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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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学園の新入生アヴィナ -2-

 V字の両翼にはそれぞれ五つの建物が連なっている。

 各貴族位ごとの寮──近いほうから順に男爵家寮、子爵家寮、伯爵家寮、侯爵家寮、そして公爵家&王族用の最上級寮という分類だ。

 各寮は回廊で繋がっており、格上が格下に自然と顔見せをすることになる。

 同時に、奥に行くほど利用者が減るため要人警護が楽になる。


 ……歩く距離の長さだけは難点だが。


 疲れた様子を見せればそれだけでつけ入る隙を与えかねない。

 しっかり背筋を伸ばして進み、伯爵家寮にさしかかったところで。


「ごきげんよう、フェニリード公爵令嬢さま」


 俺を呼び留める声があった。

 視線をそちらへ向け、歩調を緩める。

 相手の前で立ち止まって。


「初めまして、ヴァルグリーフ辺境伯令嬢さま」


 名前を間違ったら笑いものだが、どうやらそれは免れたらしい。

 翠緑の髪と瞳を持つ少女──フラウ・ヴァルグリーフは「お目にかかれて光栄です」と微笑む。


 第一王子の時ほどではないが、互いの使用人に緊張が走る。

 この令嬢もまた、重要人物リストの上のほうに名を連ねていた。


「遅ればせながら、大聖女就任おめでとうございます」

「ご丁寧にありがとうございます」


 学年的には二年生、俺より一つ歳上にあたる彼女だが、家格はこちらが上。

 第一王子の時ほどへりくだる必要はない。


「我がヴァルグリーフ家はアーバーグ侯爵家ともご縁がありまして。

 セレスティナ様とも懇意にさせていただいておりますので、アヴィナ様とも良い関係を築ければと思っております」

「ええ。初めての場所でわからないことも多いかと思いますので、助けていただけましたら幸いです」

「もちろんです。どうぞよろしくお願いいたしますね?」


 和やかに進んでいても内面ではわからないのが怖い。

 軽い挨拶が終わったところでヴァルグリーフ辺境伯令嬢──フラウは軽く首を傾げて、


「ところで、どうして仮面をお付けに?」

「父の言いつけなのです。無用ないさかいを避けるためですので、ご理解いただければ」

「なるほど……そのようなご事情が」


 それではまたどこかで、と会釈をしてその場を離れて。

 顔にも仕草にも出さないままに内心で悲鳴を上げた。


(どいつもこいつも俺を待ち構えすぎじゃないか……!?)


