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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第二章 学園生活の始まりと王子の婚約者候補
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公爵令嬢アヴィナ・フェニリード -2-

 宛がわれた部屋は「ちょっとした一軒家くらいはあるんじゃないか?」という広さ。

 客を招いたり家庭教師を受け入れるための私室と、ベッドや文机(手紙を書くなど私的な作業用)などがある寝室に分かれている。


 『瑠璃宮』で与えられていた部屋の倍はあるんじゃないか。


 室内にはドレスが大量に入りそうなクローゼット、大きな本棚と食器棚、ふかふかのベッド、全身を映せる姿見──その他もろもろ。

 照明や空調の魔導具も完備だ。


「あらためてご挨拶させていただきます。専属に任命されましたメイドのエレナでございます」

「同じくメアリィです。ご用の際はいつでもお申し付けください」


 エレナは迎えの馬車に同乗してくれていたメイドだ。

 髪と瞳の色は濃い紺色。

 緩いポニーテールに髪をまとめており、どこか生真面目な印象。


 メアリィは明るいオレンジの髪をふわふわのボブにしている。

 瞳は黄色で、エレナとは対照的ににこりと魅力的な笑顔を見せてくれた。


「エレナとメアリィね。よろしく」


 着替えを手伝ったり、お茶を淹れたり、スケジュール管理をしたりといった俺の世話全般が彼女らの仕事。

 非番はあるが、二人いるのでどちらかは確実に傍につく。


「アヴィナ様のお荷物は既に収納を済ませております」

「ええ、ありがとう」


 『瑠璃宮』から持ってきた物は多い。

 衣装に下着類、装飾品──ロザリーとお揃いの短剣や自分で写本した魔法の教本まで、すべて大事な物だ。

 そのうえで、


「普段使いには派手な品が多くようですので、衣類の新調は必要かと」


 エレナの忠言に「そうね」と頷く。

 もともとは男を誘うための衣装だからな。

 アレンジするにしても合わせる用の服は必要になるだろう。

 好きに着飾れるようになればこんな心配はしなくていいが──みゅみゅ!


「ああ、あなたにも名前をつけてあげないとね」


 床に下ろしてやると、うさぎは嬉しそうに室内を走り、すぴすぴとあちこちにおいを嗅ぎ始めた。

 そうだな……ユキウサギだから、


「スノウ、は安直かしら」


 みゅっ!


「気に入ってくれたの? じゃあ、スノウ。あなたもこれからよろしくね」


 白い毛玉は抱いて眠ると温かくてとても心地よかった。

 起きた時には寝間着やシーツが羽毛まみれなのが難点だが……公爵家のメイドは慣れているようで。

 丹念に回収された羽毛はまとめた上で洗浄され、寝具などに用いられるそうである。




    ◇    ◇    ◇




 到着した日の夕食から、家族の一員として食卓に呼ばれた。


 ──決まった時間に揃って食事というのはわりと新鮮だ。


 『瑠璃宮』でもだいたいの時間は決まっていたが、娼姫にはねぼすけもいる。

 前日の仕事が重いと寝過ごしたりもするので、全員揃うことはほぼなかった。


「失礼いたします」

「やあ、アヴィナ。ここまで迷わなかったかい?」

「はい。メアリィが案内してくれましたので」


 食堂には二十人は座れそうな大テーブル。

 奥の短辺には当主の席と夫人の席があり、窓に向かう側の長辺奥に義兄が座っている。

 一つ挟んで義妹の席。


「お姉様、こちらへどうぞ」

「わたしは末席でなくてよろしいのですか?」

「お姉様は私とお兄様の間はお嫌ですか?」


 家の方針的に間違っていないかと思ったら潤んだ瞳に見上げられてしまった。

 慌てて「いいえ、嬉しいわ」と微笑んで答える。

 義妹は「良かった」と表情を綻ばせて、


「私、お姉様が欲しかったんです。だから嬉しくて」


 可愛すぎて唇の端がつり上がってしまう。

 厚めのヴェールで顔が隠れていて良かったと心から思った。

 兄妹と軽く会話を交わしている間に公爵と夫人もやってきて、給仕が始まる。


 食事はゆったりと摂るのが貴族の嗜み。


 食前のお茶から始まってフルコースが振舞われる。

 男爵家の食事よりも数段豪華で、品数もある。


「アヴィナ様のお食事はひとまず量を加減しております。ご遠慮なく好みを仰ってくださいませ」

「ええ、ありがとう」


 いや、十分量あるぞこれ……?

