公爵令嬢アヴィナ・フェニリード -3-
「本日はお招きいただきまして誠にありがとうございます」
十二月の中頃、アーバーグ侯爵令嬢こと聖女セレスティナが公爵家を訪問した。
上等な菓子をたっぷりと持参した彼女は俺の格好を見て目を輝かせる。
「アヴィナ様、本日はとても素敵なドレスですわね?」
「ええ、わたしのメイドが見立ててくれたのです」
「あら、さすがフェニリード家の使用人。服飾の心得も確かですわね」
称賛の声を受けたメアリィは恭しく一礼しつつ満面の笑顔を浮かべた。
「勿体ないお言葉でございます、アーバーグ侯爵令嬢様」
俺の今日のドレスはスカートのふわりと広がる青色のドレスだ。
子供服ほどフリフリではないものの、少女らしい可愛らしいデザイン。
当然布面積も体積もたっぷり。
煌めく金の髪に橙の瞳のセレスティナが上機嫌になるのも納得である。
彼女自身、大人っぽくも華やかなドレスに身を包んでいる。
十四歳、来年度は学園の最上級生となる彼女は「布たっぷりが一番可愛い」派だ。
あと、嫌味な悪役令嬢と見せかけてだいたい本音しか言わない。
ドレスと使用人を褒めたのもそのまま称賛だと俺は受け取った。
『アーバーグ侯爵令嬢がいらっしゃるなんて! アヴィナ様、しっかりおめかしいたしましょう!』
『自宅にお招きするだけなのですから、いつも通りの格好でいいと思うのだけれど!』
『室内は温かいからと肌を見せる格好など、侯爵令嬢様に失礼です!』
妙に張り切ったメアリィに押し切られてしまったが、それだけの成果はあったらしい。
「では、お部屋にご案内いたします」
「アヴィナ様。もしかしてわたくしがお客様第一号ですの?」
「ええ。わたしのお友達はセレスティナ様おひとりですし」
歩きながら答えれば、少女の頬がひくひく動いて。
「当然ですわね。わたくしたちは聖女仲間ですもの」
俺の私室の一角にささやかなお茶会の用意がされ、室内に紅茶とお菓子の幸せな香りが漂う。
俺が紅茶を飲んでみせるとセレスティナは砂糖菓子を一つ手に取って口に入れる。
「アヴィナ様にいただいた果物の砂糖漬けも素敵でしたけれど、わたくしはこれも好んでおりますの」
ほう、どれどれと一つ味見してみると──甘い。かなり甘い。
「これはお茶が欲しくなる味ですね」
「でしょう? ですから一つ一つが小さいのですわ」
お嬢様は「半分かじって皿の端にとっておく」とかしないからな。
「学園はお休みに入られたのですよね?」
「ええ。生徒も教師も、新年を家族と祝うために早めにお休みに入るのですわ」
セレスティナは笑んで「わたくしは都に実家がありますけれど」と続ける。
「フェニリード家の方々は領地に戻られるのかしら?」
「お養父さまもお養母さまも冬は都で過ごされるそうです。わたしの入学準備もありますので」
「いきなり里帰りではアヴィナ様も大変ですものね」
俺だけ残してみんな帰るのもセキュリティ的にアレである。
「セレスティナさま。本日お招きしたのは実のところお話があったからなのです」
「あら、どんなことかしら?」
「お話の前に、こちらを使用させていただいてもよろしいですか?」
メアリィがことりとテーブルに置いたのは防音の結界を発生させる魔導具だ。
同じものがアーバーグ侯爵家で用いられたこともある。
侯爵令嬢は当然のように頷き──俺ではなくメアリィが起動させて、その後範囲から逃れる。
生活用の魔導具すべてを起動するには俺の魔力だと足りないのだ。
「魔導具の多い生活もそれはそれで不便ですわよね。……それで、お話というのは?」
「はい。セレスティナさまは『保守派』と『軍拡派』の対立についてどうお考えなのかと」
少女の目がすっと細められた。
紅茶を一口含んだ令嬢はカップを置くと、その柄を軽く撫でて。
