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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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公爵令嬢アヴィナ・フェニリード -6-

 たった三年程度の期間だったが、俺は姉たちから多くのことを教わった。


 ──剣、魔法、教養に芸術、遊戯、礼儀作法。


 姉の一人、娼姫アンナは音楽に長けた人だった。

 蜂蜜色の髪と金にに近い黄色の瞳を持つ、浮世離れした美人。


『世界は音で溢れているの』


 おそらくは前世で言う絶対音感の持ち主で、音を撫でるように指を動かし、歌うように語る人だった。

 ヴァイオリンやフルート、ハープなどたいていの楽器は人並み以上に扱える。

 しかし、その本領は歌唱のほうで、『瑠璃宮』には彼女の歌を聞くために足を運ぶ者さえいたほどだ。


 前世の小学校で鍵盤ハーモニカと縦笛を習った程度の俺に嫌な顔一つせず教えてくれて。


『アヴィナの声は素敵ね。昼の音と夜の音を合わせて研ぎ澄ませたみたい』


 俺の声を聞きたがってはうっとりと表情を緩ませていた。

 歌の才能はそれほどなかったので、好まれたのは歌より朗読や詩の暗唱だったが。


『上手い下手なんて聴く人が勝手に決めること。あなたの心をそのまま響かせてみて』


 技術的な正誤と心に響く音楽かどうかをきっちり切り分けてくれる人で。


『正しくできているのなら、後はどこまで気持ちをこめられるかどうか』


 技術が身についてくるほど「歌からなにも伝わってこない」とかの精神論が多くなるのはどうかと思ったが。

 心の半分を音の世界に置いてきたような彼女の振る舞いは俺に歌う楽しさを教えてくれた。







『大切なのはとにかく指すこと。そして、定跡に囚われないことです』


 娼姫プラムとは数々のボードゲームで遊ばせてもらった。

 彼女の部屋にはチェス盤をはじめ無数のゲームが揃っており、暇さえあれば見習いや他の娼姫を誘って対戦していた。

 相手がいなければ一人で並べ続ける人なので、仕事時間にみんなで客を出迎える伝統の仕組みを面倒だとこぼしていた。


『好きなだけ指してもお金に困らなくて済むように高級娼婦になったんです』


 下級貴族家のメイドから生まれたという彼女もまた独特の人生観を持っていて。


『アヴィナは子供なんですから、もっと自由に遊んでいいと思います』


 歳の割に手が無難すぎる、もっとおかしな手を見せて欲しいとおかしな要求を俺に突き付けてきた。

 自身もたまにわけのわからない手を披露してくるし、もっとわからないのはそれでなんかだいたい勝ってしまうところ。

 経験の蓄積と、固定観念に囚われないこと。

 どちらも大切なのだと身をもって教えてくれた。


 チェスでも、盤上演習でも、カードゲームでも、数えきれないくらいこてんぱんにされて。


 若い見習いだとふて腐れることも多い中「どこが悪かったのか」と思考を巡らせる俺を、なんだかんだ気に入ってくれていた。

 おかげでだいたいのゲームのルールは頭に入っている。






 俺に魔法の才がないことを嘆いていた娼姫ヴィオレからは国の歴史なども学ばせてもらったし。

 俺に剣を教えてくれた娼姫ロザリーは城内の組織図や騎士団の構成など、外からでは知りづらいところについて知識を持っていた。


 店の女主人は後継者探しの一環として俺にせっせと読み書きや計算を仕込んでくれて、だからこそ早々に身請けさせることになった時は嘆いていたのだが──。




    ◇    ◇    ◇




「素晴らしいです」


 家庭教師の感嘆の声が俺の私室に広く響いた。


「基礎から教えることも覚悟しておりましたが、アヴィナ様は既に一定水準に達しております。

 『瑠璃宮』の娼姫教育は噂以上に優れているようですね」

「ええ。姉たちの教えが良かったのです」


 貴族令嬢の教育は多岐にわたる。

 読み書きはもちろん、音楽、絵画、ダンス、所作、礼儀作法等々を幼少期から叩き込まれる。

 家によって「余計な教養はかえって邪魔」とされることもあるが、フェニリード家は可能な限り教育する方針。

 公爵家だと王族、高位貴族との対面も想定されるので、対応できないとそれだけで詰みかねないからだ。


「これならば十分、学園入学に間に合うでしょう」

「まあ、本当ですか?」

「ええ。公爵家の名に恥じない程度にはできておりますので、入学まではおさらいを挟みつつさらなる向上を目指しましょう」

「かしこまりました。どうぞよろしくお願いいたします、先生」


