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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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『大聖女』アヴィナ -4-

「『施し』の食べ物はこうして用意していたのですね」

「はい。近隣にある孤児院のご厚意で厨房を貸していただいているのです」


 都にも、恵まれない子供たちを養うための孤児院が複数存在している。

 多くは大商人や貴族が慈善活動として運営しているものだ。

 比較的大人数を養う前提があるため、厨房も大きめのものが設えられている。


 複数名の神官・巫女を指揮しつつ、巫女ラニスは誇らしげに微笑んだ。


「本当は私も調理に参加したいのですが……」

「ラニス様は指示出しに専念してくださいませ!」

「と、言われるようになってしまいまして」

「偉くなるのも考えものですね」


 俺はくすくすと笑って彼女に共感する。


「わたしは料理ができないから、技術のあるラニスは立派だと思うわ」

「そんな。公爵令嬢様に料理なんてさせられません……!」


 今回のメニューはクズ野菜のスープだ。

 一部が痛んで売り物にしづらいものを商人から買い付けたり、料理屋で出た切れ端をもらったりして安く野菜を買い付け、投入している。

 塩分は塩漬けの肉を細かくしてぶち込むことで確保。

 さらに、小麦粉を練って団子状にしたものを加えている。

 パンを焼く設備は専門店でないと大規模なものがない。たくさん買うと高くつきやすいので、代用として考えたものだ。

 スープというかもはや「すいとん」に近い。


「一品料理ですが、お腹に溜まる具材も入るので満足感が得られると思います」

「スラムの方々に喜んでもらえるといいのだけれど」

「アヴィナ様のお心は必ず人々に伝わります」


 と、立ったまま略式の祈りのポーズを取るラニス。


「大神官様や神官長様はお心を砕いてくださっていますが、現場に足を運んではくださいません。……聖女であるセレスティナ様も同様です。こちらにお越しくださっただけでも、神殿の変化を示す明らかな材料でございます」

