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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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公爵令嬢アヴィナ・フェニリード -5-

「お時間をいただきありがとうございます、お養父さま」

「可愛い娘のためならお安い御用だよ」


 公爵の執務室には紙とインクのにおいが漂っていた。

 多くの本や書類が棚に並んでいるせいだろう。

 魔導具に浄化された空気もいいが、こういうにおいもなんだか落ち着く。


 仕事の手を止めた養父は「お茶でも飲もうか」と応接セットを示した。


 ソファに向かい合うように座ると、中年のメイド長が給仕をしてくれる。

 頃合いを見計らっていたのか茶葉の蒸らしも完璧だ。


「さて。手紙の件だね?」

「はい」


 少し前から俺は養父に「時間を作って欲しい」とお願いしていた。

 手紙で伝えた用件は「専属メイドの人選について」。

 口頭で伝えなかったのは連絡役が他でもないエレナ、メアリィだからだ。


 公爵専属ではないメイド長が控えているのもこの関係。


「大事な話があるんだ。退室してくれるかな?」


 命じられたエレナは「かしこまりました」と一礼、静かに部屋を出て行った。

 扉が閉じてから数秒の後、魔導具による防音の結界が起動して。

 俺と養父、それからメイド長だけを包み込む。


「命令に忠実な良いメイドだ。用件もある程度察しているのだろう」

「勿体ないお言葉でございます」


 答えたメイド長は僅かに間を置いてから続ける。


「これがメアリィであれば抗弁したかもしれません」

「ふむ。そのあたりが相談の理由かな、アヴィナ?」


 俺は少し考えてから「いえ」と答えた。


「メアリィだけでなくエレナについても、選定の理由をお伺いできればと」

「なるほど」


 公爵は頷くと、護衛の私兵が控えた扉を見た。


「ちょうどいい機会だから言っておこうか」


 綺麗だが、よく見ると鍛えられた指が防音の魔導具を撫でる。


「防音の魔導具に頼りきりになるのではなく、読唇術にも警戒しなさい。

 貴族家の廊下には絨毯が敷かれていることも多い。

 外に誰もいないかどうか、音による判別も危険だよ」

「……はい」


 魔導具があるのにエレナを排した理由がそれか。

 特に大事な話は人のいないところで。

 室内は安全でも外から盗み聞きされるかもしれない。


「加えて言えば、テーブルの裏等に魔導具を忍ばせる事もある。

 音を拾って対になる魔道具に送るような、ね」


 養父の指がこつんとテーブルを叩くと、背筋が震えた。


 なんだよそのスパイ合戦。

 ファンタジーなのに盗聴器の心配までしないといけないのか!?


