学園の新入生アヴィナ -6-
「フラウ様、お助けください! 私たちはただ正しいことを」
「敵は叩き潰すものだとあなたも仰っていたではありませんか!」
「──アヴィナ様、お怪我はありませんか?」
「……はい、問題ありません」
令嬢たちは伯爵家以下の家柄だった。
フラウ・ヴァルグリーフは同派閥の令嬢を無視し俺の心配をしてくれて。
「静まりなさい。……これがどういう状況か、説明できる者はいるかしら?」
凛としたルクレツィアの問いかけにメイドたちが証言を始めた。
エレナとメアリィだけではない。
相手方のメイドからも口を割る者が出た。
俺に偽のカードを送ってやり込める計画があった、と。
「あなた、裏切るつもり!?」
「そのお言葉は自白と捉えてよろしいでしょうか?」
「っ、ち、違います! そう、そうです、買収されたのかもしれません! 使用人の言葉などあてにならないでしょう!?」
窮地の令嬢は慌てて言い逃れようとする。
確かに、使用人は家具も同然。
主に不利な発言は普通しないため証言力はほぼない。
だけど、両サイドの使用人が同じ証言をしたなら別だ。
しかも今回は証拠そのものではなくその裏付け。
──令嬢たちは学園側に拘束され、3か月の停学を言い渡された。
買収されて協力した使用人は罰金のうえ解雇。
手ぬるい? いや、そんなことはない。
貴族社会は広いようで狭い。
学園の同級生と死ぬまで顔を合わせるのだから前科一犯も同じだ。
あいつ悪さして停学になったことあるんだぜー、と一生言われ続け、もちろん結婚にも響く。
両親にもめちゃくちゃ怒られるだろうし、勘当だってありうる。
「お友達に紹介するつもりが、こんなことになってしまうなんて……」
事情聴取などが終わった後、俺とルクレツィア、フラウは談話室の一つでテーブルを囲んだ。
見張りに防音の結界付き。
セレスティナも心配してくれたが丁重に気持ちだけ受け取った。
「紹介はまた後日とさせてくださいませ、アヴィナ様」
「はい。わたしも、まずはフラウさまにお話をお伺いしたく存じます」
フラウ・ヴァルグリーフは静かにティーカップを傾けると、ほう、と息を吐いた。
「非公式の場ですので、率直にお話させていただいてもよろしいでしょうか──ルクレツィア殿下」
「構いません。迂遠な表現を用いることで生じる誤解もあるでしょう」
「ありがとうございます。
では、端的に申し上げますが……今回の件は『軍拡派』の中でも特に過激な者たちの暴走です」
第三王女は茶請けのクッキーに手を伸ばすとさく、と小さく音を立てた。
「ヴァルグリーフ伯爵令嬢の指示だった、と受け取れる発言がありましたが」
「指示を出した覚えはありません。
確かに『敵は叩き潰すもの』と発言はしましたが、私、ならびに辺境伯家の信条を述べたまでのこと」
「ルクレツィアさま。擁護するわけではありませんが、わたしも同じ言葉をかけられたことがございます」
「そうですね。細かな聞き取りが行われるとしても、確たる証拠は出てこないでしょう」
被害も暴言を投げかけられた程度。
公爵家は基本王家の縁戚なので侮辱だけでも当然やばいが。
翠緑の瞳が瞼に覆い隠され、
「学園内の軍拡派は、セレスティナ様が穏健な者を束ね、私が過激な者の中心となっております。
男性に関してはすべて第一王子殿下の傘下です」
「つまり、彼女たちの暴走はフラウ様の責任、と」
「私からも心よりお詫び申し上げます。アヴィナ様に万一のことがなく安堵するばかりです」
「いえ、そんな。フラウさまからは忠告もいただきましたので、疑ってはおりません」
俺もルクレツィアもフラウが無関係と信じたわけではない。
おそらく「焚きつけはしたが、言質を取られるような真似はしていない」が真相だろう。
それでもフラウなら真っ向から潰しに来る。
