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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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『大聖女』アヴィナ -5-

 王子と会った翌日、朝食後から神殿を訪問。


 お供にはエレナ。

 頼めばメアリィも来てくれるが、どこでも俺を公爵令嬢扱いするのでちょっと面倒くさい。

 その点、エレナは神殿のルールを尊重してくれる。


 両極端な二人は連携が取れるとなかなかいいコンビである。


 ちなみに今日の衣装は新作の黒チャイナだ。

 生地と模様が西洋風だといい感じにファンタジック。

 金色の糸による刺繍がゴージャス感も演出しているし、黒のシックな色合いも白い素肌によく映える。


 ついでにお団子も作ってさらにチャイナっぽくしてみた。

 どうだ、自信作だと胸を張って歩いていると、


「また、アヴィナ様はそのような格好をなさって……!」

「ふん、神殿内を我が物顔で歩くとは。貴族というのは本当に横暴だ」


 反アヴィナ派はまだまだ元気のようだ。

 一方、ラニスらは恭しく出迎えてくれる。


「お待ちしておりました、アヴィナ様。大神官様、神官長様がお会いになられます」

「ええ、お願い」


 こいつ本当、露出さえなければ──という一部の視線をさらっと無視して。

 俺はおじいちゃん、およびおっさんとの面会に向かった。


「お元気そうでなによりです、大神官様」

「ああ、アヴィナ様。そのようにへりくだらないでください。あなた様はこの神殿の救い主なのですから」


 運営における神殿のトップである大神官は笑顔で俺を出迎えてくれた。


「お身体の具合はいかがですか?」

「おかげ様で楽に過ごしております。皆に雑務を取り上げられて暇を持て余しているくらいで」

「まあ、偉い方はどっしり構えているくらいでちょうど良いのでは?」


 公爵家の寄進で神殿の財政は少し上向いた。

 会う度に俺が癒やすので大神官も肩こりや腰痛からだいぶ解放されたらしい。

 以上の経緯から大神官派の巫女や神官は「手が足りないから」と黙認していた大神官のやんちゃ──率先した治療や瘴気払いをこぞって止め始めた。

 神官長派も大神官の活躍とか推進する理由がないし。


 と、俺と大神官のやり取りを聞いていた神官長はふう、とため息。


「アヴィナ様。本日もセレスティナ様はお越しになられませんか?」

「ええ。三年生ですし、殿下のお相手もありますので」


 以前同様、最低月イチでは通っているので義理は果たしている。

 頻繁に来られれば一番良いが、王子の婚約者も立派なお役目だ。


「仕方ありません。ではその分、アヴィナ様に実務を担当していただきましょう」

「わかりました。巫女たちのお手伝いを終えてからお話を伺います」


 神殿では多くの聖職者が働いている。


 掃除や料理といった日々の仕事はもちろん、聖典の写本、一般信徒に教えを説く仕事、スラムへの『施し』など仕事は多い。

 騎士団の遠征への随伴で人を取られたりもするし。

 突然運ばれてくる怪我人や病人にも対応しないといけない。


 人的リソースはまだまだ足りていないため、手伝いは重要だ。


「アヴィナ様、ラニス様! ちょうど先ほど、瘴気を受けた冒険者がやってまいりまして──」

「では、わたしが浄化を行いましょう」


 怪我人と病人、瘴気にあてられた人間はそれぞれ部屋を分けて寝かされている。

 三つ目の部屋に赴くと、半裸の女性が簡易ベッドに寝ていた。

 傍らには剣、脱がされた服は赤黒い血でべっとりだが、


「外傷はないようですね」


 呟くと、赤い瞳がきっと俺を睨む。


「誰よあんた。神殿の人間なの?」

「わたしはアヴィナ。光栄にも『大聖女』の位を与えられております」

「あんたが? ……悪いけど、偉い人に治されたって金は余分に払えないわよ」

「もちろんです。治療費は治療者ではなく受ける側の地位で定められておりますので」


 女の身体には全体的に黒い靄がわだかまっている。

 『神の石』の聖印を手にすると祈りを捧げて、


「神よ、この者の身体を悪しき気から解き放ちたまえ」


 別に言葉は必要ないが、そのほうがわかりやすいのでサービス。