「もっとも、家の中から基本的には安全だけどね」

「アヴィナ様は最低限警戒してくだされば問題ありません。

 常に気を配るべきは我々、傍に控える使用人です」


 付け加えられた言葉で少しは安心できた。

 例えば今回、エレナが立ち止まって盗み聞きしていれば外の護衛が見咎める。


「だからこそ、信頼できない専属は問題でもある」

「……お養父さまはなぜ、エレナとメアリィをわたしの専属になさったのですか?」

「具体的な選定については旦那さまより私が指示を受け実行いたしました」

「僕の要望は『アヴィナに容易には靡かぬ者を』だったね」


 続いた話で再び気持ちが冷えてくる。


 ──やっぱり、そういうことか。


 俺が絡みづらい相手が意図的に選ばれていた。


「忠誠心のない不心得者はこの家に一人もいない、と私は思っている。

 ……とはいえ、家と個人を分けて考える者も中にはいるだろう?」

「公爵家に忠誠を誓っていても、わたしには関心のない者もいる、と」

「そう。私はね、君がどう動くか見たかったんだ」


 思わず、ティーカップを持つ手が震えた。


「人は利によって動く。君を養女と侮る者も中にはいるだろう。

 血縁がない以上、家から放り出されれば平民と変わりないのだから」

「であれば、わたしは十分にご期待に応えられておりませんね」

「アヴィナ。風呂や着替えの際はどうしているんだい?」


 急に話がセクハラに切り替わった。

 ……わけではもちろんなく、


「エレナたちがわたしを直視しないよう、可能な限りヴェールを付けております」

「素顔を晒してしまえば話が早い、とは思わなかったのかい?」

「互いを知る前にそれをするのは暴力と同じかと」


 人は利によって動く生き物。

 要するに利用価値がある、仕えるに足ると思わせればいい。

 血統はそれだけで力だが、ないなら才能や実績で補えばいい。


 俺の持つ一番の才能は、もちろん容姿だ。

 崇拝まで行かずとも「捨てるには惜しい」と──より正確には「公爵は『捨てるには惜しい』と考えるだろう」と思わせられれば、それは忠誠を尽くす理由になる。


 だけど、それは下手したら洗脳になる。

 大衆を惹きつけるだけならまだしも、近しい人間には俺という人間を先に知って欲しい。


「甘い判断だと自覚はしておりますが、ご容赦いただけないでしょうか」


 見えない不安を抱きつつ視線を向けると、公爵は美味そうに紅茶を飲んで。


「構わないよ。……理由があるにせよ、あからさまに君を軽んじるようならこの家には不適格だ」

「っ」


 一度、貴族家から売られた身としては「すぐに捨てられるかも」という意見もわかるのだが。

 血族と同様に扱えないなら当主の決定に逆らうも同じ──というのもまたその通りだ。


「これからも定期的に近況を報告してくれるかい、アヴィナ?」

「かしこまりました、お養父さま」


 養女の役目を果たせているか確認に行ったら、専属メイドたちの雇用が危うくなってしまった。




    ◇    ◇    ◇




「アヴィナ様。本日のお召し物はどうなさいますか?」

「そうね。メアリィが選んでくれるかしら?」

「よろしいのですか? でしたらこちらのフリルのドレスはいかがでしょう?」


 職務怠慢が見られたらメアリィたちの首が切られる。

 軽く見られるのは不本意だが、クビにして欲しいわけじゃない。

 彼女たちに認めてもらうにはどうしたらいいか。


 考えた末に本人たちの意思を尊重してみることにした。


 お洒落が好きそうなメアリィはドレス選びや髪のセットになると生き生きする。


「アヴィナ様の髪はお綺麗ですので整え甲斐がありますわ」

「そう? ありがとう、メアリィ」


 難点は当人の趣味がわりとセレスティナ寄りの「盛り派」なことか。

 物心ついてから毛先を整える以外切っていない銀髪をアップにされ、簪を挿してふわふわのドレスと合わせられて。

 鏡に向かうと「どこのお姫様!?」と言いたくなるような佇まいがそこにあった。

 淡々とサポートしていたエレナが堪えきれなくなったように、


「普段着としてはさすがに派手なのでは」

「なによ。エレナにはこの可愛らしさがわからないんでしょう?」


 指摘されれば、若干むっとしながら返すメアリィ。


 ──うん、彼女は少し調子に乗りやすすぎる。


 二人のうち人当たりの良さで言えば間違いなくメアリィに分がある。

 愛想が良いというのは外部との接触でも高得点だが……。

 職務を弁えているか否かで言えばエレナが圧倒的に高評価だ。


「メアリィ。主人の前でメイド同士が争うのはやめてちょうだい」


 仕方なく苦言を呈せばさらに気分を害してしまい、


「何故、アヴィナ様がエレナの肩を持つのですか」

「肩を持つのではなく、心得の問題よ。あなたはお客様の前でも同じことをするのかしら?」

「……私、朝食のメニューを確認してまいります」


 逃げるように彼女が去って行くと、エレナは「申し訳ありません」と頭を下げてくれる。


「謝らなくてもいいわ。あなたはただ職務に忠実なだけでしょう?」


 すると「ありがとうございます」と短く口にしたうえで、


「アヴィナ様。メアリィにも素顔をお見せになられてはいかがでしょう?」

「そうね。もう少し、わたしとしては歩み寄ってみたいのだけれど」


 起きている間は全身に気を配れ、と言われているのでできないが「ああもう」と吐き出したくなる。

 思っていることをそのまま伝えられる相手がうさぎのスノウしかいないというのはだいぶ辛い。


 せめて、先日出した手紙の返事が早く来てくれれば──。


「アヴィナ様。今朝『瑠璃宮』よりお手紙が届いておりますが……」

「本当? できれば今すぐ開封してくれるかしら」


 来た。

 歌い出したい気分になりつつエレナに指示を出す。

 俺が出した手紙は姉たちに送ったものだ。

 見習いが思うように言うことを聞いてくれない時にどうしているか、という趣旨の相談に、頼れる娼姫たちの返事は、


『実力を叩きつけなさい』


 めちゃくちゃシンプルだった。

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