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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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第三王子の婚約者候補 アヴィナ -1-

 馬車の窓から覗く城がどんどん近づいてくる。


 スラムにいた頃は見ることさえ叶わなかった。

 最初の娼館から男爵家へ移る時はうっすら遠くに眺めだだけ。

 『瑠璃宮』の窓からは遠目に見られたが、それでも手は届かなかった場所。


 正門をくぐり、正面入り口の前に立つと圧倒的大きさがよくわかる。

 城の中枢部を構築しているのは神殿と同じ白い石──奇跡でもたらされた『神の石』だ。


 内陸に位置するため、この城は攻められる想定をあまりしていない。

 代わりに王族の権威を象徴するように整然と設えられている。

 陽光を反射して煌めく外観は常に手入れされている証拠だ。


「ようこそいらっしゃいました、フェニリード公爵様。

 ようこそおいでくださいました、アヴィナ公爵令嬢様」


 養父のエスコートを受けた俺は学園の制服+仮面姿で馬車を降りた。

 出迎えの侍女たちが纏うのは清楚ながらも品のある揃いのお仕着せ。


 城では、王族や客人の世話をする「侍女」と雑用担当の「メイド」が区別されている。

 公爵家で言うと専属メイド、一般のメイドが城のメイドに近い。


 メイドの下にはさらに下働きがいて、細かな分業体制が敷かれている。


「どうぞこちらへ。陛下がお会いになられます」


 さすがは『神の石』、石造りでも寒々しい雰囲気がない。

 主な廊下には絨毯が敷かれ、要所に置かれた調度品も一目で上等な品とわかる。

 内側の警備には主に騎士が動員されており、行きかう者の中には文官も多い。


 騎士団を収容し、行政の役割をも担う城はまさに国の中心。

 広く見渡して記憶に収めたかったが、はしたないので一瞥に留めた。


 特に動揺なんてしてないが? 公爵令嬢としては城に来るくらい当然だが?


