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Veil lady ~転生美少女は、異世界にえっちな衣装を広めたい~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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【閑話】メアリィと運命の出会い

 私──メアリィはフェニリード公爵家のメイドだ。


 実家は伯爵家の分家筋、私はその次女として生まれた。

 幼い頃から、両親は私に何度も「結婚」を説いた。


『女の子は、素敵な旦那様と結婚することで幸せを得るの』


 連れられて行った親戚の結婚式。

 綺麗なドレスを着て微笑む花嫁の姿に一目で憧れた。

 私も、将来はあんな風に。

 良い縁談のためと礼儀作法やお洒落を学び、わくわくしながら学園へ入学。


 きっと素敵な出会いがある。


 けれど、憧れていた「素敵な人との出会い」は私には訪れなかった。

 家格が釣り合わなかったり、相手に他に好きな人ができたり。

 平凡な男性からは何度も口説かれたけれど、私にとって彼らとの結婚は「幸せ」ではなかった。


 だから、私はもっと努力することにした。


 高位貴族のメイドになって女としての格を上げる。

 ご子息様やお嬢様に付いて学園へ赴ければ、再びチャンスが巡ってくる。

 それ以外にもお屋敷を訪問するお客様と愛が芽生えるかもしれない。


 幸いにも、フェニリード公爵家という願ってもない家が私を雇い入れてくれた。


 これなら、きっと。

 胸を躍らせながら始めた新しい生活だったけれど……それもやっぱりうまくはいかなかった。

 ご子息様の専属メイドになることは叶わず。

 お客様から褒められることはあっても嫁にと請われることはなかった。


 そうして三年。


「メアリィ。あなたをお嬢様の専属メイドに指名します」


 メイド長から話を持ち掛けられた時は、ようやく努力が報われたと思った。

 公爵家直系のお嬢様ならきっと良いご縁があるはず。

 もしかしたらお相手の従者同士の縁談も期待できるかも──。


「近々、当主様は新たに養子をお迎えになられます。あなたはその方の専属を務めなさい」

「え……あの、養子、ですか?」

「はい。お嬢様よりも年上ですので、その方が公爵家の長女となられます」


 期待と裏腹に、私が宛がわれたのは実子ではなく養子の専属。


 しかも、公爵家に迎えられたアヴィナ様はヴェールや仮面で顔を隠した奇妙な方だった。

 白くすべすべの肌や細く長い銀髪は公爵家に相応しい美しさだけれど。

 見目が整っているのなら顔を隠す必要がどこにあるのだろう。


 加えて、アヴィナ様は娼館育ちのせいか服装の好みが淑女からはズレていた。


 こんなことでは、寄って来るのは邪な目的を持った者ばかりになりかねない。

 彼女の運命はどうなっても構わないけれど、それでフェニリード家に被害が及ぶのはいけない。

 雇っていただいた恩、温かい家の雰囲気──私はこの家に忠誠を捧げている。

 必要であればメイドとして主のために盾になる覚悟もある。


 けれど、アヴィナ・フェニリード個人を尊敬することはできない。


 地味で、けが人や病人の多い神殿に通わなければならないのも気が乗らない。

 私はできる限り神殿行きをもう一人の専属──エレナに任せることにした。


「神殿行きを担当するのは構いません。ですが、メアリィ。仕事をえり好みする態度はメイドとして改めるべきかと」

「なによエレナ。公爵令嬢に相応しくないんだから、別に嫌ったっていいじゃない」


 専属としての同僚となったエレナは私より一歳年上だが、実家は子爵家。

 仕事だからやっているだけで、愛想なんて必要以上は振りまきません……という態度が私とはまったく相いれない。

 仕事は、特にご令嬢のお世話は淡々とこなせばいいわけじゃない。

 服装や礼儀作法にも気を配らなくてはいけないのだから、笑顔などの愛嬌だって重要だ。


 ──なのに、アヴィナ様はエレナを重用する傾向があった。


 私が神殿に同行しないから?

 服の趣味が私とは合わないから?