 みんなこの量を食べているのかと見れば、夫人と義妹の分はわりと常識的な量だった。

 公爵と義兄は俺以上の量を平然と食べている。

 全員太ってはいない、むしろ理想的な体形なのでカロリーは消費しているのだろう。

 バランス的にも肉や魚だけでなく野菜や豆も使われていて健康的だ。


「お姉様のお作法はなんだか大人の方のようですね?」

「周りが年上の女性ばかりだったものだから。やっぱり変かしら?」

「いいえ、とてもお綺麗でどきどきします」


 ほんのりと頬を染める少女。

 義兄もまた「そうだね」と笑って、


「所作だけで目を奪われてしまいそうだ。兄としては少し心配かな」


 『瑠璃宮』の娼姫は元貴族令嬢が多く、作法もしっかりしていた。

 姉たちのやり方を真似ているうちにテーブルマナーもわりと身に付いてはいるのだが、


『起きている間は頭からつま先まで人目を意識しなさい』


 見られる、ではなく『魅せる』仕草を叩き込まれたせいで無意識に艶が出てしまう。

 男を誘惑するのには効果的だが……。

 夫人がちらり、と隣に視線を送ると公爵が頷き。


「無理に直す必要はないだろう。成長と共に違和感は薄れていくはずだ」

「よろしいのですか、お義父さま?」

「ああ。ただ、学園に通うにあたってはもう少し対策が要るかもしれない」

「顔だけでなく声も隠すくらいでちょうど良いかもしれませんね」


 夫人も同意。


「どうだろう、アヴィナ。仮面をつける気はないかな?」


 問われた俺の脳裏に複数種類の『仮面』が浮かぶ。

 中には変身スーツ的なものも含まれていたが。


「視界が遮られないものにしていただけましたら何も言うことはございません」

「ああ、そこはもちろん配慮しよう」

「ですが父上、それでは食事がしづらいのでは?」

「食事の際はヴェールを使えばいい。家の中でも仮面は不要だろうね」


 デザインは後で多少詰めるということで、公爵が魔法の仮面を手配してくれることになった。




    ◇    ◇    ◇ 




「アヴィナ様、寒くはございませんか?」

「ええ。大丈夫よエレナ」


 神殿へ向かうための馬車にエレナが同乗する。


 本日の俺はコートの下に白い極薄ドレス。

 布面積は多いし清楚なデザインだけど透けるからえっち、という反則みたいな品だ。

 布は面積ではなく体積を減らすことでもえっちになるのである。


 薄いせいで防寒効果は皆無に等しい。

 冬用のお仕着せを纏うメイドに比べると大違いではあるが。

 胸のあたりに手を触れながら俺は微笑んだ。


「わたしには神のご加護があるもの」


 コートの上からでも中にある聖印の感触がわかる。

 神の石でできた神のしるしはいま、ほんのりと熱を持っている。

 奇跡の力が寒さから俺を守っているのだ。


『奇跡は魔法の原型。だから、魔法にできることは奇跡でもできるはずよ』


 とは、娼姫時代の姉の談。

 ならば、と試してみたところこうして上手くいった。


「エレナは神殿へ向かうのは嫌じゃないかしら?」

「特別、忌避感はございません。貴族も神殿は利用いたしますので」

「そう、なら良かったわ」


 フェニリード家への養子縁組と同時期に、俺は神殿の『大聖女』に就任した。

 正式に関係者になったので、今後は神殿所有の馬車停泊所を使うことにする。


 正面入り口から中へ入れば「アヴィナ様」とすぐに注目された。

 跪いて祈りの姿勢を取る者も多い。

 エレナは歩を進める俺の後ろを一定距離を保ってついてくる。


 真っすぐ進んだところにある祈りの間には十名以上の信徒が祈りを捧げていた。

 こちらに反応しようとする彼らに「続けてください」と伝えて、俺も祈る。


 ──祈りの間の大神像は、確かに俺に似ている。


 この世界における神は銀髪に青い目の美女として描かれる。

 奇跡の力は神に似た姿に強く宿るとされており、それが俺の尊ばれる理由だ。

 と。


「ようこそお越しくださいました、アヴィナ様」


 しばらく祈ったところで靴音が響き、実務上のナンバー2である神官長がやってくる。

 彼は笑みを浮かべて俺に挨拶すると眉をひそめて、


「やはりそのドレスは破廉恥だと思うのですが」


 うん、それは諦めてもらうしかないかな。

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