学園の新入生アヴィナ -3-
「これは……壮観ですね」
「そうでしょう? 城の催しでもこのような食卓はなかなか見られませんもの」
寮の食堂は食堂どころか「レストラン」も飛び越えた圧巻の造りだった。
まるで、ホテルの大ホールに食卓が並んでいるかのよう。
一テーブルは六人掛け。
使用人が控えられるように間隔は空けて配置されている。
それが人数分と考えると……相当、金がかかっている。
あのあと、ルクレツィアから昼食に誘われたのだが。
第四王女は俺の感嘆を我が事のように微笑んで「さあ」と促してくる。
一年ぶんの経験があるとさすがに慣れっこか。
俺たちは連れ立って奥のテーブルへ歩いていき──なんか注目されてるな?
「王女殿下がフェニリード公爵令嬢をお誘いに……?」
「やはりかの家の動向が今後の争点に……」
「見ろ、あれは王子殿下と──」
ひそひそ声が漏れ聞こえる中、奥のほうで立ち上がる二人の人物。
「アヴィナ様。よろしければご一緒いたしませんこと?」
よりによってセレスティナ+第一王子である。
揃ってみると美男美女でお似合いだが、
「申し訳ございません。先約がございますので……」
「なんだ、アヴィナ・フェニリード。俺には頑なに顔を見せなかったくせに」
「お兄様、そうおっしゃらないでくださいませ。
仮面を着けていては食事ができませんもの」
柔らかく告げたルクレツィアは俺に視線を送って、
「私、アヴィナ様とお友達になったのです? ね、アヴィナ様?」
「え、ええ」
すると、セレスティナが「まあ」と一歩踏み出して。
「仲良くなったのはわたくしが先ですのに」
たぶん、セレスティナは言葉通りの意味で言っているが──。
傍から見ると「この子はうちの派閥がもらう」と言っているようだ。
ルクレツィア王女は特に答えることなく笑みを深めて。
聖女とはいえ侯爵令嬢、格下に位置する少女は仕方ないとばかりに引き下がった。
「アヴィナ様、それでは謝罪だけさせてくださいませ」
「謝罪、ですか?」
「ええ。殿下が強引に声をかけたと伺いまして。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「いえ、そのようなことはございませんので……」
水に流そうとする俺たちをよそに第一王子はふっと笑うのみで。
「殿下はこのように少々、性格に問題があると申しますか。
考えなしに行動する癖がございまして」
婚約者ののろけだから許されるけど他人が言ったら怒られるやつ。
「どうかお気になさらないでくださいまし」
「ええ。殿下からお声かけいただけるのはとても名誉なことですもの。
学友として、臣下として、今後ともお付き合いいただけたら嬉しく思います」
こうしてまたも小競り合いを繰り広げた後、ようやくルクレツィアと別テーブルにつく。
ひょっとしなくてもこれ、これからずっと続くやつだな?
◇ ◇ ◇
食堂での食事は基本的にフルコース。
前菜や主菜、デザート等は複数用意されていて選択式だ。
メニュー制ほどバリエーションはないが好き嫌いにも対応されている。
味は、王族も利用するだけあって一級品。
下位の貴族家にとっては学園のほうがよほどいいものを食べられそうだ。
「それにしても、アヴィナ様の制服は変わっているのですね?」
俺たちは食事前に着替えを挟んでいる。
お互い制服のままなので大きな変化はないが。
俺は、ふわりとした形状の袖をシンプルなものに着けかえていた。
「学園では制服が基本と伺ったので、用途ごとに付け替えられれば便利ではないかと」
「まあ、それはとても良い考えですね」
そう言いながら、ルクレツィアは広がった袖を優雅に使いこなしている。
「そちらはアヴィナ様がご自分で図案を?」
「いいえ、母がわたしの案を服飾画として起こしてくださいました」
「では、そちらはフェニリード公爵夫人の作でもあるのですね」
公爵夫人は服飾画家=デザイナーとして有名人。
彼女の作というだけで社交界での価値が高まるほど。
もちろん俺たちの会話にはみんなが聞き耳を立てている。
盗み聞き対策をしていない会話は広がると考えるのがここでの鉄則だ。
「私も夫人に新しい制服をお願いしようかしら」
「きっと母も喜ぶと思います」
俺は「他にはどんな部品があるのか」というルクレツィアの質問に答えていく。
「上半身と下半身も分離式ですので、スカートだけを穿き替えることも可能です。
その日の気候ごとに涼しく、あるいは温かく過ごせるのではないかと」
夏場はスカートを薄く短くするつもりだし、メッシュ入りの袖も用意している。
「季節の変わり目などはどちらの制服にするか悩ましいですものね」
ちなみに王女殿下は七種類の制服を持っているらしい。
それだけあれば特に困らなさそうだが──王女が興味を持ってくれるのは大歓迎。
上の人間を下が真似るのは流行の基本だ。
制服を足掛がかりとして露出を広められるかもしれない。
そしてゆくゆくはえっちな衣装を当たり前に!
