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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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学園の新入生アヴィナ -1-

 貴族令嬢の朝は緩やかに訪れる。


 ──上に立つ者として優雅であれ。


 家格に見合った贅沢をしろ、と並べて語られる貴族の流儀だ。

 故に、俺の目覚めはたいてい小鳥の囀りや部屋に流れ込むそよ風と共にある。


 貴人のベッドは基本、部屋の中央付近。

 射し込む陽光に気づくのは目覚めた後のことだ。


「ん……っ」


 路上生活経験のせいか、俺は多少の物音じゃ起きない。

 代わりに朝寝坊には向いておらず、早めの時間に自然と目が覚めてしまう。

 ふかふかのベッドの上で身を起こして小さくあくびをしていると。


「おはようございます、アヴィナ様」

「ええ、おはようメアリィ」


 ベッドにはぐるっと囲むように薄いカーテンが取り付けられている。

 ヴェールと同じくシルエットをぼやけさせるのが目的だ。

 これがあれば周りで作業するメイドが寝顔に魅了されずにすむ。


 ただし、既に『洗礼』済みのメアリィは平気で入ってくる。


 うがいと、目覚めのお茶、洗顔までをベッドの上で済ませた後、


「それでは、こちらを」


 差し出された仮面を手に取った。

 顔すべてを覆うそれは硬質かつ厚手でありながら驚くほど軽い。

 公爵家が特注し、複数の魔法がかけられた特別製。


 国一番の魔法の使い手に依頼して作ってもらったらしい。


 持ち主以外には使えず、顔に近づけるだけで自然に吸着、外さない限りはズレない。

 瞳も口も覆われているのに視界は遮られず、声も呼吸も通る。


 一週間ほど、練習のため屋敷内でも仮面をつけて過ごした。

 それはすべて今日この日のためだ。


「いよいよ、学園へ赴く日ね」

「はい。アヴィナ様の存在が広く皆に知れ渡る日でございます」


 文字通り信者と化しているメアリィの言葉は話半分だが。


「公爵令嬢として、注目を受けるのは覚悟しないと」


 民だけでなく、多くの貴族の模範とならなければ養女となった意味がない。

 将来的に模範の意味を変えたいとは思っているが。




    ◇    ◇    ◇




「では、行ってまいります」

「ええ、行ってらっしゃい。……メアリィ、エレナ。アヴィナを頼みます」

「命に代えてもアヴィナ様をお守りいたします」

「お姉様、帰ったらお話、たくさん聞かせてくださいね?」

「ええ、もちろん。楽しみにしていてちょうだい」


 養父は仕事、義兄は既に学園に赴いているため、養母と義妹に見送られて。

 乗り込んだ馬車がゆっくりと走り出す。

 正門の前でメアリィのエスコートを受けた俺は制服のスカートを揺らしながら一歩ずつ前へ。


 ──王立貴族学園。


 高級感のある暖色系の外観、広い敷地内に庭園まで有する貴族子女の学び舎。

 丁寧に磨かれたその門の左右には騎士が控えており。

 制服やお仕着せに不死鳥の紋章を携えた俺たちは呼び止められることなく一礼で迎えられた。

 主要人物の外見を覚え、所持品や馬車のランクから真贋を見極められないようでは門番は務まらない。


 なにしろここは貴族はおろか王族までが通う国の重要施設なのだから。


 華やかな貴族の学び舎には相応の金がかかっている。

 同時に、様々な思惑が複雑に絡み合う貴族社会の縮図と言うべき魔窟でもある。


 とうとう、こんなところまで来てしまった。


 前世は小市民、今世は孤児である俺には正直荷が重い気がするのだが。

 『瑠璃宮』で培った技術と心得で、周囲に不安は悟らせない。

 ゆっくりと、一定のリズムで歩を進める。

 そして、


「さすがに制服ではあのおかしな趣味は発揮されなかったようですわね」

「おかしいとは思っておりませんが、この制服も趣向をこらしたお気に入りなのですよ?」

「アーバーグ侯爵令嬢が入学早々、フェニリード公爵令嬢に因縁をつけている」

「これは、今年の学園も荒れるぞ」


 来訪して早々、セレスティナ・アーバーグとにらみ合った。

 前に話した通りの半分お芝居だが。

 派閥の異なる俺たちがあまり仲良くすると現時点では悪影響が大きい。


 ともあれ、おかげで俺は『仮面の公爵令嬢』『もう一人の聖女』として初日から有名人となった。




    ◇    ◇    ◇




