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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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第三王子の婚約者候補 アヴィナ -3-

 軽い音が響き、木剣が宙を舞う。

 袖ごと左腕を掠められた俺は、反動で芝生の上へと倒れ込み。


「申し訳ありません!」


 誰よりも早く、他でもないフラウが動いた。

 自分の木剣を放り出して駆け寄ってくれる。

 膝をつこうとした彼女を俺は手で制して、


「フラウ様のドレスまで汚れてしまいます」

「ですが」


 言いかけた少女は「いえ」と後ろを振り返った。


「早く治療を!」

「それには及びません。わたしはこれでも神殿の一員ですので」


 立ち上がった俺は制服の下から聖印を取り出した。

 左手でそれを握り、傷口に右手をかざす。

 柔らかな光が溢れ、小さな裂傷はあっという間に塞がれた。


 見ていた者たちから感嘆の声。


 メアリィを落ち着かせたエレナが寄ってきて制服の汚れを払ってくれて。

 小さなアクシデントは事なきを得た。


 めでたしめでたし、なのだが、


「本当に申し訳ありませんでした」


 剣に誘った張本人は、なおも真摯な態度を崩さなかった。

 深く頭を下げてくる彼女に俺は「おやめください」と返す。


「木剣とはいえ武器を扱う以上、この程度の怪我は当然起こるものです」

「ですが、手加減するとお約束した以上は私の落ち度です」

「わざとでないのなら、フラウ様は約束を果たされたではありませんか」


 というか、俺が弱すぎて手元が狂ったんだし。


「ご存じの通り平民の出ですので、痛みには慣れております」


 と、その場を収めようとしたのだが。

 ウィルフレッド王子までも心配そうな顔で歩み寄ってきてしまう。


「本当に大丈夫なのか? 血が出ていたではないか」

「殿下、あの怪我で人が死ぬことはございません」

「ですが、アヴィナ様! 小さな傷が原因で病にかかることもございます!」


 おいメアリィ、話をややこしくするな。

 ほら、王子様が蒼白になったじゃないか。


「それも問題ないわ。神の奇跡だもの」


 消毒と治療はセットみたいなものだ。

 ようやくほっとしたらしいウィルフレッドは小さく微笑んで、


「アヴィナは傷を癒やすことができるのだな」

「お城の中にも奇跡の使い手はいらっしゃるでしょう?」


 祈れば使えるので、多少使える、程度の者は案外多い。

 貴族令嬢の中にも聖印を買ったり神殿に通っている者はいる。

 が、フラウは首を振って言った。


「普段、目にする機会はありませんもの」


 貴族も王族も守られているから、というのもあるとして。


「辺境伯領でも巫女や神官は珍しいのでしょうか」


 大きな街には神殿が置かれて、まとまった人数が詰めているはずだが。

 辺境伯令嬢は遠くに視線を向けながら、


「領地内であれば別です。が、十分な人数とは言えません」

「やはり聖職者の不足は深刻ですね」

「怪我は魔法使いでも癒やせます。ポーションを用いてもいいでしょう。

 瘴気とて、あてられなければ大した問題にはなりません」


 そうだろうかと、以前見た騎士や兵士たちの姿を思い出す。


「戦う力も癒す力も、どちらも必要だとわたしは思います」

「これは優先順位の問題ですので」


 なら、どうしてこっちを見ずに言うのか。

 とはいえ、ここで議論してもあまり意味はない。


「もし、癒しが必要な際はお気軽に仰ってください。

 上からの言いつけで、料金はいただかなくてはなりませんけれど」


 冗談めかした言い方のおかげか、場の空気は少しだけ和んだ。




    ◇    ◇    ◇




 帰りの馬車の中で、俺は養父にいきさつを報告した。


「確かに、辺境伯令嬢のお相手は一筋縄では行かないかと」

「そうだね。純粋な令嬢ほど術中に嵌まりかねない」


 ハコ自体に防音の魔導具が備わっているため会話は外に漏れない。


「敵は叩き潰す。率直な発言ですが、それだけに挑発としては有効です。

