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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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男爵家の養女 アヴィナ -2-

 男爵家の養女アヴィナ、八歳。

 前世で言う小学三年生程度になった俺は誰もが認める美少女に育った。


 伸ばし続けている長い銀髪はしなやかで、光を浴びるとほのかに輝く。

 澄んだ瞳には奥行きが加わり、覗き込むと時間を忘れてしまいそうになる。

 相変わらず白い肌は貴族令嬢に相応しく。

 細い指も重たいものなど持ったことがないかのようにしなやかだ。


 毎日一時間以上の散歩を欠かさず、重たいものを持ち上げる訓練もしてきた。

 メイドの不在を見計らって壁腕立てもやった。

 おかげで力はついてきたと思うのだが、見た目にまったく反映されない。

 可愛くなる転生特典が「筋トレしても見た目がムキムキにならない」効果を出しているらしい。


 俺の専属メイドは毎日朝晩可愛い可愛い連呼してくれるし、他の使用人でさえ俺を見ては感嘆のため息をつく。


「アヴィナ様は本当にお美しい……。養女になさった男爵様はさすがのご慧眼です」


 ふふん、そうだろうそうだろう。

 人格というのは経験が作るもの。

 前世の俺視点のほかに少女としての機微もある俺は、自分でデザインしたキャラを褒められるような誇らしさと、単純に「可愛いと言われて嬉しい!」という気持ちをいっぱんに感じて承認欲求満たされまくった。