 メアリィたちを伴った俺は校舎──ではなく寮へと向かった。


 新年度の開始までにはまだ数日ある。

 今日はいわゆる入寮日であり、入学の前準備が本題。


 都の内側寄りに伸びる道を進むとその先に、木立ちに囲まれた円形の建物。

 円の奥側と回廊で繋がるようにしてさらにV字に建物が伸びている。

 上から見ると鳥か蜂が羽ばたいているように見えるだろう。


 円形部分がロビーや食堂、書庫などを備えた寮の共用区画。

 V字部分がそれぞれ男子棟と女子棟になっている。


「新入生はまだ少ないようね」

「位の低い家の者も明日より順次、入寮して来るかと」


 新入生は高位の家ほど早く入寮するのがここの慣例らしい。

 学園の空気に慣れるためという建前だが、要は「学年内で君臨するのに時間を使え」ということ。

 既に顔見知りの二・三年生には適用されないので──さっきセレスティナに待ち構えられたように、けっこうな数が既に寮に入っている。


「北西向きの棟が女子棟だったわね」

「左様でございます」


 令嬢として、顔を合わせた者には微笑むのがマナーだが、仮面のせいで意味がない。

 目が合った者に会釈だけ送って歩を進めると。


 ──前方に、身なりの整った青年の姿。


 思わず足を止めそうになった。

 しかし、それは失礼にあたる。向こうがばっちり俺を認識しているからだ。

 容姿の特徴と服の紋章が事前情報内の「最重要人物」と合致する。

 俺は彼から二メートルほどの距離を置いて跪いた。


「面を上げよ」


 貴い相手に対した時は許しがあるまで顔を上げることも話しかけることも許されない。


「仮面の娘。其方が、新たに就任したという『大聖女』だな?」

「はい。アヴィナ・フェニリードでございます。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう──」

「良い。堅苦しい挨拶は不要だ。養女と言えど公爵家の一員、王家の縁戚であろう」


 俺は立ち上がると「寛大なるご配慮、ありがとうございます」と一礼した。


「光栄にも公爵家の末席に加えさせていただきました。

 皆さまのご期待に沿えるよう、精一杯励む所存です」


 彼──セレスティナ・アーバーグの婚約者にしてこの国の第一王子。

 何事もなければ『次期王位継承者』となる十五歳の青年は「なるほど」と呟いて。


「噂通り、フェニリード家の養女はなかなかに優秀らしい」

「勿体ないお言葉でございます」

「だが、その仮面はなんだ。顔が全く見えないではないか」

「特注の魔導具でございます。

 恐れながら、わたしの顔はみだりにお見せするようなものではございませんので」


 王子は、はっ、と鼻で笑うと「謙遜を」と呟いた。


「見せろ。セレスティナから其方の美しさは聞いている。一度この目で見てみたい」

「申し訳ありませんが、父公爵より外すなと厳命を──」

「三度目はないぞフェニリード。いいから見せろ、俺はその手の美しさには慣れている」


 上位者からの強権発動。

 辺りにぴりっとした空気が走る。


 建前上、学園内では過度な礼儀は必要ないことになっている。

 男爵家の子女でも王族と顔を合わせることが許されているが──あくまで程度問題だ。

 公爵家相手でも罰を与えられるくらい、王族は偉い。


 俺が歯向かえない相手にメアリィたちが割って入れるはずがなく。

 向こうにもお付きがいるものの「殿下、それは」「黙れ」と下がらされてしまう。

 誰か助けてくれると助かるが、外野は注目しつつも知らん顔。


 自分でなんとかするしかない。

 俺は身体の震えをそっと抑えつつ、答えた。


「万一にも殿下を魅了してしまえば、セレスティナさまに合わせる顔がございません」

「ほう」


 突き刺さるようなプレッシャー。

 王子はすう、と息を吸い込み──。


「面白い」

「え?」


 彼は、いつの間にかにんまりと口元を歪めていた。


「初対面で俺に口答えするか。……しかもその理由がセレスティナとはな」


 くく、と、押し殺すような笑い声。


「気に入った。今後ともよろしく頼むぞ、アヴィナ」

「……身に余る光栄でございます、殿下」


 なんとか助かったらしいが……。

 ひょっとしてこれは「おもしれー女認定」というやつか。


 第一王子、話には聞いていたものの想像以上に奔放、俺様系だ。

 案外、聖女様もこいつに苦労させられてるんじゃないか。

 おかげで、初日からぐっと疲れてしまった。

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