 剣へのお誘いも同様かと」

「一般的な令嬢であれば剣を振るう必要などない。

 ……とは言え、相手にできることが自分にできないのは苦しいからね」


 むきになって同じ土俵に立てば立つほど思うつぼ。

 劣等感と敵愾心を育てられて短絡的な方向へと誘導されていく。


「ですが、想像以上に率直な方でした。個人的には好感が持てます」

「ああ。とはいえ彼女は軍拡派だ。殿下に近づくことを快く思わない者もいる」

「殿下のお母さまは第一王妃殿下ですものね」

「第一王妃殿下は保守派の家柄出身、対する第二王妃殿下は軍拡派の出だ。

 軍拡派が台頭しすぎれば王家の力関係にも影響が出るからね」


 ややこしくなってきたので少しまとめよう。

 現在、この国では「保守派」と「軍拡派」という二つの派閥が争っている。

 今の王に王妃は二人いて、両派閥からそれぞれ娶られた。



-------

【保守派】

「伝統的な体制を維持しつつ、神殿との関係も尊重しよう!」


 旗頭:第一王妃

 (子:第一王女、第二王女、第四王女ルクレツィア、第三王子ウィルフレッド)


 主な貴族家:フェニリード公爵家ほか

-------


-------

【軍拡派】

「国を守るには軍備が必要! 宮廷魔術師と連携しよう!」


 旗頭:第二王妃

 (子:第一王子、第三王女、第二王子)


 主な貴族家:アーバーグ侯爵家、ヴァルグリーフ辺境伯家ほか

-------



「第一王妃殿下には男子がお一人しかいらっしゃらないのですね」

「残念ながら、とは言えないが、立て続けに王女殿下がお生まれになったからね。

 婚礼には三年ほど差があったものの、結果的に第二王妃殿下が先に世継ぎを作られた」


 王家にとって生まれたのが男子か女子かでは天地の差がある。

 基本、王位継承を行うのは男子だからだ。

 ある意味差別だが「儲けられる直系の数」が違うから仕方ない。


 女王が政と出産を併行するより、王と妃で分担するほうが断然いい。

 ……夫に政治させて女王は産休を取ればいい? 

 じゃあ最初から王と王妃で良いだろう。


 なので、王位継承権は男子優先で付与されている。


 第一王子か第二王子が王位を継げば、王太后は第二王妃になる。

 順当に行けば将来、政治的な序列では第二王妃が第一王妃を上回るわけだ。


 そして、第一王子の婚約者は軍拡派のアーバーグ家が押さえている。


「ウィルフレッド殿下の婚約者の座はなんとしても保守派が掴むべきでは?」

「国防の要である辺境伯家を無下にはできない。

 それに私も、ある程度の軍備増強は許容範囲だと思うんだ」

「当家はそれほど強硬派ではない、と」

「実際のところ、主義主張は真っ二つにできるものではないさ」


 形式上二派に分かれているだけで、実際はグラデーション。

 実質中立の家もあるだろうし、保守派は穏健な家も多い。


 軍拡派の意見もわかるからそこまで強くは出られない。


 というか、アーバーグ家も言うほど強硬な軍拡派ではないし。

 ……なら、セレスティナが第一王子を制御すれば「軍拡!戦争!」一辺倒にはならない。


「アヴィナは、フラウ嬢と殿下の結婚に反対かい?」

「反対というわけではありません。

 殿下はお優しい方のようですので、乱暴な思想に染まって欲しくはありませんが──男にはある程度、好戦性も必要です」


 女より男のほうが戦いに向いてるのは間違いないし。

 妊娠で長期間動けなくなる女を守るのは当然男だ。


「ウィルフレッド殿下を無理に落とす必要はありませんね」

「そういうことだね」


 家の事情がクリアされているのであれば、あの幼い王子に俺は相応しくないだろう。

 仮面着けっぱなしで素顔を見せられない令嬢と結婚とか可哀そうだし。

 ならフラウとくっつくほうがまだ微笑ましい。


 ──俺的にも、あの子が相手だとえっちな衣装を着づらい!


 妃教育とかさせられたら今以上にあれこれ言われるだろうし。

 まあ、王妃になってトップから流行を変えられれば一番良いが。

 たどり着くまでの道筋にだいぶ無理がある。


 この件はひとまず保留というか、様子見とすることにした。

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