 可愛いというのは本当に得である。

 美少女に対してはみんな甘くなる。

 これならえっちな衣装を広めるのも楽になりそうだ。


 娼館での失敗を踏まえ、養女としての立場を弁えるようにもした。

 常に義母や義姉を立て、前に出過ぎないようにする。

 養女の俺が婿を取ることはありえないのだから、そうしていれば対立もない。


 姉たちはお家柄かお洒落が好きな人たちだった。

 何枚もドレスを持ち日によって選ぶ彼女たちの姿は目を楽しませてくれる。

 婚約者たちとも仲が良いようで、ことあるごとに自慢された。


「彼とは幼馴染なのよ。小さい頃から結婚が決まっていたの」

「それはとても羨ましいです」

「そうでしょう? あんないい男はなかなかいないわ。……そりゃあ、王子殿下や高位貴族の方には敵わないけれど。彼は代わりに私だけを見てくれるもの」


 そんな婚約者たちとも面識を持つ機会があった。


「初めまして。よろしく頼むよ、アヴィナ」

「はい。どうぞよろしくお願いいたします、お義兄さま」

「はは。『おにいさま』はまだ早いよ」


 二人の兄候補は確かにどちらも良い人たちだった。

 養子の俺にも優しくしてくれて、よく声をかけてくれた。


「やあ、アヴィナ。元気そうでなによりだ」

「アヴィナ。美味しいお菓子があるんだけど、良かったらどうかな?」


 頻繁に訪れる彼らの本命は、


「お義兄さま方はお義姉さまのことが大好きなのですね?」

「あらためて言われると照れるけど、まあ、婚約者だからね」


 彼らは屋敷に来訪するたび、義姉たちだけでなく俺にも贈り物をくれた。

 たいていは一輪の花や菓子程度のものだったが、時には装飾品をくれることもあった。


「アヴィナはどんな装飾品が好きなんだ?」

「そうですね。……ピアスなど、良いと思います」

「ピアスか。君の歳ならイヤリングにしておいたほうがいいかな」


 高くなくとも飾りのはっきりしているものが良いと言ったら、平民のお嬢様が付けるようなイヤリングを贈ってくれた。

 花を模した大きめの飾りは確かに幼児向けかもと思ったが「大切にします」と微笑んで、以来、彼らが来る際に身に着けるようにした。

 俺なりに馴染む努力をしてきたつもりだ。


 だというのに、


「答えなさいアヴィナ。どういうつもりで私の婚約者を誘惑したの!?」

「そんな、わたし誘惑なんて」

「嘘をつくんじゃありません!」


 何故、こうなったのかというと。





 男爵家には男の子が生まれなかったため、姉のどちらかが婿を迎えて跡取りにする計画らしい。

 上の姉は十五になり、貴族学校を卒業する歳。

 本格的に結婚準備に入る時期に来ており、頻繁に婚約者を家に呼んでいた。


 訪れるたび、男子たちは俺にも挨拶をしてくれて、


「やあ、アヴィナ。今日も可愛いね」

「ごきげんよう、お義兄さま。お義兄さまこそ本日も素敵です」

「ありがとう。未来の妹の言葉なら素直に受け取っても構わないかな」


 俺的には「年の離れた幼女を構ってくれる優しいお兄ちゃん」くらいの感覚だ。

 相手方もおそらくそうだったと思うのだが──。


 婚約者殿が俺を見かけるたびに足を止めて話しかけたり。

 毎回俺用にお土産を持ってきたり。

 会えないなら会えないで「今日はアヴィナはいないのかい?」と尋ねてくるのが義姉的に不満だったらしい。

 しかも、そうした態度は日増しに強くなっていき、





「彼はあなたなんかに絶対に渡さないわ! だって私の婚約者なんだもの!」


 となった。

 前にも言ったが、女の嫉妬は恐ろしい。

 特に恋愛絡みは手に負えない。


 もちろん俺に婚約者殿を誘惑するつもりない。

 義姉の怒りを抑えるため、しゅんとした態度で謝った。


「申し訳ありませんでした、お義姉さま。わたしの態度に問題がございました」

「……ふんっ。あら、少しは反省したのかしら?」

「はい。わたし、お義姉さまを傷つけるつもりはなかったのです。あの方にはもうお会いしないようにいたしますので、どうかお許しください」


 完全降伏を宣言すると、義姉も「わかればいいのよ」と態度を改めた。

 以降、約束通り俺は婚約者殿に会うのを止めた。


 ──本当は、悔しかった。


 物事を俯瞰していられるのは前世の記憶があってこそ。

 前世の「俺」に女社会の機微は把握しきれない。

 年相応の情緒は娼館に引き続き、理不尽な扱いに悲鳴を上げて。

 メイドに心配されるので、枕に顔を埋めてこっそり泣いた。


 悪いのは俺だ。

 理不尽を跳ねのけられるだけの理屈も力もないのだから。

 自分に言い聞かせ、一度はこれを呑み込んだのだが……。


「アヴィナアヴィナアヴィナ! どうしてあなたばっかり!」

「お姉様だけじゃなく私の婚約者まで、どうして!?」


 何故か、状況は悪化した。




    ◇    ◇    ◇




 約束通り一度も会っていなかったのにどうして。

 話を聞いてみればこうだ。


 急に俺に会えなくなった婚約者殿は「何か理由があるんじゃないか」と怪しんだ。

 義姉は適当に言い繕ったものの余計に不審がられて、


『アヴィナはあなたに会いたくないそうです』

『義妹のことはどうでもいいのです。それよりも私を見てください!』


 訴えられた婚約者殿の答えは、


『一度、アヴィナと話をさせて欲しい』

『姉妹喧嘩が原因なんじゃないだろうか。それなら、俺は二人に仲良くして欲しい』


 さらに、彼から相談を受けた下の義姉の婚約者まで加わったらしい。


「お義姉さま。わたしはお約束通り、お義兄さまがたと口を利いておりません。手紙をも封を開けておりません」

「どうして手紙を開けないのよ!?」

「どうしてって、お義姉さまを傷つけるかもしれないと──」

「あなたが自分で『もう会いたくない』と言えば済む話なのに!」


 じゃあそう俺に言えよ!