「アヴィナ様は両派閥の対立についてどの程度ご存じかしら」
「あまり詳しくはありません。『瑠璃宮』では貴族同士の対立は言わば他人事でしたので」
前置きしたうえで俺は「そうですね……」と視線を宙に彷徨わせる。
「つまるところ、国の運営方針に対する思想の食い違いです。人も予算も限られておりますので、なにをより重視するかで対立が起こります」
「ええ。『保守派』は伝統的な体制の維持を、『軍拡派』は戦力の拡充をより望んでおりますの」
「戦の兆しがあるという話は今のところ耳にしておりませんけれど」
セレスティナの表情が苦笑に変わった。
「戦はいつ始まってもおかしくありません。それに、そうでなくとも敵は際限なく湧いてまいります」
「魔物、ですね?」
「他国の侵略や内乱だけが戦ではありません。魔物による被害を食い止めるためにも戦力の拡充が必要……というのが『当家を含む』軍拡派の思想」
「そして、内政の安定と民の幸福を願うのが『当家のような』保守派の思想」
フェニリード家の方針についても縁組前に確認済み。
俺の公爵家入りは神殿内でのパワーバランス調整のためでもある。
もう一人の聖女と異なる派閥を選ぶのは必須事項だった。
月と太陽のような俺たちは、実家の立場も対照的なわけだ。
「なぜ、軍拡派の台頭によって神殿が疲弊するのでしょう?」
「戦力を拡充するにあたって、騎士や魔術師をより重視しているからですわ」
「傷を癒やし、瘴気を祓うのに奇跡の力が必要では?」
「神殿は外部組織。たとえ陛下と言えども頭ごなしに命令はできませんもの」
一方、騎士団や宮廷魔術師は号令があればいつでも戦に赴く立場。
動かしやすい戦力をより重視する思想なわけだ。
そこまで考えて、俺はん? と首を傾げた。
「であれば、魔術師の家系のアーバーグ家が神殿に協力するのは……」
「……ええまあ、実を言うと独断専行という面が否めませんわね」
セレスティナは目を逸らした。
細い指が防音の魔導具に触れ、魔力をさらに供給する。
「この際ですのでお伝えしますけれど、アーバーグ家は外部の印象ほど急進的な軍拡派ではありませんの」
「中立に近い立場を取るためにセレスティナ様を神殿入りさせたわけですね」
「魔法と奇跡、両方が充実するに越したことはありませんものね」
「ですが、それを快く思わない家もあるのでは?」
「正直に申し上げますとその通りですわ……」
ため息が漏れるのも無理はない。
対立がヒートアップすると中立派は「コウモリ野郎」とか言われて嫌われがち。
下手したら対立派閥より苛烈に攻撃されかねない。
こほん。
「ですので、わたくしは『アヴィナ様とは』仲良くできても『フェニリード家とは』一定の距離を置かなくてはなりませんの」
「わたしとは神殿における同僚としてある程度見逃される、と」
「学園では事務的な相談以外、仲のいいところを見せないほうがいいかもしれませんわね」
嫌味な令嬢に見せかけるわけか。
……得意そうというかわりと素でいけそうだな、とか思ったが口には出さない。
代わりにくすりと笑って、
「では、学園でのセレスティナ様の言動は話半分に受け止めますね」
「そうしてくださいませ。……アヴィナ様はあまりこの手の話がお得意ではないでしょうし」
「あら。わたし、こう見えてやる時はやる女のつもりですよ?」
対立する相手を叩き潰す覚悟を持て、友好を築くつもりなら死にものぐるいになれ。
それが『瑠璃宮』で教わった教訓である。
セレスティナは「頼もしいですわ」と頷いてから、
「であれば、入学までにある程度の勢力図を把握なさいませ」
「大変そうですけれど、必要な準備なのでしょうね」
「ええ。学園は貴族社会の縮図──と言っても過言ではありませんもの」