【閑話】自問自答のような夢
「学園初日お疲れさま、わたし」
夢の中のような、実体のない──好きなように形を変えられる空間。
わたしたちの心の中で、わたしはもう一人のわたしを出迎えた。
「ああ。ありがとう、俺」
もう一人のわたし──アヴィナはわたしと同じ姿で、わたしとは違う口調を話す。
「お茶を淹れるね? なんて、特に意味はないけど」
「いや、気持ちだけでもだいぶ休まるからな」
ここは心の中だから、なんでも好きなようにできる。
わたしたちのいる場所は『瑠璃宮』の自分の部屋とまったく同じ。
でも、手で触れなくても戸棚を開けられるし、手が届かない場所のものも引き寄せられる。
見よう見まねで淹れたお茶はちゃっかり、あまり美味しくなくて。
「そこは美味くてもいいだろう、俺」
「だって、不器用なのは半分あなたのせいだもん、わたし」
わたしとわたしは、元はといえば同じものだ。
わたしことアヴィナは顔も良く覚えていないお母さんから生まれて、スラムに一人取り残された。
そんなとき前世の記憶を思い出したわたしは、そのうち自分をコントロールするようになった。
表に出るのは前世の記憶をベースにした、理性的で大人なわたし。
普段は裏に引っ込んでいるのが、元のわたしに近い、子供っぽくて我が儘なわたし。
「こんなところに押し込めて悪いな」
「いまさらなに言ってるの。わたしはわたしだもん。なんでもないよ」
わたしたちは別の人間というわけじゃない。
ただ、我が儘ばかり言っていたら生きていけないから役割分担しただけ。
「それに、たまに漏れちゃってるでしょ?」
「ああ、まあな」
こうやって話してるのだって、別に人格が二つあるわけじゃなくて。
自問自答というか、夢で記憶を整理してるのを、こういう風に感じてるってだけ。
実際のところは前世の『俺』を参考にして一生懸命虚勢を張ってる。
「いいんだよ、それで。俺だってお前を乗っ取りたいわけじゃない」
「あ、そこは『お前』じゃなくて『俺』だと思う」
「あ、っと。悪い。なんていうかつい、な」
「ふふっ。ううん、あなたはそれくらいのほうがいいと思う」
前世の記憶のおかげで経験だけいっぱい増えたけど、今世のわたしはまだ十二歳。
気持ちだけで素直に動いたら我が儘ばっかりでたくさん失敗もしてしまう。
だからわたしは、もう一人のわたしにあれこれ任せている。
昔は泣いちゃったり、たまに大きく漏れちゃってたけど、最近は大丈夫になってきたと思う。
『瑠璃宮』のみんなに教えてもらって、わたし自身も成長できたからかも。
「なあ、お前は俺なんだよな?」
「だから、いまさらすぎるってば、わたし」
疑り深い自分自身にわたしは笑って答えた。
「じゃあ、お前の趣味も俺と同じってことでいいのか?」
「それは答え方が難しいなあ。その『俺』っていうのがどの状態の『俺』かによるでしょ?」
「ああ、その答え方は確かに俺っぽい」
だって、わたしたちの分かれ方はきっちりしてるわけじゃないし。
「そうだよな。わかってるけど、ときどき不安になるっていうか」
「わかるよ。普段はずっと気を張ってなきゃだもんね」
『瑠璃宮』にいた頃はまだ、厳しかったけど我が儘も許してもらえた。
でも、公爵家に入ってからは貴族令嬢として今までよりもっと頑張らないといけない。
気ままに振る舞える時間がほとんどないからついついわからなくなっちゃう。
「大丈夫。わたしもえっちな衣装、大好きだから」
「それは確実に俺の影響だよな?」
「それはそうだけど。もしかしたらわたしを生んだお母さんの影響もあるかも」
わたしは自分が好き。だから、自分を見せられるえっちな衣装も大好き。
それは前世ベースの『俺』とは少し違う考え方かもしれないけど、好きなのは変わらない。
見られるのも、なんていうか気持ちよくなっちゃう。
「もっともっといろんな衣装着てみたい。いろんな人に見せびらかしたい」
「自分で着られるようになったのはお前、っていうか『俺』のおかげだな」
前世のわたしは今みたいに可愛い女の子じゃなかった。
それどころか男だったから、えっちな衣装は見る側だったけど。
「今のわたしたちなら自分で着られるもんね」
「しかもめちゃくちゃ似合うからな」
この見た目を活かさなくちゃ問題ない。
「でも、そのうち結婚しなくちゃいけないんだが」
そこでため息をつきながら言う、もう一人のわたし。
「それも大丈夫なんだよな?」
「うん。別にわたし、男の人嫌いじゃないし」
「そこは俺にはよくわからんが」
わたしは女の子なんだから、特に嫌う理由がないし。
「可愛いじゃない、男の人。わたしが見下してあげるだけでぶひぶひ鳴いちゃったり」
「それは確実に特殊なあれだが」
「娼館にいた時期が長かったんだから、変な理想とか持ってないってこと」
前世が男だったわたしは、男の人の欲望がどういうものかも知っている。
そのうえで、えっちに見られる気持ちよさに囚われている。
たぶん、あのまま娼館にいたらそのうちお客さんの相手をすることになってたし。
それはそれで良かったかも、とか思ったりもする。
「好きでもない人と結婚するくらいなんでもないよ。
好きじゃなくても好きにさせればいいんだし」
「なんていうか、頼もしいな?」
「姉さまたちにいっぱい教えてもらった『瑠璃宮』の娼姫だもん」
まあ、できれば人間的に尊敬できる人がお相手のほうがいいけど。
「養女のわたしたちに選ぶ権利はないかもだし、そこはしょうがないよね?」
「そうだな。俺たちは公爵令嬢の地位をできるだけ利用するだけだ」
「お互いに利益が出るようにしながら、いっぱい露出できるように頑張ろうね?」
スラムの浮浪児をしていた頃から十年、わたしたちは公爵令嬢になった。
でも、数年おきに点々としてきたわたしたちはそこを安住の地とはまだ信じない。
いつなにが起こってもいいように。
少しでも長くこの地位にいられるように、努力していかないといけない。
「あなたの冷静さが頼りだからね?」
「お前の頑張り屋なところと、女らしい感性も頼りにしてる」
前世の記憶は女同士の争いに関してはほとんど役に立たない。
女の子としてのあれこれは今世の経験だけが頼りだ。
周りの感情を察しながら、前世譲りの冷静さで上手く立ち回る。
自分を『俺』と呼ぶ銀髪の美少女と手のひらを合わせて。
「これからもよろしくね、わたし?」
「ああ。これからもよろしく、俺」
わたしたちは自分の中の雑談、あるいは作戦会議を終わりにした。