「そう思ってもらえるのなら、わたしも嬉しいわ」


 都は広いため、スラムもなかなかに広範囲にわたる。

 スープも大鍋で作れるだけ作っては第二陣を作り始めることになる。

 俺とラニスは一つ目の大鍋が出来上がるとそれを皆に振舞いに向かった。


 俺のお付きとしてはエレナが同行している。

 彼女は相変わらず表情の変化も口数も少ないものの、俺の代わりに淡々と作業をこなしてくれる。


 ──メアリィはこういう地味な仕事には参加しないんだよな。


 神殿行きの回数が増えるにつれてなんとなくわかってきた。

 物腰の軽さとは相反して、仕事を選ばないのはむしろエレナのほうだ。


 ラニスとエレナが分担しつつスープを振舞うと、あっという間に人だかりができる。

 小さな子供からお年寄りまで、スラムには多様な年齢の人間がいた。

 あらためて訪れると、埃っぽさとすえたようなにおいも強い。


「おい、押すんじゃねえよ」

「お前こそ抜け駆けしてんじゃねえ!」


 彼らは生きるのに必死で、他人まで気を回している余裕がない。

 この光景は普通の貴族には刺激が強すぎるだろう。

 幼い頃ここにいたはずの俺ですら、贅沢な暮らしに慣れた後だと感じるものがある。


「ねえ、エレナ? やっぱりわたしもなにかしたいのだけれど」


 申し出ると、寡黙なメイドは少し考えてからため息をついて、


「では、私の注いだスープを手渡す役目をお願いいたします」


 俺が加われば、エレナがスープを注ぐのに専念できる。

 椀は木製のしっかりしたもので、飲み終わったら返却してもらって再利用する。

 本当なら洗ってから使いたいところではあるが、今のところはそのまま使い回すほかにない。

 椀を両手で受け取って「どうぞ」と差し出せば、ひったくるようにそれが奪われて。


 すぐに摂取しなければ死んでしまうと言うようにひと息で飲み干される。


 椀を盗もうとする者には控えている公爵家の私兵が折檻を加えなければならないが。

 多少乱暴な程度ならば俺は文句を言わない。

 指に小さな傷を作るだけで私兵たちは剣に手をかけたが──そこは仕草と視線で思いとどまらせた。


 妙に偉そうなヴェール姿の子供は人々の目に奇異に映るのか、


「なあ、あんた。一体なんなんだ?」


 年かさの住民の一人が俺を見て不審そうに尋ねてくる。


「この方はアヴィナ・フェニリード様です。神殿に新たに就任された大聖女様で、皆さまの現状を憂いてくださっているのですよ」

「ああ、あんたがあの」


 既に噂が広まっているのか、彼は驚くこともなく頷いて、


「聞いていた話ほど美人でもないな」


 厚手のヴェール越しに俺の顔を品定めした。

 まあ、ぶっちゃけよく見えないし、十二歳の子供とか対象外だよな……と。

 スルーしようとしたら、さっきまで笑顔だったラニスが頬をひくつかせて。


「アヴィナ様の美しさが理解できないとは……!」

「お、落ち着いてラニス。わたしが美しいかどうかはどうでもいいでしょう?」

「良くありません! アヴィナ様を感じることは神を軽んじるに等しい行為です……!」


 熱心な信者と狂信者って紙一重だな。


「はっ。どうせ見た目に自信がないから顔を隠しているんだろ?」


 あんたも余計なことを言うんじゃない。

 完全にむっとしたラニスが「アヴィナ様!」と涙目を向けてくる。

 ……あまり顔に頼るのも芸がないと思うんだが。


「少しだけよ?」


 そっと答えてヴェールを軽く持ち上げた。


 ──静寂。


 俺は、しばらく前からほとんどヴェールを着け続けている。

 専属であるエレナとメアリィにも素顔は見せていない。


 縁組の際に一度見ている公爵夫妻の見解は「下手に扱うと毒」。


 隠さなければ人を無差別に惹きつけ、虜にしてしまう。

 敬虔な聖職者を跪かせたのが数か月前。

 成長期である今、俺の身体は着実に完成に近づいていて。


「……神様?」


 俺を見たスラムの住民たちは呆けたように動かなくなった。

 腹を空かせたその日暮らしの彼らでさえも、目の前の子供に「神」を幻視したのだ。


 美しい女を前にした時、荒っぽい者ほど欲をむき出しにする。

 その欲すらも抑え込んでしまうほどの威力。


「そうです。アヴィナ様はこの地上で最も神に近いお方」


 ここぞとばかりにラニスが肯定する。


「このスープもアヴィナ様のお慈悲によって与えられたものなのです」


 いや、俺の影響はせいぜいスープがすいとんに化けた程度だが。

 飯の改善というわかりやすい恩恵からか、向けられる視線に熱がこもった。

 俺は慌ててヴェールを下ろし、


「……神様なら、もっとちゃんと助けてくれよ」


 縋るような呟きに「ごめんなさい」と答えた。


「わたしは神様ほど万能ではないのです。だから、できるのはこのくらい」


 本当は施しの後にするつもりだったのだが──。


 立ったまま聖印を握り、神に祈る。

 浄化の光が一帯に広がって、汚れや澱みを取り払っていく。

 建物も清められたおかげか辺りの空気も澄んだものになって。


 住人たちは白くなった着衣を見下ろして目を見開いた。

 スラム全体に行き渡ったわけじゃないし、一時しのぎに過ぎないが。

 棲み処が綺麗になれば「綺麗に使おう」と意識も芽生える。

 きっと多少は住みやすくなるだろう。


「もし、もっとたくさん食べたいのならば神殿に来てくださいませ」


 注目が最大限に集まったところで皆に告げる。


「神に仕える民に奉仕する覚悟をした者には、神殿が衣食住を保証いたします」


 その言葉に、いつかのような「神なんていねえよ」と反論をする者はいなかった。

 微笑む俺のドレスがちょんちょんと引っ張られて。


「なあ、姉ちゃん。また来てくれるか?」

「ええ。近いうちにまた参ります」


 俺が神殿の『施し』に同行できたのは学園入学までのほんの数か月間。

 それだって三日~一週間おきのことだったが──神殿では「アヴィナ様が参加なさると格段に反応が良い」と評判になった。

 大聖女アヴィナの名はスラムを中心にさらに広まり、スリや喧嘩が減少。

 騎士や衛兵の負担が減ったうえに都の治安にも僅かながらいい影響が出た。


 素顔を晒した時、エレナは常に俺の背後にいて。

 俺は彼女の反応をきちんと確かめることができなかった。

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