【閑話】騎士とアンデッド退治
「なあ、騎士に一番必要なのはなんだと思う?」
揺れる荷馬車の中、同僚の騎士が俺にそう尋ねてきた。
遠征の移動時には、交代で一部の者が馬車に入る。
馬の数を節約するため、揺れで荷物がだめにならないよう見張るため、乗馬による疲れを軽減するためなど理由は多いが、正直手持無沙汰になる。
同乗した者同士での雑談はよくある暇つぶしだ。
「そうだな、やっぱり魔力量じゃないか?」
騎士と兵士の違いはいろいろある。
礼儀作法、装備の質、指揮する者とされる者……。
中でも一番大きいのは「魔法の練度」だ。
「宮廷魔術師みたいにはいかないが、火球を何発か打てるだけでも大助かりだ」
他にも火起こしや水の作成、風に声を乗せた連絡などいくらでも使い道がある。
「どうだ、正解だろ?」
「ああ、確かに一理ある」
同僚はにやりと笑って「だが不正解だ」と言い放った。
「じゃあなんだよ。上位者に逆らわないない姿勢か? それとも家柄か? まさか身長とか?」
「全部外れ。正解は、運だ」
「はぁ、運?」
ただの暇つぶしとはいえもう少し面白いことを言えないのか。
俺はくだらないとため息をついた。
「なんだ、気に入らないのか?」
「そりゃそうだ。そんな鍛えようがない物が一番じゃ身が入らない」
「しかし重要だぞ。こればかりはどうしようもないからな」
「例えば? 傷んだ食料を引くかどうかとか?」
「それは引いても耐えられる胃袋を持つべきだな。まあ、それもあるがそうじゃない」
視線が、幌に覆われて見えない前方に向けられる。
「遠征が楽に終わるか地獄になるかはまさに運次第だろ」
「魔物か」
そこまで言われればさすがに俺にも察しがついた。
「ご名答。普段なら楽に終わる討伐が、不意の大量発生で激戦になることもある」
「瘴気の影響で増える魔物は増加が予測しづらいからな」
「ああ。……十分な聖職者を随伴できればいいんだが」
別の旅客用馬車に乗り込んでいる聖職者の数は三名。
うち、奇跡の力の高い巫女は一名だけだ。
女は旅に向いていないし、その兼ね合いもあるだろうが。
「強敵と当たったら足りなくなるよな」
「重傷者が四人出れば一人は助からないかもしれないからな」
奇跡は、聖職者一人につき一人を救えれば上出来だ。
傷を癒やし瘴気を浄化するのはそれだけ難しいということだが。
「でも、そんなもんだろ? 神殿だってあまり大人数は出せない」
「だから問題なんだよ。……昔はもっと余裕があったらしい」
「昔っていつ頃の話だ?」
「祖父が現役だった頃だな」
だいぶ大昔だった。
「ま、なんとかなるだろ。宮廷魔術師殿もいるし、ポーションもある」
「まあな。……三十名規模の行軍で苦労することはそうそうない」
そんなことを言っていたのが祟ったわけではないだろうが。
今回の遠征は、重傷者を何名も出す激戦になった。
◇ ◇ ◇
漂う腐臭、蠢く死体の群れ。
「ゾンビにスケルトンがこの数だと!?」
「くそっ! 出るならせめて素材になる魔物にしてくれ!」
ゾンビ、スケルトンを代表とするアンデッドはある意味最も忌み嫌われる魔物だ。
瘴気から生まれることには変わりないため、本物の死体ではないのだが。
穢れの概念を孕むせいで生者に対して瘴気を振りまく。
加えて痛覚を持たないため、徹底的に叩かないと倒れてくれない。
さらに、誰かが愚痴を吐いたように素材的なうまみもない。
「落ち着け。腐った者どもは焼けば良い」
「宮廷魔術師殿の言う通りだ! 陣形を組め! 兵士は騎士を守り、魔法の使える者は手近な魔物を焼き払うのだ!」
騎士の殆どは学園出身。当然魔法も心得ている。
俺が「魔力量は大事」と言ったのを肯定するように、炎の矢や火球がアンデッド共を焼く。
しかし、撃っても撃っても敵の数は尽きる気配を見せなかった。
「……これは、魔法だけで倒しきるのは無理だな」
「いったん退却して立て直すか?」
「いや、見当はずれの方向に行かれても厄介だ。それに、放っておけばまた増えてしまう」