 部屋にも着いていないうちからエンカウントが多すぎである。




    ◇    ◇    ◇




「お疲れ様でした、アヴィナ様」

「……ありがとう。今回は本当に疲れたわ」


 各寮の建物はすべて同じ大きさに造られている。

 家の数および生徒数は上位ほど減るため、部屋の広さは寮ごとにランクアップする。


 最上級寮の一室は実家とそう変わらないサイズ感だった。

 私室と寝室も分かれているし、使用人部屋も付属。

 家具等はあらかじめ運び込まれているため、落ち着く空間が既に構築されている。


 エレナの引いた椅子に腰かけ、軽くため息。


「ここなら廊下よりはだいぶ気を抜けそうね」

「最上級寮に出入りする者はごく一部に限られます。

 使用人であろうとも礼節は弁えているはずですが──」


 扉に取り付けられた魔導具がきらり、と輝きを見せている。

 内部の声を外に漏らさない機能があり、たとえ扉に耳を押し当てても盗み聞きはされない。

 効果範囲は廊下に面した壁のほぼ全てに及ぶ。


 メアリィにヴェールを被せてもらった俺は仮面を外しながら。


「話しかけてくるのが軍拡派の主要人物ばかりだなんてね」

「保守派筆頭であるフェニリード家を牽制する狙いがあるのかもしれません」


 宮廷魔術師に大きなコネを持つ軍拡派の名家・アーバーグ家のセレスティナ。

 聖女の婚約者にして軍拡派の旗頭である第一王子。

 そして、フラウの実家であるヴァルグリーフ辺境伯家もまた軍拡派の筆頭格だ。


「ヴァルグリーフ辺境伯家は急進的な軍拡派貴族です」

「辺境伯家……っていうのがまた厄介なのよね」

「はい。国境の守りを担う辺境伯家は他の伯爵家とは別格の権威を備えておりますので──」


 国王と言えども無下にはできない。


「養女であるアヴィナ様を切り口にフェニリード家を軍拡派へ引き込む算段では」

「わたしはいちおう、神殿の最高位なのだけれど」

「それを言うのであれば、セレスティナ様も神殿第二位でございます」


 淡々とエレナの答えた通り、聖女だから保守派とは限らない。

 俺はセレスティナ、そしてアーバーグ家が言うほど過激でないことを知っているが……。

 第一王子とフラウのほうはそうもいかないよな。


「ところで、脱いでもいいかしら?」

「来客の可能性もありますので、控えたほうが良いかと」


 このところ薄着になる機会が少なくてストレスが溜まる。


 仕方なく、エレナの淹れてくれた紅茶でひと息入れていると──。

 扉から、ノックの音。


「あら、本当に来客?」

「そのようですね」


 メアリィが応対に立ち、魔導具を停止させつつ応じれば、


「フェニリード公爵令嬢様に、王女殿下がお会いになりたいと」


 ちょっとそろそろ勘弁してくれないか?




    ◇    ◇    ◇




 十二歳の小娘にどれだけプレッシャーをかけるつもりだと思いつつ。

 断るわけにもいかないので「ぜひお目通りを願いたく」と返答してもらった。

 それに今回のお相手は前の三人とは毛色が違う。


「お声がけいただきありがとうございます、第四王女殿下。

 フェニリード家長女、アヴィナでございます」

「どうぞ楽にしてくださいな」


 顔を上げた俺が対面したのは柔らかな金髪に深い紫の瞳を持つ美少女だった。

 彼女はにこりと微笑むと「お掛けになって」と向かいの椅子を薦めてくれる。


 向かい合って顔を合わせると、その雰囲気に呑まれそうになった。


 訓練で作り上げた所作ではない、生まれ持ったカリスマ。

 第一王子のプレッシャーとはまた違う王者の佇まいが彼女にはある。

 これでフラウ同様、俺の一つ歳上。


 正直、格が違う。

 ヴェール越しの対面で良かったと心から思う。


「初めまして。第四王女、ルクレツィアです。

 私、あなたに会うのを楽しみにしていたのです」

「このような被り物をしたままで申し訳ございません。

 用心のためとどうかご理解いただけますでしょうか」

「ええ。話は聞いております。どうかお気になさらず」


 供されたお茶は香りが高く、芳醇な味わい。

 一緒に出されたチーズケーキも甘さ控えめでお茶によく合う。

 毒見は失礼にあたるためできないが、王女は先に自分が口にすることでそれに代えてくれた。


「お兄様から無茶ぶりをされたのでしょう? 大変だったのではありませんか?」

「はい。こんなにも早くお声がけいただくとは思っておりませんでしたので」

「まあ。きっと、噂に聞く美貌に興味があったのではないかしら?」


 くすりと笑う仕草にはまったく毒がないが──さっきの遭遇をもう知ってるってすごいぞ?

 となれば当然、俺が王子相手に「仮面を着けっぱなしだった」ことも知っているはず。

 一方で、今は仮面ではなくヴェール姿。

 上機嫌なのはそのせいかもしれない。


「私、失礼にならないように少し落ち着いてからお誘いするつもりだったのですよ?

 ですのに、お兄様ったら抜けかけをなさるんですもの」

「女子棟に続く回廊の前に陣取っておられましたので驚きました。

 セレスティナ様がお怒りにならないと良いのですが」

「ふふっ。お二人はとても仲良しですから、きっと大丈夫でしょう」


 口ぶりからすると第一王子との仲も良さそうだが、実のところは複雑だ。

 なにしろ彼女と第一王子は「半分しか血が繋がっていない」。


 ルクレツィアが第一王妃の子であるのに対し、第一王子は第二王妃の子。

 両王妃の出身派閥は「保守派」と「軍拡派」で異なっており。

 兄妹と言っても、ルクレツィアと第一王子はある種対立する立場にあるのだ。

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