「ところで、アヴィナ様は一か月後のダンスパーティをご存じですか?」
「入学記念の催しと伺っております。ドレスコードは厳しいのでしょうか?」
「学園内での楽しい催しですもの、そのようなことはありませんわ。
正装、あるいは盛装であれば咎められることはありません」
ふむ、それなら多少露出しても大丈夫そうだ。
「では、とっておきのドレスを用意しなくてはなりませんね」
実を言うと準備は既に進めてあったりする。
◇ ◇ ◇
こうして初日から波乱の幕開けとなった俺の学園生活。
翌日からは王子、王女、聖女に遠慮していた他の生徒も声をかけてくるようになり。
挨拶に食事のお誘い、ちょっとしたお茶会などで大忙しとなった。
学園生活を円滑にするための立場づくりがもう始まっているわけで。
……優雅ではあるが、見た目ほどのんびりしてはいないよな。
ちなみに学園生は全員、寮に部屋を与えられている。
その上で部屋を使うか使わないかは個人の自由だ。
都に実家がある生徒だと宿泊はせず荷物置き場や休憩場所とすることもあるらしい。
通いか一人暮らしかは大学生も頭を悩ます問題だ。
実家のほうが楽だが、平日昼間は授業があるわけだし交流のために夜の自由時間は欲しい。
宅飲みの誘いを「実家組だから」でハブられたこととかみんなけっこうあるんじゃないか?
俺は悩んだ末「平日は寮で寝泊まり」「休みの前日に屋敷へ帰還」を基本とした。
休みに予定が詰まってる奴もハブられやすいが……。
神殿にも顔を出したいし、家に定期報告も入れないといけない。
ただし、最初の一週間は顔をつなぐためにも寮に泊まりっぱなし。
よって、屋敷に帰ったのは授業開始から数日──入寮から約二週間後のことになった。
「アヴィナ。学園での生活はどうだい?」
「ええ。メアリィやエレナのおかげで不自由なく過ごすことができました。
両殿下にも良くしていただいております」
「それは良かった。授業のほうはどうだい?」
「魔力の都合上、魔法の授業は受けておりませんが……その他の授業は興味深く感じております。
空いた時間も図書館に通うことで勉学に充てられますので不自由はございません」
「なるほど」
夕食で簡単な感想を話せば、公爵は笑顔でそれを聞いてくれた。
義妹は目をきらきらさせていて──二人にはそれぞれ後で詳しい報告をしよう。
「じゃあ、学園生活には慣れてきたかな?」
「そうですね。戸惑うことは減ってきたかと」
「うん、ならばそろそろ頃合いだね」
その言い方怖いんだがなんだよ急に。
警戒しつつも笑顔で応じると、
「来週の休日は空けておいて欲しい」
「構いませんが、なにかご予定でも?」
「ああ。君には私と城へ行ってもらう」
……心情的には、フォークをぽろりと落としそうなくらい驚いた。
「君は第三王子殿下の婚約者候補に選ばれた。来週は殿下へのお目通りだ」