「戦うしかない、か」
やりたくはないが、国内の魔物を減らして治安を維持するのが遠征の目的。
俺たちは矢を射かけ、近づいてきたゾンビ、スケルトンに斬りかかり、国のための戦いを敢行した。
◇ ◇ ◇
「くそ、ひどい有様だ」
「数が多すぎたんだよ……!」
空になった箱や樽を捨て、空いたスペースに負傷者や瘴気汚染者を寝かせた。
治療用のポーションはあっという間に底を尽き。
一名の宮廷魔術師と三名の聖職者たちは必死の治療と短い仮眠を繰り返しながら、都への到着まで皆の命を繋ぎ続けた。
「おい、お前も無理するなよ。腕、だいぶ痛むだろ」
「心配ない。なんとか動くし、死ぬほどの怪我じゃない」
俺はだましだまし馬を操りつつ笑って見せたが、正直かなり痛い。
しかし、もっと重傷の者がいる以上は弱音を吐けない。
……こうなってしまうと聖職者たちの頑張りが頼りだ。
なんとか持ちこたえてくれと祈っていると騎乗した兵の一人が、
「どうせ都に戻ったって全員救えやしないんだ」
「おい、弱気にさせるような事を言うんじゃない!」
「ですが、いくら神殿でも人数には限りが!」
俺は唇を噛んだ。遠征に同行する者の人数が少ないのは、神殿自体の余裕が足りないからだ。
延命程度の処置ならともかく、重傷をきっちり治すには最低でも慣れた巫女が要る。
人員の約三分の一が自力で動けなくなったこの状態では、
「大丈夫だ。都の神殿には聖女セレスティナがいる」
「そうか、聖女様ならば!」
聖女か。
かの侯爵令嬢が実は奇跡を得意としていないという話を聞いていた俺は、苦い思いを抱いてしまう。
それでも、祈るような気持ちでたどり着いた都の東門で──俺は神の慈悲を見た。
「神よ、この者の苦しみをどうか和らげてくださいませ」
銀髪に青い目をした、まだ幼い少女だった。
布の薄いドレスのみを纏った彼女の肌には荒れたところがまるでなく、その顔立ちは冗談か、そうでなければ作り物かと思うほどに整っていた。
当初被っていたヴェールは取り払われ、その美貌が衆目に晒される。
それどころでない者が多い場でなければ、あっという間に騒ぎになっていたかもしれない。
後から駆けつけてきた聖女セレスティナの美貌でも敵わないかもしれないと思える美しさ。
いったいどこの誰なのかさえもわからない。
歳の頃で言えばまだ学園入学年齢にも達していないだろうが──にもかかわらず、余裕のある人間のほとんどがその姿に目を奪われていた。
小さな身体で類稀なる奇跡を行使し、三人もの人間の命を救って見せたことも影響しているかもしれない。
「これが神、か」
誰かが呟くのが聞こえた。
確かに、以前見た神の似姿に似ているような気がする。
神ならば、これだけ美しいのも頷ける。
大きく歳の離れた者たちが揃って見惚れてしまうのも、きっと仕方のないことだ。
「あの少女はどこかの令嬢か? それとも、大神官か神官長の愛娘とか?」
「いや、娼姫だ。『瑠璃宮』に新たに加わったという、最年少のな」
「娼姫!? ……悪い冗談だな。貴族どころか神殿関係者ですらないとは」
歩いて来た宮廷魔術師の言葉に、俺は驚きの声を返した。
「ん? じゃあ、そこに行けばあの子を買えるっていうのか?」
「買えるだろう。抱けるかどうかはわからないし、それどころか顔を隠されるかもしれないが」
「ああ、あれだけの美しさだ、ヴェールで隠したくなるのもわかる」
あまり大勢に見せてしまえばそのうち誘拐でもされかねない。
かの『瑠璃宮』であれば可能な限りの配慮はしているだろうが。
「やれやれ、人間離れした美貌に類まれな才能か。まるでどこかの王弟──」
宮廷魔術師の呟きは最後まで聞こえなかったが、美貌と才能には同意だ。
「俺たちは運が良かったな。あんな子に助けてもらえたんだから」
確かに、騎士に一番必要なのは運だった。
いつかまた会うことがあればきちんとした形で礼が言いたい。
あるいは、その時には俺のほうが跪くような相手になっているかもしれないな、と俺は半ば本気で思った。