 ──で、会うと言われた割に通されたのは応接間だった。


 お茶や茶菓子を出されて待つこと約三十分。

 前も後も予定が詰まっていて忙しいのだろうが、なかなかに息が詰まる。

 することがないからとお茶を飲みすぎるとトイレに行きたくなりかねないし。


『待機している間も見られていると思いなさい』


 昨夜、養父から言われた注意事項の一つだ。

 給仕のための侍女や護衛で立つ騎士は何食わぬ顔で俺たちの様子を窺っている。

 ……面接はもう始まっているわけだ。


「陛下。これが我が新たな娘──アヴィナ・フェニリードにございます」

「お初にお目にかかります、陛下。アヴィナ・フェニリードと申します」

「うむ」


 ようやく通された謁見の間にて。


 形式ばったやり取りのうえで紹介を受け、ようやくはっきりとこの国の王を見た。

 玉座に腰かけ髭をたくわえた男。

 歳は、たしか今年で47歳。

 若くはないが、まだまだ健在。

 段差のせいもあって実際よりも大きく感じられる。


 隣には第一王妃が座り、こちらにそっと微笑んでいる。

 彼女は王よりだいぶ若い37歳。


 国王夫妻の周囲や部屋の壁際には十を超える騎士が控えており、冗談抜きに「無礼を働いたら死ぬ」雰囲気だ。


「以前にもお願い申し上げましたが、特別な事情故、仮面を着けたままの謁見をお許しいただきたく」

「許す。大神官殿が『神の現身』と認めた美貌に興味はあるが、な」

「絵姿であれば近いうちにご覧いただけるかと」

「ほう。それは楽しみだ」


 養父とは縁戚ということもあってわりとくだけて話せる仲らしい。

 両者の会話をやや伏し目がちに聞き続けること数分、


「アヴィナ・フェニリードよ。ここに其方を我が息子──ウィルフレッドの婚約者候補に指名する」


 俺たちの会話を窺っているのは騎士や侍女ばかりではない。

 複数の家臣までもが見守る中、正式な任命が行われた。


「謹んでお受けいたします」

「うむ。婚約者と言ってもあくまで候補だ。選ばれるか否かは其方の働きにかかっている。……期待しているぞ」

「はい。殿下のお相手として恥ずかしくないよう、より一層の努力をお約束いたします」


 厳かな声が「では、ウィルフレッドをここへ」と命じ、一つの足音がゆっくりと近づいてくる。


「初めまして、フェニリード公爵令嬢。私が第三王子のウィルフレッドです」


 やってきたのは、齢八歳の可愛らしい男の子だった。




    ◇    ◇    ◇




「ウィルフレッド殿下は八歳。

 婚期はまだ先だが、王族の婚約は幼少から結ぶのが慣例でね」


 少し時間を遡り──城行きの話を告げられた日の夜のこと。

 俺は養父の部屋で詳しい話を聞かされた。


「お相手の素行を見極めると共に、仲を深めるため……ですね?」

「それに加えて妃教育を受けさせるため、かな」


 基本、王女は降嫁するか他国に嫁ぐが、王子は結婚しても王族のまま。

 高位貴族の令嬢であっても王族の妻となる以上はより高等な教育が必要になる。


 第三王子だって王位継承の可能性はゼロじゃない。

 次期王妃となる可能性も踏まえれば遊ばせておくわけにはいかないのだ。

 ……とまあ、当事者でなければ「ふーん」で済む話だが。 


「お養父さま、わたしはどのように振舞えばよろしいのでしょう?」

「話が早いね。……と言っても、私から特に要望はないんだ」

「なぜでしょう?」


 王子の婚約者争いなんて政略の重要ポイントでは。


「本人たちの気が合わなければ結婚は上手くいかないよ。

 無理にウィルフレッド殿下を落とせ、などと言っても意味がない」

「つまり、お養父さまはお養母さまと愛情を深めていらっしゃるのですね」

「……私たちの話は今はいいんじゃないかな?」


 あ、照れた。


「そもそも、君が本気になれば無垢な少年くらい簡単に落とせるだろう?」

「それは、人並み以上に自信がありますけれど」


 男を惑わす術を本職から叩き込まれているし。


「下手に動いて殿下に腑抜けになられる方が困るんだよ」

「では、わたしはこのお話に向いていないのでは」


 年齢的にも、義妹を使うほうが良さそうだが。


「実のところ、他の候補からの横やりが想定されるんだ。

 並の令嬢では潰れてしまうかもしれない」

「その、他の候補者とはどなたなのですか?」

「ヴァルグリーフ辺境伯家の二女、フラウ嬢だね」


 向こうはなりふり構わず政略を進めてきている、というわけだ。




    ◇    ◇    ◇




「二人きりになってしまいましたね」

「そ、そうですね」


 時間を現在に戻して。

 国王から「後は若い二人で」的に送り出された俺たちはウィルフレッドの私室に移動した。

 さすが王子様、俺よりも広い部屋を与えられている。

 内心感嘆しつつ、向かい合って座り給仕を受けた。


 ちなみに使用人はこういう場合人数に数えない。


 なので周りにはいっぱい人がいるのだが。


「…………」


 遠慮がちにこちらへ送られてくる視線。

 仮面の公爵令嬢、あからさまに怖がられている。


「この仮面が気になりますか?」

「っ」


 ウィルフレッドはびくっとした後、「は、はい」と遠慮がちに頷いた。

 同母の姉弟だからか、風貌はどこかルクレツィアに似ている。

 似た色の金髪に、より青みの濃い瞳の色。

 顔立ちもかなり整っているものの、今のところ兄や姉のような迫力はない。

 年相応といった感じで俺はつい「可愛い」と感じてしまった。


「これは魔道具なのです。着けたままでも視界も声も通るのですよ」


 柔らかく告げると少しは警戒心が解れたのか、ほっと息を吐いて。


「どうしてそんな魔導具を着けているのですか?」

「わたしの容姿は少々、人目を惹きすぎるものでして──混乱を避けているのです」


 すると、こくん、と顎を動かした少年はぽつりと、


「まるで叔父上のようですね」

「叔父上?」

「い、いえ、なんでもありません」


 あまり口にするべきことではないのか、慌てて言ってきた。

 俺は「そうですか」と答え、ティーカップを傾ける。


「殿下、あまり緊張なさらないでくださいませ。

 わたしは年上ですが臣下の身、殿下は強気に出ても許されるお立場なのですよ」

「まるで爺たちのようなことを言うんですね」


 やばい、しゅんとしてしまった。


「使用人の皆様を相手にするように、気楽にしていただきたかったのです」

「……気楽に?」

「はい。婚約者とはつまり、いずれ家族になる者。

 お互いのことを知っていくには遠慮は大敵ではないでしょうか」


 慌てて言い繕えば──彼は顔を上げて、


「それは、そうかもしれません」

「そうでしょう?」


 俺たちの間にある空気がまた少し和らいで、


「じゃあ、アヴィナ。君のことをもっと教えて──」

「失礼いたします、殿下。

 ヴァルグリーフ辺境伯令嬢様がお見えなのすが、いかがいたしましょう?」


 会話が始まろうとしたところで、侍女がそんな伝言を持ってやってきた。

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