている控室に聖女の声が響き渡った。


「わたくしに肌を晒せだなんて信じられませんわ」

「セレスティナさま、異なる意見を頭ごなしに否定するのはいかがなものかと」

「でしたらわたくしの趣味も尊重してくださいませ!」

「わたしは普段、皆さまの常識に合わせておりますが」

「う」


 聖女が「ああ言えばこう言う」と言いたげに口を閉ざした。

 俺のお願いでこの場に同席している巫女ラニスは聖女通しの言い争いを困った顔で聞いており、


「アヴィナ様。セレスティナ様の言い分ももっともかと」

「奇跡の力の向上はラニスも体験しているでしょう?」

「それはそうですが……。教えられてきた常識や価値観は簡単には塗り替えられません」

「では、上の者が規範とならなければなりませんね」


 運ばれてきた衣装の箱をエレナとメアリィが協力して開ける。


「これは……」

「大神像を参考に作らせました、神の衣です」


 高級な糸を用いることで実現した極薄かつ滑らかな質感。

 各所に聖なる印や神話をモチーフにした紋章が刺繍されており、清らかなイメージを強調している。

 脇など何か所かにさりげなく紐をつけて絞ることで身体にぴったりとしたラインを出せる。


「……美しい」


 敬虔な神の信徒であるラニスが思わず、といった様子で呟く。


「こちらをアヴィナ様が纏えば、きっと皆の信仰も増すことでしょう」

「待ちなさいラニス、アヴィナ様はこれをわたくしたちに着せるつもりですわよ?」

「そ、それは少々恐れ多いと申しますか、気恥ずかしいと申しますか」


 ええい、ごちゃごちゃとまどろっこしい。


「せっかく三人で着ようと人数分用意したのですけれど」

「!」

「残念です。では、こちらはお蔵入りですね」


 二人が着てくれれば俺も着て見せるんだけどなー、仕方ないよなーとちらちらしたら、ぐぬぬ、となったラニスが折れた。


「……かしこまりました、観念いたします」

「ラニス!? ……ああもう、アヴィナ様! 神殿の中だけですわよ!?」

「もちろんです。お披露目は巫女だけの席で行いましょう」


 こうして神殿内で透け透け清楚衣装の発表会が開催されることが決定した。

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