学園の新入生アヴィナ -4-
そうして、入学記念ダンスパーティの日がやってきた。
学園は勉強のための場であると同時に社交の場。
みんなここぞとばかりに上等なドレスを用意してくるはず。
ならば、こちらも相応の装いで臨まなければ失礼というもの。
「アヴィナ様、本当にこちらを着用なさるのですか?」
「ええ。なにか問題があるかしら?」
今日のために用意した衣装を見て、エレナが眉をひそめている。
余計な口はあまり挟まない彼女がこれとはなかなかだが──。
「なんの問題もございません! アヴィナ様のお美しさが皆に伝わることでしょう!」
メアリィは陶然と絶賛。
エレナは、はあ、とため息をつくと「この子の感想を信じるのですか?」と俺を見てきた。
同僚に対する信頼ゼロである。
いやまあ、実際メアリィはほぼ絶賛しかしないが。
「これはわたしの存在を強く印象付けるためにも必要な措置よ」
毅然と告げれば、エレナも「かしこまりました」と折れてくれた。
花を散らした湯で温めた身体はほのかに色づき、良い香りを放っている。
仮面以外何も着用していない裸身を姿見に映せば、つい自賛したくなった。
──アヴィナ・フェニリード、12歳。
傷むことを知らないかのように滑らかな四肢は伸びやかに成長中。
腰と尻はあまり大きくならない一方で胸は順調に育ち、サイズは既にBへと到達している。
昔から切らずに来た長い銀髪が肌の白さによく映える。
ロリコン御用達になれる時間はもう残り少ない。
育ってしまうと裸=エロと認識されやすいので、この究極的な造形美を知らしめるには今がチャンスだと思うのだが……。
「エレナ。ちなみに裸でパーティに行くのは」
「私自身の喉を掻き切ってでも止めさせていただきます」
そこまで言わなくても。
「……心配なさらずとも、アヴィナ様は魅力的でいらっしゃいます」
「ふふっ。ええ、ありがとう、エレナ」
慣れない衣装であっても、公爵家のメイドたちは完璧に着付けてくれた。
公爵夫人のアレンジが入った衣装は見事な出来栄え。
顔の見えないハンディなど物ともせずに注目を集めてくれるだろう。
「では、行きましょう」
「はい、アヴィナ様」
ヒールの音を響かせつつ大ホールへと赴く。
時間は敢えて、開会が近づいてきた頃合いを見計らっている。
廊下で会うより会場で見るほうがインパクトがあるだろうからだ。
最初に気づいたのは誰だったか。
あっ、と上がった声につられていくつもの視線がこっちを向く。
突き刺さる視線にぞくぞくとした快感を覚えながら、俺は笑みを深めた。
「フェニリード公爵令嬢……!」
「あのようなドレスは見たことがありません、なんて破廉恥な!」
「いえ、ですが、あれは」
俺が用意したのは前世におけるとある国の民族衣装。
チャイナドレスに近い雰囲気はあるものの、細部はあれこれ異なっている。
アオザイ。
ワンピース型に見えて、下にズボンのようなものを重ねるのが最大の特徴か。
物によっては生地が薄手だったり、透けやすいものもあり──知名度こそそれほど高くないものの、フェチ的に高い人気を誇っていた。
自然と二枚重ねになるので別の色を重ねやすいのも良いポイント。
今回は上が薄めの緋色、こちらにフェニリード家の家紋もあしらい、下のズボンは白だ。
上着の丈自体は長いのでズボンと言ってもだぼっと見えたりはしない。
深く入れられたスリットによって白い色が覗き、複合的な美しさを見せる。
ちなみにもちろん生地は薄いものを使用。
ボディラインに合わせたデザインなので、照明の当たり方によってはかなり透ける。
下着のラインが見えてしまいかねないが、それはそういうデザインなのでOKである。
加えて、
「不死鳥の、外套──!」
「公爵家の一員にのみ与えられる、最高級を超えた極上の一品」
「養女に与えるなんて、公爵様は本気で彼女を」
両親から与えてもらった「燃えるような緋色の外套」を軽く羽織っている。
いわれとしては周りが口にした通り。
染めたのではなく素材──鳥かなにかの羽毛そのままの色であるらしく、どのような染料を用いても出せない深みのある色合いをしている。
毛は驚くほどふわふわかつ丈夫、しかも尋常でないほど温かい。
それでいて「暑くて着ていられない」となることはない、絶妙な温度を保っている。
うさぎの毛でないことは確かだが、果たしてこれはなんの毛なのか。
公爵たちは詳しいことを教えてはくれなかった。
ただ、
『この色の装身具は、当家の正当な一員にのみ、一人一着だけ与えられるものなんだ』
『市場に出回らせることは基本的にないけれど──売るとしたら最低でも竜貨1000枚はすると思ってちょうだい』
桁が違う。
神の石の聖印が10は買えるのだから、ガチで国宝級の品だ。
おそらくは買ったわけではなく、秘伝の製法があるか、もう採れないとかの事情があるのだろうが。
不死鳥の外套とは、あまりにもパンチの効いた名前である。
「ごきげんよう、アヴィナ様。とても素敵なお召し物ですね」
「ごきげんよう、ルクレツィア様。ルクレツィア様こそ、華やかさと気品を併せていらっしゃって、惚れ惚れしてしまいます」
「まあ。ありがとうございます」
一番最初に声をかけてきたのは同派閥の上役──ということになる、第四王女のルクレツィアだった。
赤を纏うことは事前に伝えてあったので、彼女も赤のドレスで合わせてくれている。
袖のふんわり感、多重スカートの豪華さ、グラデーションに染められていることで重すぎる印象にもなっておらず、王族らしい見事な一品だ。
不死鳥の外套+アオザイ+仮面とかいうわけのわからない女を相手に一歩も引かない態度がまた、彼女の存在感を増加させている。
ふふん、これならお披露目としては十分な役割を果たしているだろう。
「公爵家は第三王子殿下への輿入れに本気のようだな」
「ああ、しかし、当の公爵令嬢が破廉恥かつ仮面では」
くすりと、ルクレツィアは笑みを深めて。
「注目されすぎるのも考えものですわね。……アヴィナ様、後ほど私の『お友達』を紹介させていただきたいのですけれど」
「ありがとうございます。楽しみにしておきますね」
第三王女が動いたことが、これで周囲にはっきりと伝わった。
俺を友人にも紹介する──社交における自派閥に俺を加えると堂々と宣言したわけで。
王女の庇護。
その事実が、一部の者には羨望を、そして一部の者には反感をさらに抱かせる。
出どころがはっきりとはわからない敵意の視線に、俺は気づかないふりをしながら警戒心を強めた。
そんな時、ホール内に楽団の演奏が響き渡る。
この曲はダンスパーティ開始の合図。
「アヴィナ様はお相手を決めていらっしゃるのですか?」
「いいえ、特定のお相手もおりませんし──」
「では、レディ? 私と踊っていただけますか?」
俺の言葉を最後まで言わせないうちにかけられた声。
少し芝居がかったそのセリフの主に、俺は仮面の下で笑顔を作り、
「お義兄さま。はい、喜んで」
三年生である義理の兄の手を恭しく取った。