 苛立ちが募った。所詮は養女のくせに。不要と判断されれば手放される立場なのに。

 娼館育ちごときに公爵令嬢としての振る舞いができるわけ、


「これならば十分、学園入学に間に合うでしょう」


 だというのに、アヴィナ様は礼儀作法も、ダンスも、歌も、読み書きや計算も既に習得していた。

 一から教わる姿を見て気分を紛らわせようと思っていたのに、見せられたのは令嬢として相応しい姿。


 私は、アヴィナ様を勘違いしていた。


 公爵様と奥様がお選びになったのは間違いではなかった。

 だとすれば余計にその素行が気になってしまう。

 けれど、私が主張しようとすればするほど、屋敷内での私の立場は悪くなっていった。


 私が悪いのだろうか。


 苛立ちが募り、爆発寸前に追い込まれた頃。


「メアリィにはわたしのすべてを見ておいて欲しいの」


 私は、運命に出会った。




    ◇    ◇    ◇




 ヴェールの下にあるアヴィナ様の顔は、想像以上の美しさだった。


 神様がいるとすれば、きっとこういう顔をしているだろう。

 いや、私にとって、これこそが神そのものだと言っていい。


 今まで神殿から距離を取っていたことを心から後悔した。


 宝石、あるいは異国のガラス細工のように神秘的な青色の瞳。

 彫刻や絵画であってもこうはならないと思える奇跡の造作。

 小ぶりな薄桃色の唇に、繊細なまつ毛の一本一本。

 なにもかもが美そのもの。


 ああ、まさか、こんな美しいものがこの世にあっただなんて!


『女の子は、素敵な旦那様と結婚することで幸せを得るの』


 両親の教えは間違っていた。

 私の幸せは結婚ではなく、この方に出会うことでもたらされるものだったのだ!

 私は跪いて神に祈った。

 アヴィナ様という至高の存在にめぐり合わせてくださったことに心から感謝した。


「ありがとうございます。ありがとうございます……っ!」


 ……エレナたちが「この子は大丈夫なのか?」という顔でこっちを見てくるのがひどく心外だ。


 彼女たちにはアヴィナ様のこの美しさがわからないのだ。

 ヴェールなんて身に着けていないで直視すれば幸せになれるのに。

 幸せ。

 ああ、そうだ。


「大商人や貴族家の使用人が出入りするような高級酒場をはしごして男性に声をかけていたそうだけれど」

「大変申し訳ありませんでした」


 結婚なんてもう必要ない。

 むしろ、家庭に入ってしまえばアヴィナ様から離れなければいけなくなる。

 そんなこと、今の私には耐えられない。

 考えただけで寒気がして、絶望に突き落とされた気分になる。


 私は一生、アヴィナ様にお仕えしたい。


 この方の髪が、瞳が、肌が、損なわれるのを可能な限り食い止め世に残したい。

 アヴィナ様が女として瑞々しく成長なさるのをこの目で見守りたい。

 それに比べたら男に愛されることなんて、いったいなんの価値があるのだろう?


 私は、今日この日に生まれ変わった。


 今ならば、アヴィナ様の露出癖がこの美しさを皆に知らしめるためだと理解できる。


「今までごめんなさい、エレナ。これからはどうか、仲良くしてちょうだいね?」

「……メアリィ。あなた、おかしくなっているのでは?」

「おかしくなんてなっていないわ。……いいえ、狂わされているのは事実かしら。アヴィナ様という貴いお方の存在によって!」


 エレナの態度が崇めるものの違いにあることもよくわかった。

 彼女がフェニリード家に強い忠誠を誓うように、私はアヴィナ様に永遠の忠誠を誓った。


 みなに姿を晒してしまえばみんなアヴィナ様の前に跪くと思うのだけれど、アヴィナ様は奥ゆかしいことに、できるだけ美貌のすべてを見せない方針らしい。

 もしかしたらそのほうがいいのかもしれない。

 アヴィナ様の信奉者が増えてしまえば私はその中の一人に過ぎなくなる。


 今、こうしてお傍にいられる幸せを噛みしめつつ、私は今日もアヴィナ様のお世話をするのだった。

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