 溢れた光が瘴気を徐々に取り除き──女の顔から険しさが減っていく。


「魔物にやられたのですか?」

「……そうよ。ゴブリンに囲まれてね。うまく倒したんだけどもろに血を浴びちゃって」


 瘴気は三十分もしないうちに完全に消えた。

 落ち着いたのか、女戦士? はバツの悪そうな顔で頬を掻いて、


「その、なんていうかありがとね。助かったわ」

「そう言っていただけると腕をふるった甲斐があります」


 少し休んでから帰るという彼女に別れを告げてその場を離れ──呟く。


「少し、申し訳ない気持ちになりますね」

「? アヴィナ様はしっかりと瘴気を払われましたが──」

「実を言うと確かめていたのです。……同じ症状なら、ゆっくり治療するほうが負担は少なくなるのかどうか」


 神殿の通説。結果的に正しいとわかったが、患者からすると手加減されるのは気持ちよくない。

 しかし、人員の負担軽減も今の神殿には必要だ。


「緊急でない時はできるだけ余力を残すようにしましょう」

「はい。少し、歯がゆいですけれど」

「少しずつでも環境改善も進めないとね」


 俺はさらに小さな怪我人を二人ほど治療して、


「……ところで、ラニスは主戦力よね? あなたがわたしに付いていたら、実質的に人手は増えないんじゃない?」

「私が余力を残せますし、アヴィナ様の貢献は治療だけではございません。

 神の似姿に皆が信仰を深め、仕事に励むことに大きな意味があります」

「それじゃあ、衣を変えればもっと効果的じゃないかしら」


 冗談めかして言えば、青い瞳の巫女は頬を真っ赤に染めて、


「それはおいおいと申しますか……。正式に神殿から命が下りましたら」


 うん、やっぱり露出を増やすのは恥ずかしいらしい。

 この子がこの調子なのでなかなか話が進まないんだよな。




    ◇    ◇    ◇




 神官長の執務室に行くと、ここ数か月の神殿の収支報告書が準備されていた。

 俺はそれを手に取って、うん、と頷いた。


「とても見やすくなりましたね」

「有意義なご提案だったと私もつくづく感心しております」


 報告書には項目ごとの収支が表になって記されている。

 見やすいように罫線が引かれ、数字も桁ごとにだいたい揃っている。


「以前の報告書はとても見づらかったもの」

「慣れないと読み解くのに苦労しましたが、おかげでかなり改善されました」


 前は書く人間によって文字の大きさがバラバラ、左詰めで数字の桁も揃っていなかった。

 方眼紙とかあるわけないので綺麗に書くのも困難ではあるのだが。


「インクを塗った枠組みを紙に押し当てる、あの試みのお陰ですな」

「大したものではありませんけれど、書類には役立ちましたね」


 要は版画の要領で書類のテンプレートを作ったのだ。

 表の形に整えるくらいなら「紙の形とサイズを揃える」「木枠に紙をセットし」「組んだ木板にインクを塗って押し付ける」くらいで事足りる。

 線がいくつか入るだけで枠内に収める意識が働いて整形は非常に楽になる。

 木板が湿気で歪んだたら作り直せばいいし。


「書式が整ったことで齟齬も発見しやすくなりましたし、変化も浮き彫りになります。

 例えば、先月比での食費上昇が瞭然ですな」

「それは新しい見習いを受け入れたからでしょう?」

「ええ」


 学園入学前、俺は定期的に施しに赴き、スラムの浄化も併せて行った。

 おかげであそこもずいぶん綺麗になり、貧民の栄養状態も少し改善した。

 そのさらなる成果か、神殿に来たいと言い出した子供が何人かいたのだ。


「人を増やすのは良いことですが、出費は増えます」

「現状の寄進額でもまだ心もとないと」

「人件費や設備投資を切り詰めておりましたので、正直なところその通りですな」


 新フォーマットにはいずれ直してもらうとして、とりあえず昔の収支報告書を見せてもらったところ、確かに、貴族家からの寄進は年々減っている。


「寄進の減少は、やはり軍拡派の横やりの影響でしょうか」

「残念ながら、そう言わざるを得ないでしょう」


 両派閥の対立とか、俺が解決することでもないんだが。

 いろいろと切り込みやすい立場にいる気がするな、またしても。


 軍拡派を抑え込みつつ神殿の有用性をアピール──できるだろうか。

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