潰すというか心を折る、正面から負けを認めさせる方向性だろう。
そう信じるだけの材料はある。
俺はメアリィにヴェールを着けさせてもらって仮面を外した。
温かな紅茶を口にすると緊張が解れる。
ルクレツィアはくすりと笑って、
「アヴィナ様の対処はお見事でした。光の玉に誘われた際は何事かと思いましたけれど」
「私も、奇跡にあのような使い方があったとは知りませんでした」
「神殿で聞き取りをした限りでも、奇跡の利用法は癒やしや浄化が主のようですね。
ですが、わたしは姉から『奇跡はなんでもできる』と聞いております」
「『大聖女』の誕生によって神殿が変わりつつある……というのは真実のようですね」
王女の言葉はどちらかというとフラウに向けられている。
辺境伯令嬢は俺をじっと見つめて、
「お姉様と言うのは、どちらの?」
「『瑠璃宮』時代の姉です。わたしに魔法の基礎を教えてくださった方でもあります」
「『雷鳴の魔女』ヴィオレッタ──いえ、娼姫ヴィオレですね。黒の塔は惜しい人物を手放したものです」
ルクレツィアの言葉には俺も詳しく知らないヴィオレの過去が含まれていた。
あまり自分の話をしない人だったので、妹の俺でさえ「本名じゃなかったのか」と驚くレベルなのに。
ちなみにフラウも思案するように顎に手を当てている。
「フラウ辺境伯令嬢。権力闘争のために才ある者を排斥することのほうが、理想が叶わないことよりもよほど問題ではないでしょうか?」
「……私も少々、極端な思想に陥りすぎていたと反省しております」
彼女の右手が拳を作って、
「剣も、魔法も、奇跡も。全てを用いることが最も平和につながる。当たり前のことではあるのです」
「人も資源も有限です。理想的な配分は提唱する方によって異なるでしょう」
「ですが、一つを不要と謳うのは大きな損失を招きかねない」
俺のフォローに、ため息が答える。
ルクレツィアは頷いて、
「神殿は政とは距離を置いた組織。陛下の命に異を唱える権利を有しています。
真に力ある巫女を頂いた今、彼らが王族と対立すれば──」
俺に城と喧嘩する気はないし、そもそもそんな余力神殿にはないが、それは言わない。
「……アヴィナ様のように声の届く方が神殿にいるのならば、あるいは」
「フラウさま、セレスティナ様ではだめなのでしょうか?」
「駄目、というわけではありませんが──セレスティナ様が整え、アヴィナ様が架け橋となることで状況が変わり始めたと私は思います」
俺たち子供だけでいくら話したところで親世代が変わるわけではないが。
少なくとも、この辺境伯令嬢とは協力できそうだ。
「私は立場上、軍拡派の家と必要以上に近づくことはできません」
ルクレツィアはそう告げたうえで「けれど」と微笑み、
「アヴィナ様がセレスティナ様やフラウ様と仲良くなさるのは問題ないでしょう。
聖女として、弟の婚約者候補として繋がりがあるのですから」
「わたしはもちろん、ルクレツィアさまとも仲良くさせていただきたいと思っております」
「……アヴィナ様。あらためて、私とお付き合いいただけますか?」
「もちろんです」
また少し、打ち解けられただろうか。
ヴェールならば笑ったか怒ったかくらいはなんとなく感じられる。
仕方ない措置とはいえ、仮面をつけっぱなしというのもやっぱりデメリットはあるか。
フラウは肩の力が抜けたようにふっと笑って、
「いっそ、殿下の婚約者はアヴィナ様にお任せすべきでしょうか」
「いえ、あの、わたしはフラウさまにお任せしようと思っていたのですけれど」
「……何故です?」
ルクレツィアにまで「なに言ってんの?」みたいな顔で見られた。
「だって、幼い方に『この装い』は毒になりますでしょう?」
「……ああ」
「……それは、そうかもしれませんね」
二人が遠い目になった。
やっぱり二人とも破廉恥だとは思っているらしい。