 授業に励む俺の姿を、メアリィは「うそ」とでも言いたげな表情で眺めていた。

 淡々と控えるエレナとは対照的なその姿に少々危機感を覚えてしまう。


 ──ちなみに、今回はメイド長もこの場に同席しており。


「先生のお言葉はそのまま受け取って問題ないかしら?」

「はい。他家のご令嬢に引けを取ることもないでしょう」


 家庭教師が部屋を辞した後、そう太鼓判を押してくれた。


「メアリィ? あなたはどう思うかしら」


 さらに、彼女は振り返ってそう尋ねて、


「はいっ! アヴィナ様ならきっと皆さまからの注目を集められます!」


 その意図をどこまで察しているのか、メアリィは黄色の瞳を輝かせて答えた。

 朗らかで、嘘のなさそうな態度は素直に好感が持てるのだが……。




    ◇    ◇    ◇




「アヴィナ様。どうか学園ではメアリィをお連れくださいませ。

 エレナには部屋の整頓のほうが向いているでしょう? 適材適所ですわ」


 メアリィの態度は改まるどころか悪化した。


「前にも言ったわ。メアリィ、同僚を貶めるような発言は止めなさい」


 苦言を呈すればさっと表情を曇らせて「ひどいです」と涙してみせる。


「私は本当のことを言っているだけです」


 大半はエレナのいないタイミングを狙っているとはいえ……。

 素がこれなんだとしたら逆に面倒だぞ。


「ごめんなさい、エレナ。苛立ちも募るでしょうけれど……」

「問題ありません。アヴィナ様は公平に評価してくださっておりますので」


 メアリィが非番で外出している時を見計らってメイド長が再び部屋にやってきた。

 集められたのはエレナほか、数人のメイド。


「あの子の行動は限度を超えて逸脱しているようですね」


 ちらり、と、視線が送られればエレナ以外のメイドたちが頷いて。


「以前からメアリィは『縁談があれば屋敷を出て行く』と公言しておりました」

「アヴィナ様の専属を命じられた際は『女性で、しかも養女だなんて』と憤慨していたのですが」

「最近は『アヴィナ様のお傍にいればいいご縁があるわ』とご機嫌です」


 一方からの話だけを鵜吞みにはできないが──。

 俺は小さく息を吐いて。


「当人の言動とも一致するわね」

「いかがなさいますか、アヴィナ様」


 ここで俺が「辞めさせて」と言えばおそらくすぐにでも実行されるだろう。


「メアリィはわたしを利用して男性に取り入ろうとしているのね?」

「話を総合する限り、その可能性は高いかと」


 エレナも表情を崩さないままに、


「彼女の態度は主人に対する敬意に欠けております」


 やっぱり腹に据えかねる部分はあったらしい。


「……それにしても、思ったよりもわたしは評価されていたのね」

「利用価値がある、と判断したからこそこのような行動に出ているようですね」


 積極性はあるし、目的達成のためならきちんと尽くしてくれるだろうが。

 俺は少し考えてから「仕方ありません」と方針を決めた。


「言ってだめなら最後の手段です」


 次の日の夕方、俺はメアリィに入浴の補助を命じた。

 貴族令嬢は重い物を持たないし、身だしなみにも使用人を使う。

 これまでもヴェールをつけたたまま身体を洗ってもらったり、髪を手入れしてもらったりしてきたが、


「学園では専属だけが頼りでしょう? メアリィにはわたしのすべてを見ておいて欲しいの」


 今日は俺ではなくメイドたちがヴェールをつけている。

 これは流れ弾が行かないようにするための措置で。


「さあ、メアリィ? ヴェールを取ってちょうだい」

「は、はい、アヴィナ様!」


 姉、アンナを思いだしながら歌うように告げれば、メアリィは笑顔で布を取り払い、


「────ぁ」


 一目、俺を見た瞬間に凍り付いたように動かなくなった。

 瞳が潤み、唇が震え、両手が口元を覆うように持ち上がる。

 俺は、すべてをわかっていながら微笑んで、


「どうしたの? さあ、服を脱がせてちょうだい?」


 俺は転生特典を『魅力』に全振りしたが。

 『魅力』ステータスはなにも見た目の美しさだけを表すわけじゃない。

 声やにおいなどを総合した「人を惹きつける力」がそれだ。


 だから。


 素顔を直視し、一糸まとわぬ俺に至近から囁かれるのが効果的。


「メアリィは仕事が丁寧ね。お洒落に関心が高いからかしら」

「…………」

「……メアリィ?」


 靴下を脱がせるために膝をついていたメアリィは、いつのまにか滂沱の涙を流していた。


「ありがとうございます。ありがとうございます……っ!」


 やばい、やりすぎて壊れた。

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