「……でしたら、お義兄さま方に手紙を書きます」

「もう遅いのよ! 今更なにを言っているの!?」

「もういいわ、このことはお父様に言いつけます」


 俺は唇を噛みつつ「かしこまりました」と頭を下げた。


 ふざけんなバーカ、と言いたかったが、両方がキレても言い合いにしかならない。

 当主に処分されたほうが丸く収まると静観した。

 するとその夜、養父の私室に呼ばれて──。


「アヴィナ、君からも事情を聞きたい。正直に話してくれないか?」

「お養父さま、それは」

「お父様! どうしてその子から話を聞く必要があるのですか!?」

「私たちが嘘を言っていると仰りたいのですか!?

「落ち着きなさい、二人とも。アヴィナは大事な妹だろう」

「はぁ!?」


 養父の気持ちは俺にもわかった。

 揉め事の仲裁をする時は両方の意見を聞くのが基本。

 血の繋がりだけで贔屓しないのはさすがだと思う。

 慧眼と言われたのもこうしたところから来るのかもしれない。

 が、


「どうしてお父様までこの子の肩を持つんですの!?」


 義姉たちにしてみたらこれで、身近な男三人が俺の味方についてしまった。


「お父様まで! アヴィナ、あなたは何人の男を誑かせば気が済むの!?」

「お母様に訴えますから!」


 義姉たちはもう俺や養父がなにを言っても聞かなかった。


「彼は私の! 私の幼馴染なのに! どうして後からきた子供が!」

「ええ、ええ。あなたはなにも悪くないわ。悪いのはあの子。ああ、あんな子引き取らなければ良かったのに」


 義母を味方につけた彼女たちはあからさまに俺を冷遇するようになり──。

 俺を不憫に思ったのか、父はますます俺を気に掛けるように。


 一部の使用人まで俺のフォローをしようとするので空気は悪化の一途をたどり、




    ◇    ◇    ◇




「アヴィナ。半刻以内に荷物をまとめて出ていきなさい」


 養父が所要で外泊したタイミングで、義母から一方的に告げられた。

 専属メイドが解雇覚悟で抗議しても聞く耳持たず。

 子供サイズの鞄一つを俺に放って睨みつけてくる。


 ──お養父さまの了承は得ているのでしょうか。


 喉もとまで出かかった言葉を俺は結局飲み込んだ。

 当主のいない場合に緊急で決済を行うのは妻の役目。

 代行権を持つ彼女の命令は当主の命令も同じだ。


「かしこまりました」


 釈明を諦めた俺は手早く荷物を詰めていった。

 持ち物は決して多くない。

 衣類は着る人間がいないからので持ち出しを許可されたが、

 装飾品は換金しやすいのですべて置いていくことになった。


 ──お気に入りだった花のイヤリングも泣く泣く装飾品箱に閉じ込める。


「お前の引き取り先はもう決まっているの」


 荷物を詰め終わった俺は、意外と重い鞄を必死に持ち上げて。


「わたしは、どちらに売られるのでしょうか?」


 くすり、どこか意味ありげに笑った義母──いや、男爵夫人は愉快そうな声でこう答えた。


「『瑠璃宮』よ。良かったわね、人の男を奪う泥棒猫にはぴったりじゃない?」


 告げられた名前は、娼館時代に何度も聞いたことがあった。

 街一番の高級娼館。

 所属する娼婦は下手な貴族より良い待遇を受けるとも、貴族社会にいられなくなった元令嬢が多くいるとも言われる。

 金持ちでなければおいそれと門をくぐれない『女の園』。


 一度売約が成立してしまえば男爵でも簡単に手は出せない。

 女の嫉妬によって二度も居場所を追われた俺が、よりにもよってまた娼館とは。


 家柄や親の項目もそうだが──「幸運」にもちょっとは振っておくべきだったかもしれない。


 強くならない限り、俺はこのまま失敗を繰り返すのだろう。

 強くならなければ。

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